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四島トイさん

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嫁入り狐の手を引いて

14/03/31 コンテスト(テーマ):第五十三回 時空モノガタリ文学賞【 太陽のせい 】 コメント:4件 四島トイ 閲覧数:1027

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「見事なまでの雨模様」
 ドレス姿の北川サキが、控え室の窓をコンコンと打つ。曇り一つ無く磨かれたホテルのガラス窓。雨粒が引き合うように集まり、零れていく。
「ごめん」
「何で誠二郎君が謝るのさ」
「雨男、だから」
「わたし晴れ女ってよく言われるよ」
「……なんか、ごめん」
 振り向いた彼女は困ったように笑う。露になった素肌の肩をすくめる。
「お天気はともかく、エスコートはしっかりね」
「あんまり気障なのは性に合わないよ」
「今日、気取らなかったらいつ気取るのよ」
 呆れ顔を見せて、彼女は再び視線を外に向ける。遠く、山並みが水墨画のように滲んでいた。
 その後姿に申し訳ない気持ちが湧く。結婚式だというのに。文字通り晴れの日のはずなのに。彼女はこんなに綺麗なのに。雨だなんて。横に立つのが借り物のタキシード姿の冴えない男だなんて。
 備え付けられた姿見に映る己の姿にため息が漏れた。
 あ、と彼女が声を上げた。
「あっち晴れてる」
 指差す先には確かに陽の光が見えた。
「ねえ、天気雨になるかも」
 そういえばさ、と彼女が思い出したようにポンと手を打った。
「狐らしいんだ」
「なにが」
「わたしが」
 顔を上げる。うなじが陶器のように白く滑らかだった。
「え、と……」
「一週間前にお母さんに聞いたの。お婆ちゃんのお婆ちゃんの代から化けてるんですって。もう戻り方もわからないっていうんだけど……ほら、狐の嫁入り、ていうでしょ」
 唐突な話にカフスボタンを弄ぶしかないでいると、彼女は振り返って僕を真っ直ぐ見つめた。
「もしもわたしが花嫁行列に連れて行かれちゃったら、誠二郎君はどうするかな」
「そりゃあ……困る、よ」
 彼女は、そうかー困っちゃうかー、と笑った。
 その時、扉がコンコンと可愛らしく叩かれた。式場関係者だろうと思って、はい、と応じる。
 振り返ったところで、一匹の白狐が二本足で立っていることに気付いた。
 つい、と顔が上がる。左右に引きあがった口。薄く切ったような目が僕をとらえた。
「狐のお嫁はかわいいお嫁」
 白狐の言葉を追うように扉の向こうで声が上がった。
「人世であっても引く手は数多」
「されどお嫁はかわいい狐」
「嫁入り先は狐のお里」
「お供しませう日照り雨」
 お迎えに上がりました、と言ってひょこりと頭を下げる。
 窓から差し込む陽が部屋を真っ白に照らした。白狐の毛並みが光に溶け込んでいく。
 光の中で彼女の表情は読み取れない。ただ、視線が向けられていているのはわかった。口を開いたが、何と言っていいのかわからなかった。短いため息が聞こえた気がした。
「……じゃ、行っちゃおうか」
 扉が勢いよく開く。数えきれないほどの白狐たちが雪崩れ込んできた。
 彼女の体が白狐たちによって、御輿のように担がれる。波に引かれる舟のごとき素早さで彼女が控え室から連れて行かれる。
 反射的にそれを追いかけていた。
 扉を抜け、外へ通じる長い廊下を夢中で駆けた。
 狐が一匹、背に飛び乗ってきた。
「狐には狐の世がありますに」
 その狐を振り落とすと、今度は別の狐が左足に組み付いた。次々と狐が僕にまとわりついてきて足を止めようとした。
「狐を追わずにひとを追いなされませ」
「他にもたくさんおりませう」
「何をそんなに乞われます」
 不意に記憶がバラバラと脈絡無く頭を過ぎった。
 大学の教室で初めて口をきいたことを。バイト先まで夜の道を一緒に歩いたことを。彼女の髪が短くなったときのことを。夕暮れの電車で隣り合って座ったことを。冬の日の朝に初めて手を繋いだことを。ビール片手に卒業論文の完成を祝いあったときのことを。
 劇的なことなど何ひとつなかった毎日を。
「追われますのか、乞われておらぬやもしれませぬに」
 だからなんだ、と叫んだ。
「彼女は狐の嫁なんかじゃないんだっ」
 僕の、と続けようとして息が切れた。
 腕を思い切り伸ばす。
 彼女の名前を呼んだ。
 陽光と雨が降り注ぐ中で、確かにサキの手を掴んだ。


 ほら天気雨だよ、という声にはっとする。
 控え室の窓辺に立つサキが楽しげに外を指差していた。
 白狐の姿はどこにもない。
「どうしたの。夢から覚めたみたいな顔して」
 疑問符を浮かべる彼女に、太陽が眩しくって、と苦し紛れに応じる。雨男だからねえ、と冗談めかして笑われる。
 不意に扉が叩かれた。
 式場でスタンバイお願いします、と若い係員が顔を覗かせた。
「出番だってさ」
 そう言って向き直る彼女に手を差し出す。
 精一杯の、なけなしの、そして人生最大の優雅さを込めて。
「では……参りましょうか花嫁様」
 驚いたように目を瞬かせる彼女が、わずかな間の後、頬を染めて手を取った。
 狐のお嫁はかわいいお嫁、と小さく歌うような声が聞こえた気がした。


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このストーリーに関するコメント

14/04/02 朔良

四島トイさん、こんにちは
拝読いたしました。

四島さんの描かれるキャラクターは魅力的だなといつも思います。
このお話とても好きです。面白かったです^^

14/04/03 四島トイ

>朔良さん
 読んでくださってありがとうございます!
 登場人物をお褒めいただけることとても嬉しいです。しかしながら話立て自体はやはりダメですね……もっとすっきり削れたと思うのでこれから精進します。
 コメントありがとうございました。

14/04/07 光石七

拝読しました。
狐の嫁入り、なるほど……
小さな可愛いファンタジーに心が和みました。
狐も祝福するお二人、お幸せに。

14/04/08 四島トイ

>光石七さん
 読んでくださってありがとうございます。
 狐の嫁入りはその言葉の響きだけで創作せずにはいられない題材ですね。数多くの優れた作品がある中でおこがましいことですが、どうしても書きたくて……
 オリジナリティを作れるようがんばります! 今回は本当にありがとうございました!

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