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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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憧憬甘傷クレピュスクル

14/05/08 コンテスト(テーマ):第五十六回 時空モノガタリ文学賞【 結婚 】 コメント:12件 クナリ 閲覧数:1332

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秋の日曜日、閉館間際の図書館には人影もない。
西日が差す中、私は古い小説をカウンタに置いた。
「先生、これ借ります」
「僕はもう、先生ではないよ」
倉科先生は、私が高校受験の時に通った塾の講師だった。私が高校二年になった今は、ここで司書をしている。
無表情な先生といると、緊張のせいか自分が嫌いな自分がどんどん出て来て、泣きたくなることがある。
それでも、つい会いに来てしまう。



倉科先生が結婚したと知ったのは、私が第一志望の高校に合格して、塾の教室で祝賀会に参加した時だった。
先生は当時二十六歳で、奥さんは三十代半ばだと、他の講師に囃されていた。
私は、衝撃のあまりふらつく足で先生の下に辿り着き、お相手の詳細を訊いた。
「高校の時からの知り合いだ。当時は師匠と呼んでいた彼女と、まさか結婚するとは思わなかった」
聞く程に眩暈が増し、テーブルに腰をぶつけてひっくり返った私を、先生が抱えて面接室のソファへ運んでくれた。
「痛むか」
「これがですね、痛いから泣いてるんじゃないんですよ」
そして私は錯乱の中で、無駄な告白をした。
ばかばかしいことをしたと、今でも思う。

先生の奥さんが妊娠して、けれど出産が出来なかったと聞いたのは、今年の春だった。それから、私はしばらく不眠症になった。
先生が塾を辞めて街の図書館で司書をしていると知ったら、どうしても顔を見たくなり、私は自分の想いが今なお現在進行形であることを思い知らされた。
私の周囲にはぴちぴちの男子高校生が山程いるのに、もったいない話である。

初夏の図書館で再会した時、先生が、旧友に再会した様な安堵の表情を私に見せた。
先生は弱っている。滅多に見せない柔和さが、無性に悲しかった。
休憩時間に、館内の喫茶室で私達は話した。
「私、先生を元気付けたいんですけども」
「有難う。でもこれは、僕達だけの問題だ。僕は、彼女の年齢による出産のリスクを承知で結婚したが、どこか楽観的だったのかもしれない」
出産出来なかった理由は、奥さんの年齢と直結していたのだろうか。少なくとも全くの無関係とは、先生は考えていないようだった。
「学校では、勉強以外のことも教えてくれる。だが、いかに産むべきかなんてことは誰も教えない。個人の自由だ」
先生は俯いて、組んだ指を震わせた。
「三十代になれば、二十代の様には産めない。四十代に近付けば、更に。それをもっと真剣に考えていれば、何かもっと……いや、逃避だな」
硬そうな先生の胸にぱくりと傷が開き、血が溢れるのが見える様だった。
先生は打ちのめされている。心で、無力さに泣いている。
私は必死で、私に出来ることはないだろうかと考えていた。
ただこの時、雰囲気に当てられ、私はほぼ酩酊していた。
私は、あろうことか、
「私が先生の子供を産むというのは、どうでしょうか」
とのたまった。
この時は、空前の名案だと思った。
突き抜ける様な解放感が、酔いを煽る。
「子供は勿論先生にあげますし、私は先生の子供が産めて幸せです。WIN-WIN。どうですか、これ」
赤く上気した顔の女子高生にそう詰め寄られた先生が、周囲からどう見えたかは定かではない。
正気に戻り、自分の首を絞めて死ねるなら今そうするのに、とベッドの上で暴れ狂ったのは、その日の夜だった。

先生の奥さんは同じ街の病院にしばらく入院しており、一度、ついその病室に行ってみたことがある。
白一色の明るい部屋の中、柔らかい風に揺れる仕切カーテンの向こうに、ほっそりした足だけが見えた。
それだけで、私は帰った。
何一つ、出来ることは無かった。



