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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

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ヒトカタとウタカタ

14/04/04 コンテスト(テーマ):第二十八回 【 自由投稿スペース 】 コメント:1件 浅月庵 閲覧数:967

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 窓際から見える景色は、時の流れに沿って季節を変えていく。その内私は手足の自由だけではなく、目も見えなくなり、死んで、周りは美谷詩由という人間がいたことさえ忘れる。
 私はぱちんと弾ける泡のように消えゆくけど、その一瞬の儚さこそ、美しくあってほしい。 

**
 僕は一か月前、喜多川亜美子にプロポーズをした。三年付き合っている彼女で、僕は彼女のことをとても大切にしていたつもりだし、出会った当初から根拠のないフィーリングで、この人しかいないって感情が体のどこかにビビっと流れた。
 料理も上手いし気も使える。なんと言っても純粋無垢な赤ちゃんみたいに笑うあの顔がたまらなく可愛い。卵の殻のように、くしゃっと音が聞こえてきそうなほど繊細な笑顔だからこそ、僕は守ってあげなきゃいけないって気持ちになったし、彼女の傍にずっと居たかった。
 だけど、喜多川亜美子は僕のプロポーズを承諾し、より幸せな未来を迎えようとしている最中に交通事故に遭ってしまう。即死だった。
 それでも僕は悲しみにくれることはない。僕は一目散に研究所へ向かい、彼女を再生することにした。彼女をほぼ人間と変わりのない人間型ロボット(ヒトカタ)として復活させるのだ。
 歴史の勉強で習ったのだけど、何百年もの間、人間そっくりのロボットを作る研究は行われていたみたいで、教科書を見ると過去に製造された、眼に生気の宿していない無機質な女性のロボットが、腹話術の人形みたくぎこちない口を開いている写真が載っている。
 それに比べると現代のヒトカタはなんと高性能なのだろう。僕は喜多川亜美子のバックアップをきちんと取っていたし、その“型”も発注済みだ。彼女にプロポーズをする直前に、研究所で亜美子のデータを全て抽出している。だから、僕はヒトカタとして蘇った亜美子に再びプロポーズし、結婚して改めて幸せな日々を取り戻す。これで何もかも元通りだ。
 亜美子は自分のバックアップを取られるのを「なんか縁起悪くない?」「私が死んで、そのデータをインストールされたヒトカタの私は、私であって私じゃないんじゃないかな?」って少々腑に落ちない様子だったし、僕のデータも一応残しておこうか?って聞いても、それはなんか違う、って拒否された。どうやら彼女は、昨今のヒトカタ技術に関して、あまり良い印象は抱いていないようだった。
 でも、そのお陰で僕は亜美子と一生一緒に居られるし、一番大切な人を失う苦しみも、味あわなくて済むんだ。
 ガラス越しに亜美子の“型”がある。頭の部分に取り付けられた大掛かりなヘルメットから、生きていたときの亜美子の情報全てがヒトカタに流れ込んでいく。本当に人間と遜色のない仕上がりだな。これじゃあ、人間とロボットを区別する必要も、人間が人間でいなくちゃいけない理由も分からなくなりそうだ。人工知能を搭載した亜美子はきっと、生きていたときの亜美子と同じ考え、同じ仕草、同じ愛し方を僕にしてくれるんだろうな。そんなの、もうヒトカタでも亜美子Aでも亜美子Bでもなく、紛れもなく亜美子だ。喜多川亜美子は生きていると考える。
 彼女から機械が取り外され、研究員からインストール完了の旨を伝えられる。所定の手続きを済ませ、まだ目覚めていない亜美子を丁重に車の助手席に乗せる。いつもの場所、彼女の特等席、僕の左隣にはやっぱり、亜美子が居ないとしっくりこない。

***
 今日、病院で出会った一人は私と同じ境遇だった。互いに打ち解けるのも早く、その人は自分のやったことが正解なのか、過ちだったのか悩んでいると心情を吐露してきた。
 私だったらあらぬ方向に曲がった科学の技術に頼る気はないと、正直に全てを伝えた。
 両目から流れる涙。人が人である証。私はその人の頭を撫でる。手が震えて力が上手く入らない。
 
