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四島トイさん

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雨傘差しのエレジー

14/04/21 コンテスト(テーマ):第五十四回 時空モノガタリ文学賞【 激しい雨がふる 】 コメント:0件 四島トイ 閲覧数:1099

時空モノガタリからの選評

人を思いやる少年の姿が、「傘を差す」という行為で象徴的に語られているところが変わっていて面白い作品だと思いました。「傘を差す」という表現がいきなり出てくるところは、やや頭突な印象もあったのですが、物語を通してみると、寓話的、抽象的な印象があるせいか、その部分についてあまり気になりませんでした。今井と「わたし」の立っているのは安全な日常の側ですが、テレビ画面に映るのは「一寸先を遮るような豪雨」の世界‥‥。こちら側と「テレビの向こう」「連峰の向こう」との間に見えない一線のようなものを設定したところが良かったと思います。空間的であり、かつ精神的な「向こう」の世界に飛び込まざるを得なかった彼は、結果的には失敗し「泥に汚れ、手にした傘は複雑骨折し」ますが、おそらく何らかの変化を得ることができたのではないでしょうか。当初彼の行動に戸惑う彼女にも「わたしもまた傘の差し方を知らないのだ」と気づかせたのは、やはり今井の勇気なのだろうと思いました。

時空モノガタリK

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 一寸先を遮るような豪雨だった。
 堤防の桜が竹のようにしなり、電線が縄跳びでもするようにびゅんびゅん跳ねている。生命の危険を感じさせる自然の脅威が唸りを上げていた。
 テレビの向こうで。
 上空を見れば、綺麗な夕焼けに雲がたなびいている。
 視線を戻すと濁流が映し出されている。定点カメラからだという映像には、誰かがバケツリレーで水を掛けているようだった。視点はぶれ、溺れた時にざぶざぶと耳元で纏わりつくような不快な音がスピーカーから流れる。今、目の前で起きているかのような臨場感に、街頭テレビの進歩もここまできたか、と感慨がわく。
「すごいねえ」
 隣に立つ今井に声をかける。高校からの帰り道に街頭テレビを眺める背の高い彼の姿は、伸びた影が立ち上がったような奇妙さを感じさせた。
「行かないと」
 視線を画面に釘付けにされたまま、今井がそう言った。手にした雨傘を握り直す。
 わたしは戸惑いつつも、行くって言ったって、とテレビと彼を交互に眺める。
「どこに」
「ここ」と今井は画面を指差す。川岸の崖が崩れ、チョコーレートドリンクのようになった川面をビニールハウスが流れていった。
「え、と……何をしに」
「傘を差しに。行ってくる」
 そう言って今井は走り出した。
 学生服のまま。傘を握りしめて。同級生たる高校生女子のわたしを置き去りにして。


 それから一週間が過ぎた。
 今井は失踪したままだ。当然学校はサボった。級友達からの「駆け落ちじゃないのかよ」という謂れの無い非難の嵐にわたしはさらされた。
 テレビでは豪雨明けのニュースが連日流れている。
 日曜日の午前の陽を浴びながら、リビングでテレビを見る。ぼんやりと今井のことを考える。
 今井の幼少期からの夢は、傘を差すことだった。それも誰かに。ある映画の影響だった。
 彼はいつも傘を持ち歩いていた。雨が降るとわくわくし、晴れているとがっかりした。その温度差は一見して判別できるほどのものだった。
「今井。世界のどこかで今も雨は降っているから元気出せ」
 小学校の頃の担任教師の言葉である。
 晴れの日の彼を励まそうとしたこの不用意な一言により、今井はどんな天候でも気が抜けなくなった。
 雨の日には授業中もそわそわし、放課後は一目散で駆け出した。
 晴れの日には窓の外をぼんやりと眺め、遠くで雨に降られる人を気に病み続けた。
「連峰の向こうは雨なんだと」
 彼との会話はいつも天気の話から始まった。校舎の三階からは、まだ雪の残る連峰が遠景にそびえて見えた。
「土砂降りかな」
「かもね」
「傘、無い人がいるのかな」
「かもね」
 今井のため息は深かった。
 おそらく、そのため息が彼の内に積み重なったのだろう。そしてあの街頭テレビで決壊したのだ。
 不意に玄関の呼び鈴が鳴った。
 スリッパを引きずりながら戸を引くと、今井が立っていた。学生服は泥に汚れ、手にした傘は複雑骨折していた。
「おかえり」
 髭の生えた顔に手を挙げてみせる。
 もう晴れてた、と今井は笑った。
 乾いた笑声は青空に吸い込まれていく。笑い声から、笑いが消えて、ただの声になっていくのを見つめた。今井は泣いていた。
「傘、差せなかった」
 リビングから点けっ放しのテレビの声が聞こえてくる。
「雨強そうだったもんね」
 そりゃ何もできないよ、と笑いかけてやりたいのに言葉が続かなかった。
 傘を握り締める今井の手に青白く脈が浮いていた。
 肩を震わせ、ぽろぽろと涙を零す姿に鼻の奥がつんとした。
 わたしもまた傘の差し方を知らないのだ。


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