閉館のチャイムが、静かな図書館に響く。
「先生、結婚して良かったと思ってますか」
なぜそんなことを訊いたのかは、思い出せない。
「結婚の成功例を、両親も含め、僕ら夫婦以外に見たことが無い」
「成功、なんですね」
そんなことを訊き返す自分が大嫌いだ。
「もしも、人格も、容姿も、価値観も、何もかも今とは違った彼女でも、僕らは結婚した。だから、成功だろうな」
それじゃもう別人じゃないですか、と言いかけたけど、それが野暮なのだということくらいは私でも分かる。
鈍って行く夕焼けの中を、読みたくもない本を手に、私は帰った。

奥さんはとうに退院した。
冬の間に先生はまた仕事を変え、私と先生の繋がりは途切れた。
探そうと思えば出来ただろうけど、やめた。その程度には、私は大人になっている。
そうして成長すれば、いつか私も、結婚に成功するだろうか。

今はまだ夕暮れ時に、西日の中の先生のカウンタ姿が、えらく鮮やかに頭に浮かんでしまう。
そんな時は無理やり映像を差し替え、奥さんの細い足に、先生の指が優しく触れている姿を想像する。
胸の半分が痛み、もう半分が暖かくなる。
それは存外、悪くなかった。


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このストーリーに関するコメント

14/05/09 タック

クナリさん、拝読しました。

静寂に満ち、それでいて生々しく瑞々しい交流、それらの情景がとても素晴らしいと感じました。セリフの一つ一つが耳元で演じられているように鮮やかで、リアリティに溢れ、目の前に浮かぶよう、とはまさにこの事なのだと、ひどく痛感させられました。

「胸の半分が痛み、もう半分が暖かくなる。」
とても良い表現ですね。不遜ながら、これには勝てんと思わせられる作品でした。

14/05/09 泡沫恋歌

クナリ様、拝読いたしました。

見事に巧いですね。(サーティーワンのダブル褒め)
男なのに(いや、ネットなので正体不明ですが・・・)、こんなに若い女の子の心理が描けるなんて
ホント、信じられない人だわ。

こんな、おばさんまで切ない気分にさせちゃって、、、
いやはや・・・たぶん、この記述は気持ち悪いことでしょうが、O┓ペコリ

クレピュスクル、意味分からなくて検索しました。
フランス語の[黄昏]でいいんでしょうか?

「憧憬甘傷クレピュスクル」言い得て妙なタイトルだと感心させられました。

タイトルセンスも素晴らしい、やっぱ詩人だね!

14/05/09 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

クナリさんが描かれる女の子は孤高をしょっているようなイメージで
そこがとても魅力的だと常々感じておりました。
そして本作も、彼女らしい行動が、印象深いシーンと結びついて
描かれていてさすがだと思いました。

憧憬が育てば恋になり、たぶん先生はそれを成就されて愛の実をみのらせたのでしょう。
彼女の成熟度に同年代の男の子たちが追いつくのはもう少し先かもしれませんが、
そのあかつきには結婚を成功させられること祈ってます。

クレピュスクル、ステキな言葉をひとつ教えていただきました♪

14/05/09 滝沢朱音

こんばんは☆ おじゃまします〜

何気ない思春期の1シーンを、細やかな言葉遣いで表現されてて
すごいなぁって思いました。

「子供は勿論先生にあげますし、私は先生の子供が産めて幸せです。」
あぁ、こういうの、高校生の女の子が思わず言っちゃいそうな感じ(笑)
若気の至りで片付けたくない、純粋で一途な思い。

そして、最後の二行が素敵でした。

私も、こんな掌編を書けるようになれたらいいな〜(*^_^*)

14/05/10 クナリ

OHIMEさん>
もちろん、クレピュスクルなんぞという言葉、わたくしめもこないだまで縁が無かったわけでして、それを置いておいてもあなたさまはちっともばかではありませぬ!
ばかとは、人の心のありようを考える気もない人のことを言うのです! …たぶん。
昔、仲の良かった先輩が学生結婚することになった時、
「なんかさびしいなー」
と言ったら、別の人に
「それって、幸せになるなってこと?」
と言われて驚いたことがあるのですが、違うんですよね、二つの感情が同時に一つの胸に生まれて、だから引き裂かれそうになってしまう。
結婚というテーマに向き合い、幸せオンリーなハッピハッピー結婚を描きたかったのですが、どう したことか…まあ当人同士は成功だと言っているので…。