****
 辺りはすっかり闇に包まれている。もう夜だ。僕は車を走らせ、ネオン街を気にもとめず潜り抜ける。
僕が向かうのは山だ。この山に来るのは二度目のことで、一度目は亜美子にプロポーズをした時。
 僕はもう一回、あのロマンチックな星の下で、亜美子に結婚を申し込む。目覚めた瞬間にプロポーズされるなんて、亜美子驚くだろうな。
 山頂に到着した僕は、大きなピクニックシートを広げ、そこに亜美子を仰向けに寝かせる。その隣に僕も寝転ぶと、眼前には満面の星がうるさいくらい鏤められ、見る者の心を鷲掴みにする光景が広がっている。
 すると程なくして、亜美子の右手が動く。自分の目を擦りながら、うーんと唸り、瞼を開く。ついに来た、その時が。
 亜美子は少しの間空を眺め、次に横を向いて僕の顏を見つめる。亜美子おかえり、と心の中で呟き、人生で二回目だけど、一世一代のセリフを言う。
「亜美子、僕と結婚してくれますか」どくどくと、心臓の鼓動がせわしない。答えは分かり切っているはずなのに、僕は緊張しながら亜美子の答えを待っている。
 でも、亜美子は自分の手の甲を眺めた後に言う。
「あなた、誰ですか?」
「......へっ? なに言ってんの、亜美子」
 そうか、まだきちんとデータが処理し切れてないのか。いや、でも研究員がインストール完了って言ってたし、そんなはずはない。
「なんで私、こんな所に居るんですか?」
「......ちょっと、ちょっと待ってよ。そんな冗談笑えないよ」
「あなたこそ、この状況をちゃんと理解出来るように教えてください。私は亜美子なんて人じゃありませんし」
「えぇっ、嘘だろう」 データの入れ間違いか? もしかして、亜美子(ヒトカタ)の体の中に全く別の人間のデータが取り込まれている?
「本当ですよ。私の名前は美谷詩由です。生年月日は2823年6月4日生まれの十七歳。血液型はA型。趣味は音楽鑑賞。好きな食べ物はリンゴ。嫌いな食べ物は玉ねぎ。どうです? これで満足ですか?」
 ここまですらすらと別人のプロフィールを亜美子の声で言われると拍子抜けしてしまうし、靴の中に入った小石のような、なんとも言えない気持ち悪さがある。
 というか、ヒトカタ研究所でこんな不祥事があっていいのか。腹が立ってきた。早く、亜美子の体に亜美子のデータを入れ直してもらおう。でも、もう深夜だし、研究所は開いてないだろうな。
「あのね、詩由ちゃん。僕、勘違いしていたみたいだ。でも、これは誘拐なんかじゃないよ?」結果的に十七歳の高校生をこんな山奥に連れて来てしまった。犯罪だと思われてもおかしくないな。
 慌てる僕とは対照的に、詩由ちゃんは少し考え事をするように俯き、顏を上げる。
「うんと、多分、憶測ですけど良いですか?」
「はい。何でしょう」
「私って、その、亜美子って人の、人っていうかヒトカタの体の中に間違って入っちゃってます?」
「あのー、えっと」これは答えていいのだろうか。いくらバックアップデータとはいえ、オリジナルの美谷詩由ちゃんと全く同じ人格がそこにあって、それに対して、君は抽出されたデータなんだよ、なんて答えていいものだろうか。彼女を傷つけることにならないのだろうか。
「あなたは私のことを全くの別人だと思い込んでるみたいだから、そうなんじゃないかなって思って」
