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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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ケル・タン【週末の天気は?】

14/04/11 コンテスト(テーマ):第五十四回 時空モノガタリ文学賞【 激しい雨がふる 】 コメント:15件 そらの珊瑚 閲覧数:1169

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枕元のスマホの着信音で目が覚めた。午前十一時。朝というにはもう遅い。けれど土曜日の朝だ。夫の仕事が休みと思えばいくらだってだらしなく寝ていられる。電話の主は姑だった。今まで見ていたであろう安らかな夢は一瞬で消え、いきなり現実が飛び込んできた。
「おはよう栞さん。ごめん、もしかしてまだ寝てた?」「いえ、はい、いえいえ。もう起きなきゃって思ってたところで」嘘ともホントともとれる言葉でお茶を濁す。
「今家の前なの。玄関のチャイム鳴らしても出てこないから。お出かけかなって思ったんだけど車があるし居るのかなって。ちらし寿司作ってきたの。良かったら食べて。玄関に置いとくわね」「えっ。ちょっと待ってて下さい。今、玄関の鍵開けますから」
 ダブルベッドでうつぶせに寝ている夫の尻の辺りを思い切り叩いた。
「剛、起きて。お義母さんだよ。もうっ。ほらっ瞳も。バーバ、来たよ。もうっ」
 『もう』と『ほら』が自動的に口から飛び出す。しかしこんなことでは奴らはビクともしない。地中深く眠った球根のように芽を出すまでおそろしく時間がかかるのだ。寝起きの悪さはどうやら剛から娘へと遺伝してしまったらしい。。
 私はふたりから布団をはぎ取り、カーテンを開け、スマホの音楽プレイヤーを操作した。瞳が好きなアンパンマンの歌が流れる。曲が終わる頃には奴らも目覚めるに違いない。念のため窓も開けておくか。五月といえども北国の朝の風はまだ寒い。ほらっ。
「早く起きないと風邪ひくよっ」意地悪な捨て台詞を残しすばやくパジャマを着替える。洗面所で髪をひとつに結び、顔を洗う。起きてからここまで五分もかかっていないはずだ。
 時折このようにして繰り返される義母の日曜日の襲来を、密かに「討ち入り」と私は呼んでいた。
 夫は小学生の時に父親を亡くした。以来義母は栄養士としてフルタイムで働きながらも、家や子供のことに手を抜くことはなかったと彼から聞かされる度、専業主婦の私には到底叶わないと心の隅でため息をつく。
 義母の寿司は甘めに酢が効いて美味しく、食が細い瞳もおかわりをしたほどだった。
「酢の量の半分をカボスの果汁にしたの。香りもいいし子供にも食べやすいかなって思って」「そうなんですか、今度私もやってみます」     
 ちらし寿司を自分で作る時、自分はレトルトを使っているとは言えなかった。実はこれが朝食だとも。
「ビタミンCも摂れてお肌にもいいのよォ」なるほど、還暦とは思えないほど義母の肌は瑞々しい。
 お台所、ちょっと借りるわねと言ってチャチャッと作ったお吸い物も手作りの昆布だしで上品な味だった。
「子供は舌が敏感だから、なるべく自然の素材を生かした料理がいいのよ」
 食器棚に買い置きしてあったカップ麺の数々が見つかったのではないかと冷やひやする。いや、たとえ見つけたとしても義母は私を責めはしないだろう。
「わかるわ。主婦だって手を抜きたい時はあるものよ」と笑顔でフォローするに違いない。そういう人なのだ。母としても女としても姑としても完璧なのだ。
 それだけではない。この家を建てた時頭金の一部として五百円万円を都合してくれた。この先一生頭が上がらないだろう。
 義母の討ち入りのあとは私は敗北感に打ちひしがれ、機嫌が悪くなる。なんでお義母さんはいつも不意打ちなのさ、と夫につっかかるのだ。優しい彼はこう言う。
「明日、気分転換にゆっくり一人で出かけてきなよ? 瞳は僕が見てるからさ」
 ◇
「大丈夫?」「まかせときな。天気良さそうだから、布団も干して、掃除、洗濯して、瞳と公園へ遊びに行くよ」「わーい、パパとコーエン!」
 ふたりの笑顔に見送られて私は玄関で手をふった。行き先は新しく出来た商業施設『ミナトマチ・ケル・タン』電車で十五分の所だ。ショッピングモールにはおしゃれな雑貨屋やブティックがあり時間を忘れて歩き回った。昼食にしようとカフェに入る。六八〇円のランチプレートを窓際に席で食べながら外を見ていた時だった。晴れていた空がみるまに曇りだし、窓にポツポツと雨粒が。そういえば『ケルタン』というのは仏語で『どんな天気』だという意味だと案内地図に書いてあったっけ。
 嫌な予感に胸がザワつく。
 今朝夫は『布団も干して……』と言ってなかったか? 公園で遊び疲れて寝ているふたりの姿がくっきりと浮かんでくる。たとえ雷が鳴ろうと奴らは爆睡するはずだ。私は皿の残りをがっつき、コーヒーを飲み干し店を飛び出した。既に小雨とは呼べない雨がザーザーと降る始末。駅へ走るだけでかなり濡れた。
――こんな日に限ってお義母さん、討ち入りはないのでしょうね。
 ◇
 あの角を曲がれば我が家だ。
 やはり。
 予感は現実になった。ほらっ。もうっっ。
 べランダに仲良く並んだ三人分の布団が、どしゃぶりの雨に打たれていた。