タックさん>
こちらこそ、高確率で御作にジェラシを抱いている身ですから、大変光栄です、ありがとうございます!
大変お恥ずかしいのですが、「ああこの話はスゴイっ、負けたー」「コレはいい勝負しているんじゃなかろーか?」と投稿作品とひとり勝負をよくしている俗物ですので、自分の方もタックさんの作品を読んで「これには勝てん!」とよく思っていますよ。
切ない系の話だし、儚くて美しい情景描写を今回は入れてみたいなあと思っていたにもかかわらずほとんど出来ていないわけですが、目に浮かぶとは嬉しいお言葉ですッ。
「胸の半分が痛み〜」は、自分がこういう思いをしている時は 「もううううう、冗談じゃないよオオオオオオ」という感じなので、たまらないですけどね(^^;)。

泡沫恋歌さん>
サーティーワンのレギュラーサイズは大き過ぎると思うんですよ。
キッズ*2、がちょうどいいんですよ。
ーーってそうじゃなくッ(ビシイ!)。
今回はタイトルが全然決まらなく、この話を書いていた図書館のPC利用時間終了10分前になって「もはや自分では思いつかない!」と潔くあきらめ(おい)、翻訳サイトでそれっぽい言葉を入れまくり、なんとか見つけた単語がコレでした。
そう、フランス語で「黄昏」なんですよね。
英語の翻訳を探していたはずなのに、どこでどう迷い込んだのか…まあいいかフランス語だって…い やいやていうか綴りが分かっても発音が分からぬ!
でもスペルそのまんまじゃ、何か冷たい感じがするから今回はカタカナにしたいなあ…読み方ー読み方ー読み方って単語の後に「読み方」って検索して出てくるやろかーうーんうまいこと出てこないーーー
と、冷や汗をかきながら投稿したのでした(^^;)。
若い女の子の心理は難しいですね。
性別等については、性別年齢不詳の変な人を通しておりますので、ノーコメンツです(^^;)。
「男の割りに」とか「女の癖に」みたいなのに、子供のころから抵抗があった名残かもしれませぬ…。

そらの珊瑚さん>
自分の書く主人公が女の子の場合は基本的にぼっちというか非リア充ばかりなのですが(男でもそうかッ)、現代が舞台の話ではそれがより顕著になる気がします(^^;)。
こやつにつきましては、受験期の不安定な頃合に抱いてしまった憧れから逃れられずにじたばたする感じの性格だと思うのですが、話の最後のほうではもう高校三年になる直前ですので、せえしゅんを楽しめる時期が刻々と短くなっているので、焦って欲しいものです(?)。
頭でっかちになった女子に振り回される男子、というのは古今変わらない学校風景なのこま知れませんね。
クレスピュクル、自分めも、よい言葉を翻訳サイトから教えていただきました!(^^;)

滝沢朱音さん>
いらっしゃいましー。
言葉遣いが細やかなのは、おそらく字数調整のために推敲しまくった結果でせう。それだけ最初は無駄の多い文章だったということかもしれませんがッ(しれません?)。
この主人公の子供産んでうんぬんの言葉は、命の重みとか、出産に関わる苦しみとかをまったく意識していないからこその軽はずみなものですから、非難されてしかるべき失言だとも思うのですが、自分や周りの高校時代は、この程度の意識だった気がするんですよね(自分たちだけでしょうか、そんな奴らは…)。
この主人公は今はまだ、失われた命や残されたものの苦しみに対して心から悲しくなる前に、個人の感情的な勢いや逃避のような思いつきに押し流されてしまうような、そんな主人公です。
それは、冷たい、とか、根本的に人間味に乏しい、とか、命のありがたみを知らない、というのとは別だと思うんですが、現実にはよく非難されてしまうもので…って、何の話や(^^;)。
ともに、面白い掌編が書けるよう、切磋琢磨していきましょうー。