「......うん。じゃあ、正直に言うよ。ちょっとためらってたんだけど、詩由ちゃんは亜美子っていう僕の彼女を象ったヒトカタの中に入ってる。バックアップデータとして」
「はい、やっぱりそうだと思いました。でも私、そんなショック受けてないですよ。バックアップデータはデータとして、後々引っ込みますので」
「あっ! あぁ、はい。なんかごめんなさい。こんなことになってしまって。それもこれも研究所が間違えてインストールしちゃったから」
「いえいえ、気にしないでください。それに、あの、名前なんて言うんですか?」
「そういえば名乗ってなかったね。僕の名前は篠宮啓介です」
「篠宮さんは、早く私の体に亜美子さんのデータを戻したいですよね」
「いやー、それは......」
「ははっ、別に正直になっていいですよ」
「思いがけず別の人格が入っちゃったみたいだからちょっとびっくりしちゃって。知らない人にプロポーズまでしちゃったし」
「確かにそうですよね。ごめんなさい、私こそ勝手に他人の体に入ってきて。って言っても、私自身にはどうにもならないことですけど」詩由さんは髪を耳に掛け、俯いて笑う。亜美子の顏なのに、彼女は亜美子じゃない。湯呑みにコーヒーを注ぐような違和感だ。「私もびっくりしちゃいましたけど。まぁ、そのプロポーズは本物の亜美子さんに取っておいてください。それじゃあ、私のデータを消しに行きましょ?」
「うん。でも、まだ研究所開いてないと思うよ」
「確かに、もう夜ですしね。じゃあ、ドライブに連れてってください。私、何時間後かにはこの世界からいなくなっちゃいますし。最後の思い出として」
「......でも、本当の美谷詩由ちゃんは生きてるんだよね。って聞いてもわかんないか」
「多分、生きてると思いますよ。一度インストールしたデータは消えちゃうから、この私はまだ使われていないデータだったってことです。だけど、この世界のどこかに存在する美谷詩由と、ここで亜美子さんのヒトカタボディーを借りてる美谷詩由は全くの別物ですよ。同じ人格であって、同じ人格じゃない。ていうか、そうじゃなきゃいけないんです」
「どういうこと? 」
「どんなに精密な機械で作られたネジでも、同じものは一個として無いと思うの。それは全てA、B、C、Dって区分けしないと区別しないといけないんです。科学の技術が進歩して、人が死んだとしてもその人と全く同じロボット、通称ヒトカタを簡単に作り出せる。でも、そのAっていう人間と全く同じ人格、体つきだとしても、結局人工知能にデータを入れ込んで、そのAっていう人が起こしそうな行動、口調、仕草を真似て生きていくだけ。完全に本物に近いそれは結局のところAだし、生物っていうのは永遠に生きていてはいけないと思うの」
「そうかな。僕は好きな人とずっと一緒に居たいと思うけど」
 僕の中にあるヒトカタに対する考えと、詩由ちゃんの考えは圧倒的に違う。完全に近い偽物は、僕の中では本物だと思う。
「人は限られた時間だからこそ、刹那で輝くんだと私は思うよ。永遠に生きられるなんて大切なはずの時間を無駄にする生き方をしそうだし、データを書き換えて理想的な人を作りあげても、それは人の手で作ってる時点で機械にしかならないと思う」
「んー、そうなのかな。そういう意見もあっていいと思うけど。僕はヒトカタに対しては賛成だな。まぁ、とりあえず冷え込んできたし、ドライブにでも行って話そうか」
 僕たちは起き上がり、ピクニックシートを畳んで車に戻る。

*****
 わんわん泣くその人の涙は美しいし、これは機械なんかには真似の出来ない、生きた感情。
 最近、ヒトカタに致命的な欠陥があるとニュースでも話題になっている。それはそうだろう。人が作った人が完璧なわけはないし、だからこそ私は生きた人が好きだ。

******
「篠宮さん、マリオネット病って知ってます?」詩由ちゃんは自分の爪を眺めながら、何気なく呟く。その仕草は、どことなく亜美子に似ている気がする。
「最初は手が痺れて次に足にきて動けなくなって、眼が見えなくなって耳が聞こえなくって死に至るっていう不治の病だろう」
「その通りです。あまり公にはなっていないはずの病気なのに、詳しいですね」
「たまたま本で見たんだ」
「そうですか。あの、重い話で申し訳ないんですけど、実は私マリオネット病なんです。まだ進行状況は1の段階なので手足の痺れ程度で収まってるんですけど、一年しか保たないとお医者さんに言われてます」
「そう......なんだ。でもさ、そのマリオネット病の部分を削除したデータに書き換えてインストールし直せば、健康な体のままで居られるんじゃ」
「言い方悪いですけど、そういう血の通ってない方法に頼るのって嫌です。都合が悪くなったら全部書き換えて、データデータって人のこと機械みたいに記号化するのって、生きてない感じがします。だから私は、この状況を受け入れるんです」
「恐くないの? 自分の自由がどんどん効かなくなるのって」
「恐いですよ、当たり前に。でも、だからこそ今を大事にしてる。何回死んでもデータで生き返ってたらキリが無いですしね」
 車の窓から外を眺める詩由ちゃんの表情は伺えないけど、声はとても切なげで。僕は胸が締め付けられる思いでハンドルを握る。
「詩由ちゃん、お腹減らないか?」
「お腹?」
「うん、もう夜だからさ。おじさん、お腹減っちゃったよ」その場の重い空気に耐え切れず、僕は無理に明るく振る舞おうとする。
「お肉」
「んっ?」
「私、焼き肉食べたいです。たっかいお肉」
「......ははっ。ったく、仕方ねぇーな!」僕はアクセルを踏み込みスピードを上げる。隣にいる詩由ちゃんはきゃっきゃと笑いながら、開いた窓から流れる風を感じてる。
 その後、僕たちは焼き肉をたらふく胃袋に詰め込む。詩由ちゃんは女性の割に肉も野菜ももりもり食べていて、見ているだけで気持ちが良い。
 次にカラオケへ行く。僕と詩由ちゃんの年の差十一歳。十七歳の彼女と音楽の趣味があうのか分かんなかったけど、詩由ちゃんは僕の好きな曲をピンポイントで歌ってくる。古い曲、マイナーな曲まで歌う詩由ちゃんの歌に、勝手に体がつられてノってしまう。
「いやー、楽しかったですね。まさか本当にカラオケに連れて行ってくれるとは」
「詩由ちゃん、よくあんな古い曲知ってるね。僕らが丁度ドンピシャの世代なのに」
「いやいやー、お母さんが歌ってるのを聞いてて覚えたんですよ」
「ははっ、そうなんだ。楽しかったかい?」
 焼肉屋とカラオケ、そこで見た詩由ちゃんはずっと笑顔で、無邪気にはしゃぐ高校生に見えるけど、僕にはどうも引っかかる点がいくつもある。
「はい! とっても」
「そっか。それなら良かった。あのね、詩由ちゃん。一つ聞きたい事があるんだけどさ」
「はい。なんですか?」
 僕は堪え切れず、疑問を投げかけることにする。疑問というより、ほぼ確信に近い。
「君、嘘付いてるよね」
「えっ? なんの話ですか?」
「君は僕に嘘を付いてる。大きな嘘を」
「ちょっと、やめてくださいよ。そんな怖い顔しないでください」
「あのな、単刀直入に言う」
「はい」
「君の中身は美谷詩由じゃなくて、喜多川亜美子そのものだ。そうだろう? 亜美子」
「えっ、ちょっと篠宮さん、なに言ってるんですか? 私は十七歳の高校生、美谷詩由ですよ。ほら、私のプロフィールだって説明したでしょ?」
「6月4日生まれで趣味は音楽鑑賞だろう。好きな食べ物はリンゴで、嫌いな食べ物は玉ねぎ」
「はい、そうですよ。それがなにか?」
「それは紛れもない美谷詩由ちゃんのプロフィールで、嘘偽り無いんだよね」
「だから、本当だって何回も言ってるじゃないですか!」
「じゃあなんで、焼き肉屋で玉ねぎ食べれたんだ」
「えっ? なに、玉ねぎ?」
「自分で言ったことも忘れてるのかよ。やっぱり亜美子らしいな。自分で玉ねぎ嫌いだって言ってたのに、美味しい美味しいって言って食べてたからさ、なんかおかしいなと思ってたんだよね。しかも、カラオケでも今時の若者の歌っていうより、僕らが学生の時に流行った時の曲ばかり歌うし、俺の歌うマイナーな曲にもノるからさ、途中から詩由ちゃんじゃなくて、完全に亜美子にしか思えなかったんだよな」
「......」
「頻繁に髪を耳にかける仕草も、自分の爪を意味なく気にする仕草も全部、亜美子の“癖”だ。ずっと亜美子と一緒に居た僕だから分かるんだ。君はどんなに別人を装っていても、無意識に亜美子が出てきてる」
「ちょっと篠宮さん、やめてよ.....」
「亜美子、なんで僕を騙そうとするんだ? また僕と一緒に生きて行くのが嫌なのかい」
「いや、そういうわけじゃなくて」
「じゃあ、なんで......」
「私って、どうやって死んだの?」
「んっ? 死んだ。あぁ、君は交通事故に遭って......」
「交通事故? 病気で死んだんじゃないの?」亜美子は驚いた表情を見せる。
「病気? 病気って何の話? ......もしかしてさっき言ってたあの、マリオネット病のことか」
「そうよ。啓介には言えなかったんだけど、私マリオネット病にかかってたの。どのみち交通事故に遭わなくても病気で一年しか保たなかった。だから、啓介が私をヒトカタとして生き返らせたとしても死んじゃうし」
「そんなの、さっき言ってた通りマリオネット病を消したデータに書き換えたら」
「私はずっと、ヒトカタは人類の奇跡だ。とても素晴らしい研究だと思ってた。だけど、自分が病気になって、同じ病気の人に出会って思い直したの。今の私と交通事故で死んだ私は、イコールじゃないってことに」
「亜美子......」
「結局私は、ヒトカタの高性能な“型”に入り込んだ、交通事故で死ぬ前の私の記憶を人工知能に盛り込んだ、すごく本物に近いロボットでしかないのよ。わかる?」
「そんなことないだろう。君は紛れもない亜美子だよ」僕は唇を噛み締め、拳を握りしめる。
「本当にそう思ってるの? そんなこと、言っちゃ駄目だと思うよ。人間は記号化して好きなようにどうこうして良いもんじゃないし、死んだらまた復活させてなんて、ゲームみたいなことして良いとも思えないよ。それは科学の進歩というより人類の過ちであって、最大の禁忌だと思う」
「ゲームだなんて、微塵も思ってないよ。僕はただ、亜美子と結婚して、幸せな家庭を築きたいだけであって」
「交通事故に遭って死んだ私は私だったけど、今の私は私であって私じゃないの。お母さんのお腹の中から産まれて、周囲の人に育てられて、啓ちゃんと出会って、それが本当の私。でも今の私も、人工知能のはずなのにちゃんと感情もある。悲しみも怒りの感情もあるから不思議なの」
 目の前にいるヒトカタの亜美子は、過去の記憶を辿った、付け焼き刃の作り出された感情で動く。どれだけ本物に近くても、それは本物では無くてやっぱり偽物なのだ。
 でも、こんなにも生前と何の誤差も無い亜美子がロボットだなんて信じがたいし、もうそこに居るのは一人の人間だとしか思えない。
 ただ、考えを巡り巡らせていると、ある一つの疑問に辿り着く。
「......でも、どうして亜美子は自分がヒトカタだって気づいたんだ。今までの亜美子自身の意識が再度インストールされているはずだから、気づけるはずがない」
「それはね、これよ」亜美子は左手を差し出す。「私はずっと、左手の小指の爪だけにベースコートを塗っていたの」
「ベースコートって、爪をテカテカにして保護するやつだろ? それがどうしたんだ」
「それを塗り始めたのは、ヒトカタ研究所で私のバックアップデータを取った次の日からなの。毎日、欠かさず塗ったわ」
「......それなのに、目覚めた亜美子の爪にはその塗った跡が無かった。だから自分がヒトカタだって気づいたのか」
「うん、その通り。私が本物である目印としてね」亜美子はどこか切なげに手を下ろす。
「.......僕は君のことを喜多川亜美子とは違う存在で、振り切って言ってしまえば“偽物”だって言ってしまっていいのかな」悲しいはずなのに、僕の目からは涙が零れ出ない。でも、僕の心は真実の亜美子の死を受け入れ始めている。交通事故に遭って体は腐敗し始め、火葬場で焼かれた時点で亜美子は亡くなっていて、煙になってこの世とお別れして、皆もその事実を深く胸に刻んでいたのに、僕だけが全く違う感情でいた。まだ亜美子は死んでない、生きてる、生き返らせる。
 その考えこそが、研究所でバックアップデータを取っていたことを真っ先に思い出し、念のために予め作っておいた“型”に生前の亜美子のデータを流し込む手はずを考えていた僕こそが、現実を受け入れず、亜美子の死に向き合わない、ただの馬鹿野郎だということか。