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このストーリーに関するコメント

14/04/11 そらの珊瑚

間違いがあったので訂正します。
19行目「義母の日曜日の襲来」→「義母の土曜日の襲来」
申し訳ありませんでした。

画像は「ソザイニング」さまよりお借りしました。

14/04/12 泡沫恋歌

そらの珊瑚さん、拝読しました。

だけど食べ物持ってくる「お姑さんの討ち入り」なら、助かると思うのは
お姑さんで苦労したことない私だからでしょうか?(o_ _)o))ゴメン

うちはお舅さんもお姑さんも他界してていなかったからね。

私もスーパーに買い物に行ってる間に、ベランダに干した布団を雷雨で濡らしたこと
があります。
夏場のお出掛けはくれぐれも注意ですね。

14/04/13 鮎風 遊

どこか普通の家族、ほのぼのと面白かったです。
五百万円、これが致命傷ですね。
それで討ち入りは断れないかな。
まあ、ジジババにとってはそれが幸せですが。

14/04/13 草愛やし美

そらの珊瑚様、拝読しました。

お姑さんが完璧な方だと、気疲れ凄いと思います。ありがたいけれど、でもね……。嫁と姑は、永遠のライバルですもの。文句言われたら、悔しく争いは当たり前でしょうが、言われないのもきついです。暗黙の圧迫とでもいうか、息苦しさがあると思います。所詮、こちらは嫁、娘ではないのですから、素直に甘えていられません。激しい雨に打たれた布団のように、いっそのこと何かあったほうが、胸がスッとしたりして……、なんて、よくない嫁の典型の私は、そんなこと考えてしまいました。

14/04/14 gokui

 読ませていただきました。
 愚痴を言いながらもなんだか楽しんでるような主人公。こんなどこにでもありそうな生活が、実は一番幸せなんだなと思える作品でした。

14/04/17 朔良

そらの珊瑚さん、拝読いたしました。

「お姑さんの討ち入り」気遣いがあって優しい、非の打ちどころのないお姑さんだからこそ、うちひしがれてしまう気持ち、なんだかわかる気がします。
愚痴を言いながらも、なんだかとっても幸せそうで…。
ぷんぷん怒りながら、びしょ濡れになってしまった布団を布団乾燥機にかける姿が思い浮かんでしまいました。
なんだか、ほんわかできる作品、おもしろかったです。

14/04/19 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

一度ものすごい雨の中、マンションの一室でずぶぬれになっている布団を校則道路から見た光景があり、忘れられません。

たぶん嫁姑って相性の問題だと思うのです。
恋歌さんのように素直な嫁であったら、なんの問題もないのでしょうが、
ちょっとイジイジしてしまう嫁であったら、内心穏やかではないのかも?などと想像します。
私もほとんどそういった苦労もなく義父母も他界しましたので、あくまで想像なのですが。

14/04/19 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

ホームドラマっぽかったですね。
まあ、もっとすごい姑っていうのもいるでしょうし、
恵まれている関係なのかもしれませんね。

14/04/19 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

ライバルといえばライバルなのかもしれませんね。
姑からみれば息子を取られた感もあるでしょうし、主婦としては経験値からいっても嫁は叶わないと思うだろうし。
だから寝起きの姿など見せたくないのでしょう。

14/04/19 そらの珊瑚

朔良さん、ありがとうございます。

新聞の人生相談のコーナーを愛読している私(笑い)にとって
この主人公の悩みなどとるに足らない、おっしゃる通り幸せな家庭なのだと思います。
彼女にしかわからないほんの少しのわだかまりのようなものに共感していただき嬉しいです。

14/04/19 そらの珊瑚

OHIMEさん、ありがとうございます。

OHIMEさんならきっとなんのわだかまりもなくやっていけるだろうと想像します。
ちょっとコミカルな味付けとして「討ち入り」としました。
これはもう嫁としては歓迎出来かねる部分はあるとしても、
不戦敗というか、もう負けるしかないものでして…温かさを感じていただけて嬉しいです。

14/04/19 そらの珊瑚

gokuiさん、ありがとうございます。

悩みとも呼べないようなささいな悩みを持ってしまうと、ああ、自分ってなんて小さいんだって思ってしまうでしょうね。
まあ、こんな愚痴を言えるうちが花なのかもしれません。

14/04/21 光石七

拝読しました。
愚痴をこぼしながらも幸せな家庭、心がほんわかしました。
今後も姑さんの討ち入りは続くでしょうが、上手く付き合っていけますように。

14/04/21 そらの珊瑚

光石七さん、ありがとうございます。

どんな平和な家庭であっても多少の波風はあるのかもしれません。
まあ、このくらいの波風ならば舟は転覆しないでしょう♪

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