14/05/13 草愛やし美

えっ?! クナリ様、経験談じゃないのですか。いやもう、女性かと思ってしまいました。男女どちらも、一度は先生に恋した経験があると私は思っています。クナリ様……[岩蔭|]_・)ソォーッ実話かしらん、と思うほど、巧みな心理描写でした。

先生の受け止め方が抜群ですね、きっと、生涯、彼女は心の奥底で彼を愛し続けると思います。

クレピュスクル┐(~ー~;)┌全く、わかりませんでしたが、検索もせずに読んだ私は、馬鹿以上に賢明か? コメント読んで理解しました。ウシシですよねえ。

14/05/13 gokui

 読ませていただきました。
 ストーリーも、情景も、登場人物も、とにかく美しいという印象でした。ほかの方が書かれているように、これには勝てませんね。特に、人の心が美しく描かれていました。こんなに人の心に共感したのは久しぶりです。サイズというバンドのファジィな痛みという曲を聴いたとき以来でしょうか。いや、たぶん何のことかわからないと思うので聞き流してくださいませ。

14/05/14 ナポレオン

拝読致しました。
2千字でこれだけの深い話が書けるとは……驚きです。
主人公と先生の情景や過去と現在の話がしっかりとまとまっていてとても良い話だと思いました。主人公の切ない気持ちが伝わってきました。

14/05/17 クナリ

草藍さん>
いええ、こんないろいろな感じの経験はしておりませぬー。
自分はどちらかというと先生方にあまりいい印象を持たずに小学校から高校生活までを終えたので(ヤな生徒だな)、こげな甘酸っぱいことはなかったですね…。
そして残念ながら(?)周りでもあまり先生と生徒のロマンスは見当たりませんでした。
まあ、独身の先生自体少ない中学・高校だったせいもあると思うんですけども。
ところがどっこい、卒業した今となっては「先生と生徒」という黄金の禁断パターンが好きになってしまって、よく着想する気がします(^^;)。
リアルで起こったら、自分たぶん眉をひそめてしまうのでしょうが…勝手なものです…。
gokuiさん>
たとえ小規模でありふれていても、懸命に生きている人の人生の中の、立ち止まりながら息を切らせて走っているようなワンシーンというのは胸に迫るものがあるものであって、周囲から見たら「愚かだよ、君ッ!」と言われてしまうようなことでも、「でも、悪くないけどね」と許容してもらえることがあると思うんですが、今回それがうまくいったからこその「美しい」というお言葉でしょうかッ(大げさやな(^^;))。
だとしたら嬉しいです。
登場人物はみんな、現在善く安定した状態ではありませんが、つらいことを乗り越えるための材料は揃っていると思いたいものです。
ナポレオンさん>
なるべく多くのことを、既定の字数内で詰め込みたいなあと思っているので、そういっていただけるとありがたやでございます。
書いてるやつの人間性はぺらぺらであるだけに、深いとはうれしいお言葉です!
過去と現在をいったり来たりする構成が好きなので、よく利用します(^^;)。
ナポレオンさんの豊かな着想で描かれるお話も、楽しみにしております。

14/05/19 光石七

主人公の姿も先生の姿も、具体的な描写はないのに、はっきりイメージが湧いてきます。
主人公の台詞も心情描写も読む者の心をしっかりとらえてしまう。
完成度の高さ、クナリズムにまた降参です。

14/05/19 クナリ

光石さん>
ありがとうございます。
外見に関しては、突き詰めれば字数の問題で普段から描写していないのですが(^^;)、そう言っていただけてうれしいです。
台詞についても、自分の中でこういうこと言わせたいなあと思ってもいざそのシーンになったらぜんぜん言ってくれなかったりしてじゃあもう好きなこと言えばいいわー的な感じで登場人物がしゃべることが多いので、あんまり自分の手柄ではないのかもしれないんですが光栄でありまするッ。




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