1. トップページ
  2. 毎日のエッセンス

Lauraさん

学生時代は日本文学科(近代)を専攻していました。卒論は樋口一葉です。いつも夢見て暮らしています。

性別 女性
将来の夢
座右の銘 前進あるのみ

投稿済みの作品

0

毎日のエッセンス

12/06/11 コンテスト(テーマ):第六回 時空モノガタリ文学賞【 週末に。とんかつ伊勢 新宿NSビル店のモノガタリ 】 コメント:0件 Laura 閲覧数:1393

この作品を評価する

 とんかつ屋さんにしよう、だなんて意外だなと奈々は思っていた。部署の違う高畑くんは同期入社だが、社内で会話をすることはあまりない。そもそも無口な人なのでそんな提案もしそうになかった。目の前の彼はなんとなく縄張り圏外というか、かけひきの通用しない真面目タイプ、という印象だった。日のあたる窓際の席で、奈々が先に座るのを待ってから高畑くんは席に着いた。
「景色がいいからここなら、と思って。」
 新宿NSビル二十九階にある“とんかつ伊勢”からの眺めはそれだけでも十分に魅力的だった。高層階まで足を運んだ理由を慌てて付け足すのを聞いて、奈々は自分でも素直すぎるくらいストレートにありがとう、と笑った。デートのつもりで店を選んでくれたのだ、と嬉しくなるのが自分でもわかった。
 数十人いる同期の中でも特に仲の良い実和子に、「わたし結婚するの」と聞かされたのはちょうど一年前の六月だ。同期同士のカップルとしても公認の二人で、結婚式はとても賑やかなものだった。そしてそれが今回、奈々と高畑くんを接近させるきっかけでもあった。新郎新婦とそれぞれに親しく、お互い二次会の幹事を指名されたのである。ささやかに慰労会をしよう、と高畑くんに誘われた。
「おいしそうだなぁ、特ロースいけるかなぁ。」
 座るなりメニューに真剣な高畑くんを見て、奈々は少し呆れてしまう。何度も地図を確認して、寄り道もせず店に入ったことなどを思うと、なんだか自分だけ格好つけている気になってくるのだ。二次会の打ち合わせでもそうだった。進行や設営と並行して同期一同での余興準備…たびたび奈々は荷の重さにヒステリーを起こしそうになったのだが、高畑くんはサラリと受け止めてしまう。「みんながやりたいこと全部やればいいんじゃない」とか、「この白熱したミーティング自体DVDにしたらすごいアツいお祝いになるかもよ」と、意表を突くようでかえって的を得たセリフが飛び出すので、自然と軌道は修正されていった。
 またしても一人相撲で調子を崩し、奈々は開き直るようにボリューム満点のロースかつ定食を注文する。今日は存分に、いただいちゃおう。
 一口食べて高畑くんを見ると、頬張りすぎて涙目ではふはふしている。
「お水いる!?」
と聞く奈々に首を振りながら、彼は視線で“おいしいね“と言っているように見えた。ここのお店にしたのも、とにかくただ、とんかつが好物なんだろう。屈託がなくてシンプルな選択が、まだ少しぎこちない今日の取り合わせになぜかとてもしっくりとくる。
「高畑くんって、“鳴かぬなら鳴かせてみよう“よりも”鳴くまで待とう“のタイプでしょ」
「二次会の幹事さ、あまりにみんなの意見がまとまらなくて本気で一度逃げだしそうになっちゃった。親友なのにひどいかな?」
 二人の席からは立ち並ぶ高層ビルよりもむしろ、一つ一つの窓や、道路わきのタクシー、歩道の木々やそこを移動する人々が印象深く映った。こんなに丁寧に風景を見ることはめったにない。気持ちを整理するように奈々はたくさんしゃべった。
 そして、結婚する実和子が本当はうらやましかったことも、だけど最高に幸せな一日を共有できて心底よかったと思っていることも、飾らない高畑くんに惹かれていることも、この時初めて、くっきりと事実になった様な感覚がした。
 高畑くんは、やけどしながら満足そうに箸を運んでいる。必要なものがわかれば、バランスを取るのはそんなに難しくないかもしれない。そんな風に思った時、奈々はもう気が付いていた。「わたしにはこの人の素朴さが今とても必要だ。」
 窓の下を歩くオモチャみたいに小さな人たちが、今日という日のエッセンスに見えた。この席に座るわたしたちも、そのくらい自然に見えていたらいいな、と奈々は願った。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン