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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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ジューンブライド

14/05/08 コンテスト(テーマ):第五十六回 時空モノガタリ文学賞【 結婚 】 コメント:18件 そらの珊瑚 閲覧数:1231

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 朝。鳥の声を模した電子音で柚子は目を覚ました。
 いつもの朝のようでいて、特別な朝。
 ベッドサイドにはくたびれたくまのぬいぐるみ。散々迷ったけれどそれはここへ置いていくべきものだと今の今、彼女は決心した。
 この部屋のこのベッドで起きるのは今日が最後になるだろうという小さな感傷を胸にしまい、彼女は着替えて階下へ降りていった。
 
 柚子の母は彼女が五つの時に再婚した。この家に初めて来た時のことを今でも彼女は鮮明に覚えている。
 玄関には大きな靴。いらっしゃいと言ってニコニコしている大きな男の人。
――くまちゃんだ。
 彼女はお気に入りのくまのぬいぐるみに似ていると密かに思った。

「柚子のおとうさんになってくれる人よ」
 何日も前から母にそう告げられて、どこか緊張していたが、一目で好きになった。
 「おとうさん」
 柚子がそう呼ぶことが出来るまで、時間はかからなかったし、彼が
「チョコはチョコっと食べ」
「バッタがバタバタとんでる」
 といったダジャレにも柚子はコロコロと鈴が転がるように笑った。いわばダジャレは新しい家族をつなげた接着剤ともいえた。
 
 そのうち弟が生まれる。
 その時既に柚子は小学校四年になっていたので記憶はさらに鮮明だ。
 弟を抱く幸せそうな母。
 そしてさらにくま化したこれまた幸せそうな父。
 そして自分。
 くまのぬいぐるみと同じくらい小さかった弟は可愛かった。
 もちろん嬉しいはずなのに、なぜか柚子は疎外感を感じていた。
 
 血のつながった本当の父のことを知りたくなったのは当然だろう。
 母親から知らされていたのは、離婚したという事実だけだった。しかしそのことを話題にするのは、この家のタブーのようなものだった。
 秘密がない家など、たぶんない。結婚とは他人同士が一緒になるわけだから、うまくやっていこうとすれば、触れてはいけないことのひとつやふたつはあるだろう。
 
 幼い柚子は母の両親、彼女にとっては祖父母の家に行き、なぜ離婚したのかを尋ねた。
「いい人だと思って結婚したら、商売がうまくいかなくなってねぇ。お金がなくなって、お酒ばかり飲むようになって……あげくの果てはかあさんばかりでなく、柚子にまで暴力を……。ろくでもない男だったわ」
「おい、もう、よさないか。済んだことだ」
 祖父は柚子を憐れむように祖母の言葉をさえぎり、こう続けた。
「それでもな、柚子。おまえが産まれた時は会社も順調で、すごく喜んでたよ。ドイツ製の、なんていったかな、シュ、シュタイフだったか? そうそうテェディベアって呼んでたな。その有名なくまのぬいぐるみを買ってきてなぁ……このくまをもらった子は幸せになれんだと言ってなぁ」
 
 ――ろくでもない男。それが本当の自分と血がつながっている父の姿。その事実は柚子に少なからずショックを与えた。自分の半分もまたろくでもないもので出来ていると言われたような気がした。
 思春期を迎えた彼女の疎外感はますます深くなった。
 
 けれど柚子は慎重にその想いに鍵をかける。幸せな家族を失いたくなったのだろう。
 そして今日まで幸せな家族を演じ続けた。それが自分に割り振られた役割だと思いながら。
 ◇
 ダイニングには味噌汁の匂いが立ち込めていた。
「あっやっと起きてきたよ、ねえちゃん」
「おはようかん、柚子」
 父親のダジャレに笑う幼子はもういなかった。
「あなた、テレビ消してくださる?」
「おっうまそうな卵焼きだな」
「腹減ったぁ」
「あんた、就活どうなの?」
「ぼちぼちでんな」
「これだからゆとり世代はねえ」
「へいへい」
 弟は姉が自分が母の連れ子だということを知らされていなかった。これから先もし知ることがあっても、彼なら
「え、そうだったんだ」
 と拍子抜けしてしまうくらい簡単に納得してしまうかもしれないと柚子は思う。
 それはきっと幸せなことだろう。だとしても柚子は弟をうらやんだりはしないだろうけれど。
「お父さん、お母さん……」
 柚子の真顔をに空気が変わる。
「今まで育ててくれて、ありがとうございました」
 父が泣く。それを見た母も泣く。泣くつもりなどなかった柚子も……。
「ドラマみたいなこと、イマドキもやんだなぁ」
 軽口をたたく弟の瞳にも涙が光った。
 ◇
 ――早くこの家を出て行きたかった。願いが叶ったのに、なぜ涙が出るのだろう。
 結婚とは新しい家族を作ること。
 くまにさよならすること。父や母や弟にさよならすること。さよならには涙はつきものじゃないかと柚子は思い当たる。

 庭の紫陽花も雨に濡れている。その美しく滲んだ青色の中に、いつかの鍵も溶けているのかもしれない。
 ――六月がくるたびに、今日のことを想い出すだろう。柚子は涙をふいた。


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このストーリーに関するコメント

14/05/08 そらの珊瑚

画像は「ソザイニング」さまよりお借りしました。

14/05/08 そらの珊瑚

間違いがあったので訂正します。申し訳ありません。

下から32行目 
 幸せな家族を失いたくなったのだろう→失いたくなかったのだろう

下から18行目
 弟は姉が自分が母の連れ子だと→弟は姉が母の連れ子だと
 

14/05/08 ドーナツ

どんな親でも、子供にとってはたった一人の親なので、悪い親だったといわれるのはつらいですね。

泣いた分だけ優しくなれるし、柚子さんの未来は、これからよくなると思います。
味噌汁飲みながらの会話。
なんでもない会話だけど、こういう会話のある家族が一番幸せなんだと思います。

14/05/08 草愛やし美

そらの珊瑚様、拝読しました。

彼女の気持ち、なんだかすごくよく伝わってきます。くまさんもお母さんも、そして弟君もみんな素敵な家族だけど、自分だけは半分違っている、複雑なままその気持ちを隠し続けて生きて来られた。優しい主人公の涙が、きっとこれからの人生に花を開かせていくことと信じます。
知り合いの方にこういうご家族いらっしゃって、その方々の顔が浮かびました。連れ子の娘さんは遠くへ嫁がれたと聞いています。大学も遠方へ行かれたようです、繋がっていてもなぜか遠慮してしまうそういう関係だったのかなあと思います。みんな優しすぎるのでしょうね、きっと。

14/05/09 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

これから結婚する女性の心理とその家族模様をとても巧く描いていると思いました。

「結婚とは他人同士が一緒になるわけだから、うまくやっていこうとすれば、触れてはいけないことのひとつやふたつはあるだろう。」

ここ! 凄く共感しました。
複雑な家庭ほど触れてはいけない事柄がたくさんあるんですよ。

柚子さんが、これから混ざりけ無しの新鮮な家庭を築いていかれることを望みます。

とても良い話なので感動しました。ありがとうございます。

14/05/10 鮎風 遊

柚子の繊細で複雑な気持ちがよく伝わってきました。
そして家族一人一人が何を思ってるのかも伝わってきました。
果たして柚子はどんな家庭を作るのでしょうか?
幸せになればいいですね。

14/05/13 gokui

 読ませていただきました。
 実の父親との家庭、今の家庭、そして、今から作り上げていく家庭。柚子はさまざま家庭で成長していくのですね。そして、いろいろなことを許せるようになれると良いですね。

14/05/15 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

そうですよね、善と悪が共存しているのが人間だとしたら
100%悪い人って存在しないんじゃなかと思ったり。
泣いた歳月はおっしゃるとおり、彼女の肉となり血となったことと思います。
特別なことはなにもない、味噌汁のある食卓、幸せな風景として感じていただき何よりでした。

14/05/15 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございました。

離婚がなんら珍しくない世の中にあって、
こういったことはそう珍しいことではないのかもしれませんね。
家族のなかで遠慮があるってさみしいことではありますね。
結婚し妻となり、また違った関係を築けたらいいなあと思います。

14/05/15 そらの珊瑚

OHIMEさん、ありがとうございます。

妻にとって最悪の夫でも、子にとってはいい親でありえるのかもしれません。見方や取り方は多面的だと思うのです。

余談ですが、金子みずずさんは一人娘を置いて自死されてしまいましたが(それが夫との親権争いに端を掘っしているらしいです)その一人娘の方が全然父親のことを悪くいっていないことを知って、
周りの方が配慮されてきたのでしょうけど、良かったなあと思った次第です。

14/05/15 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

そこはたぶん一番いいたかったことでして、お気に止めていただいて
嬉しかったです。
それが我慢だとか思わずに、気遣いとか優しさでクリアできればいいのですが、なかなか難しいところですね。

14/05/15 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

一歩違ったらグレちゃう道もあったかもしれませんが
そうならなかったのは柚子のキャラクターかなと思います。
幸せになってくれることを私も願います。

14/05/15 そらの珊瑚

gokuiさん、ありがとうございます。

人生たやすく生きさせてはくれませんが
葛藤の末、ゆるすことにたどり着けたとしたら素晴らしいことだと思います。

14/05/19 光石七

『手紙』を先に拝読してしまったのですが、こちらも素敵なお話ですね。
やっぱり家族っていい。
柚子さんの幸せを祈ります。

14/05/19 そらの珊瑚

光石七さん、ありがとうございます。

つながっている世界ですが、続編というスタンスではなく
それぞれ独立したお話として描いたつもりでしたが
大丈夫でしたでしょうか?
結婚式の朝というある種別れともいえる特別な時間もたんたんと日常がある、
そこに幸せを感じていただけたとしたら嬉しいです。
感じていただけら

14/05/24 そらの珊瑚

メイ王星さん、ありがとうございます。

柚子の鍵のことに着目していただき嬉しかったです。
家族にまつわるいろいろな葛藤はありましたが、家族によって成長し、
それにみあうくらいの幸せを手に入れたのだと思います。
家族そろって味噌汁をすする、そんななんでもないようなことが本当の幸せかもしれませんね。

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