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日向夏のまちさん

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曖昧の木漏れ日

14/04/21 コンテスト(テーマ):第五十四回 時空モノガタリ文学賞【 激しい雨がふる 】 コメント:4件 日向夏のまち 閲覧数:879

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それは、世界樹という名の樹。
どこまでも伸びた枝葉、果てしなく続く根、そして、その下で暮らす、多くの命。
世界は、太陽の灼熱に脅かされていた。世界樹が作り出す木陰だけでしか、生きられない生物がいた。
植物も、動物も、人間も、全てはこの樹に生かされている。
けれどその世界樹を生かしていたのは、人間だった。
今は、僕。僕が、この世界を生かしている。
そう思えば少し位、この過酷な運命だって愛せるんだ。

「ねぇアルシャ。歌を歌って?」
「いいよ」
「ねぇアルシャ。手を握って?」
「いいよ」
「ねぇ、アルシャ。ずっと、一緒に居ましょう?」
「……いいよ」
唯一自由な僕の左手。それを、きゅっと握りしめた彼女は笑う。木漏れ日の様な笑顔。傍らに寄り添う彼女を、左腕だけで、抱きしめた。
世界樹の根元での事だ。
「ねぇアルシャ。辛くは、ないの?」
「大丈夫」
君を両手で抱きしめられないのが辛い。
言える筈の、無い言葉。
世界樹は、寿命を迎えつつあった。それこそ遥か昔からの事だ。
奇しくも知識というものを持つ人間は、それに一早く気が付いた。
けれど原因が解らない。
学者達が諦め始めた頃。それは、唐突に起こる。
世界樹の根に絡め取られ捕えられた、学者が見つかったのだった。
どうやら世界樹は、捕えた人間から養分を吸い取り、それで、生き長らえている。
原因は他愛も無い、栄養不足だった。
そうして、最初に捕えられた学者、贄は、三年後に死んだ。
歴代の贄も、その位で。
ここに来てから三回目の初夏。僕ももう、長くはなかった。
感傷に浸り仰いだ翠。鳥達の囀りに、つつましい足音が加わる。
“リタ”
贄の、僕の世話役を務める、幼馴染だった。
「聞いてアルシャ。今日は、オレンジのタルトも作ったの!」
綻ぶ様な、木漏れ日の笑顔。タルトはリタの得意菓子。
――食べられるのは、今日が最後かもしれない。
そんな憂いも顔に出さず、それは楽しみと笑って見せる。本心を隠すのは、もう、お手の物だった。

動く事の出来ない贄は、大概、暇を持て余す。
僕は幸い左腕が自由だから良いけれど、完全に自由を奪われた贄は、よく、歌っていた。
昼食を終え、リタが帰宅した後。
僕は、木の幹と背中の間に隠したスケッチブックを取り出した。
リタの絵を、描くのだ。
画材は水彩絵の具。三年前から気まぐれに始めた、利き手でない手で描いた絵は、決して、上手いとは言えない。
けれど、彼女の笑みを思い出しながら描くその時間は、案外、幸せだった。
二人とも、早くに両親を亡くしていたから。
お互い、家族みたいなものだったから。
いや、そんな言葉じゃ表せない感情がある事には、気が付いているのだけれど。
戸惑ってしまうから、胸の内に隠すのだ。
そしてこのまま、あの世まで持って行く。
余計に悲しませたくは、なかった。

「じゃあ、またお昼に来るから!」
「うん、気をつけて」
ある日の朝の事だ。
リタは笑顔で手を振って、家路についた。
僕は左腕で自分を抱き、体を振るわせる。寒気だった。
――そろそろ、終わりになる。
素早くスケッチブックを取り出した。三年間の、いや、今までリタと過ごしてきた日々の集大成。大作を、完成させなければならなかった。
筆を取った瞬間だ。
雫が、スケッチブックの紙を打った。続く様に、二つ、三つ、と。
目を見張る。この世界樹の根元に在ってありえない事。
雨、だった。
間もなく辺りは、雨が葉を打つ轟音に包まれる。それは、一、二年に一度しか起こらない豪雨。沢山の葉を傘代わりにした世界樹の幹に、その雫が届くという、激しい、雨だった。
しばし呆気にとられた。けれど、何気なく視線を落としたその先の物により、僕ははっとするような悲鳴を上げかける。
水彩絵の具で描いた絵達。それが、天より零れ落ちた雫のせいで、滲み始めているのだった。
寒気。落胆によるものなのか、刻一刻と迫る終わりの時に由来するのかは解らないそれ。
大粒の雨にしとど濡れた体。傘なんて、もっちゃいない。
ただ、強くつよく、描き上げなければと、思った。
今自分に出来るのは、きっとそれくらいなのだからと。
筆を、取った。

見慣れた新緑の景色はすっかり洗い流されて、心なしか初々しい輝きを見せる。
立ち昇る、雨と土の香りに包まれて。僕はようやく筆を置いた。
四時間ほどで上がった雨だった。けれど、書き上げた絵はすっかり滲んで、何もかもがあやふやになってしまっていた。
なんて、自分の気持ちを曖昧にしてきた僕に相応しい絵だろう。
浮かべた笑顔は、ぎこちない。
鳴き始めた鳥達に混ざり足音が聞こえる。リタだ。
滲んでぼやけて、霞んだ僕。
今までしまっていた言葉を、取り出したかも曖昧なままに。
まるで、寝ぼけた子供が再び眠りに着く様な静謐さで、僕はきっと、眠りについたんだ。


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このストーリーに関するコメント

14/04/22 光石七

拝読しました。
やっぱり描写が美しいです。
切ないけれど優しい世界、読む側も笑顔で泣きそうです。
絵を見たリタはどんな顔をするでしょう……?

14/04/22 草愛やし美

日向夏様、初めまして、拝読しました。

独特の世界を描かれておられますね。美しくて、儚くってとても素敵なお話でした。強い雨が降ったために、最後に描いた絵が台無しになってしまって、僕に相応しいって……切なすぎます。ラストシーン、僕がそれでも静かな眠りについたことを微笑んで見送りたいです。
世界がこんな形で守られる日が来ないことを祈ります。素敵なお作をありがとうございました。

14/04/29 日向夏のまち

いらっしゃいませ、光石七様!

描写についてお褒めいただき、ありがとうございます! にやけちゃいます。←
笑顔で泣きそう。これまた、うれしいお言葉です。少しは届くお話になったようで、ほっとしています。
リタは……それこそ、笑泣きするのではないでしょうか。どうか、光石様の妄想力で、幸せにしてあげてください!

ありがとうございました!

14/04/29 日向夏のまち

始めまして、草藍様!

独特ですか? そうですか!?←
いえ、いつも、自分にしか書けないお話をと思っているので、嬉しいのです!
切ないながら温かなお話しでした。微笑み、ありがたく頂きます、

ありがとうございました!

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