「うん、偽物の私は悲しいって気持ちになるけど、亡くなった私はそれで良いって気持ちになってると思うよ。そうじゃないと、人間が人間で居る意味が無くなっちゃう。いくら便利な世の中になっても、やって良いことと悪いことの区別くらいつけなきゃ。私たち、もう大人なんだし。詩由ちゃんみたいにピチピチの女子高生なんかじゃないから」亜美子が笑うので、僕も思わず、つられて笑う。
「その美谷詩由って、どこから出てきたの? やけにすらすらと名前やら誕生日やら言ってたけど」
「病院で知り合った女の子の名前よ。友だちになったの」
「その子も、もしかしてマリオネット病にかかってるのか?」
「うん、そうなの。だから私たち、すごく気が合って、色んなおしゃべりしたの。勿論、私は啓ちゃんのことも話したよ。パイナップルとパンプキンがごっちゃになって、パイナプキンって言っちゃった話とか」
「おいおい、そのバカ丸出しの話教えるなよ」
「詩由ちゃん、すごい笑ってたよ。でね、そこで私は詩由ちゃんに、ヒトカタの話を持ち込んだの、ヒトカタとして人を生き返らせることについてどう思うか。そしたら詩由ちゃん、私と十歳も離れてる女子高生なのに、なんて言ったと思う?」
「わかんない」
「私はヒトカタについて反対ですよ。ヒトカタになった私は私じゃないし、それに寿命があと七十年だろうと一年だろうと関係ないです。やりたいことをやって悔いと無駄の無いように人生を生きる。ただそれだけなのです。大好きな人と一緒にいられなくなるのは悲しいですけど、だからこそその一瞬を大事にしようと抱きしめようとする気持ちがもっと強くなるんじゃないですかね、だってさ。あまりにも真っ直ぐすぎて、おばさん拍子抜けしちゃった」
「だから余計、亜美子はヒトカタとして生き返るのは反対だったのか」
「うん。それを聞いて、ハッとしたの。どうせなら、ちゃんとマリオネット病と闘って、勝ってやろうと思って。だから、私が勝負に負けた時、啓ちゃんが卑怯な手を使ったら他人の振りをして、反則を阻止しようってそう決めてたの。だって私人間だし。デリートキーで消せるデータなんかじゃないし」機械の亜美子は、生前の亜美子が思っていた心情を言葉で紡ぐ。
「うん。そうだな、僕が間違ってた。自分の感情ばっか最優先でなにも考えてあげられてなかった。ごめん」
「私も強く言い過ぎちゃったけど、そんなことないよ。啓ちゃんはずっと私と一緒に居たいと思ってくれてたんだよね、だから他の人に脇目も振らず、“私”を生き返らせようとした。本当にありがとう。でも、終わりは終わりにしないと、次が始まらないでしょ」
「うん、そうだな。こちらこそありがとう」
 僕はその後、目の前の亜美子に対し、好きだよ、愛してるよ、結婚しようなんて言葉は一切口に出さなかった。この亜美子に伝えられる言葉は、感謝の気持ちだけだ。そう自分の中で思うことにしなくてはいけない。例え心の底に迷いがあっても、僕たち二人は決めたのだ。彼女は偽物で、一ヶ月前に亡くなった亜美子が本物。人間とヒトカタの区別をきちんと付けることにしたのだ。
 僕は研究所で、亜美子の記憶を亜美子の“型”から完全にデリートした。もうこれで、亜美子は完全にこの世には居ない。亜美子が存在しているのは、僕とこれまで亜美子と関わってきた全ての人たちの心の中だけだ。
 ーー亜美子がいなくなって数日後、僕は詩由ちゃんが入院している病院へと向かう。生きていた亜美子はどんなことを思って詩由ちゃんと話していたのか。どんな表情を浮かべていたのか。僕のバカ話をどれだけ誇張して話していたのか。それを聞きたいが為に向かうのだが、僕の足が止まり、袋に入ったリンゴが揺れる。
 
 亜美子は消える前に言っていた。“終わりは終わりにしないと、次が始まらないでしょ。”
 亜美子はまたどこかで始まる、あるいは始まっているのだろう。あの屈託のない笑顔から、また。
 それなら僕はどうだろう、涙の一つすら流せない僕は、まだ? 欠陥品である僕は、まだ?


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このストーリーに関するコメント

14/04/04 浅月庵

あるコンテストで落選したものを手直ししてUPしました。

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