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朔良さん

のんびりまったり。 読むのは綺麗で残酷な話が好きです。 こちらで掌編・短編小説の勉強をさせていただいています。 遡って皆様の作品を読ませていただいてます。 古い作品に突然コメントすることがありますが、失礼があった時は申し訳ありません。 マイペースですが、頑張ります^^

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あかい実

14/03/31 コンテスト(テーマ):第三回OC 【 廃 】  コメント:23件 朔良 閲覧数:1434

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 ライトバンのドアを開けると草いきれでむっとした。
 まだ4月だというのに初夏並みの日差し。暑苦しいスーツで中年には辛い傾斜の野道を歩くと思うとうんざりだが、これも仕事だ。私は里道に車を置いたまま歩き始めた。

 はこべ。かたばみ。はるじおん。
 表札の外れた門塀の奥、我が物顔で庭を蹂躙する草花。春の花と言えば聞こえがいいが、結局は雑草だ。
 季節の花を丹精していた原口さん夫妻は、半年前に息子一家との同居を決めて村を出た。向かいの山田さんはいつだっただろう。人が住まなくなった家は瞬く間に荒廃する。硝子が割れ、根太が朽ち、静かに死んでいくのだ。
 今や死は村全体に広がっていた。
 限界集落…いや、超限界集落。数年前の市町村併合で隣接した市に飲み込まれた小さな村は、コスト削減という都合のいい言葉で、役場を失い、学校を失い、何かを失うごとに一人二人と人までも失い…。すでに消滅集落への移行は止めようのない段階に来ている。市は再生よりも廃村が合理的と結論を下した。私の仕事はわずかに残った住人に移住を促し村にとどめを刺すことだ。…嫌な役目だ。やる気のなさを反映してか丸一年を過ぎても仕事は終わらず、上司の小言のバリエーションが増えるばかりだ。

 更に数軒の空き家を通り過ぎようやく目的地が見えた。廃墟のような古い家屋。かつては青々としていた畑も今は雑草に埋め尽くされている。
 軒先で子どもの背丈ほどの木に朱い実が熟しているのが目に止まり、私は足を止めた。砂をまぶしたように細かく白い点を散らした小指ほどの赤い楕円。名前を思い出せず眉を寄せた時、元気な声がした。
「また来たとね」
 首を巡らせると、無人だと思った畑の隅にほっかむりをした小柄な老婆の姿があった。
「こんにちは、松枝さん。あの…」
 さっそく用件を切り出そうとする私に、松枝さんはにかっと笑いかけた。
「よかよか、麦茶でも飲まんね? 暑かったろうが」
「あ、はい」
 喜寿も過ぎた先達からすれば私などまだまだ若造だ。

 開け放された縁側に腰掛ける。
 手渡された麦茶は香ばしくどこか懐かしい味がした。
 松枝さんが隣にちょこんと座った。
「谷田さんとこな、どげんさしたと?」
「娘さんご夫婦と同居が決まって…」
「そうね」
「松枝さんも町に移りませんか?」
「うちは娘も息子もおらんけん」
「施設を用意します。ここは不便だし独りじゃ大変じゃ…」
「そぎゃんことなか、慣れとぉけん。電話もテレビもあると。大丈夫ばい」
 そう、完全に廃村にならない限りは、最低限のインフラは供給しなくてはならない。それが問題なのだ。
「でも、いざという時に困るでしょう」
「じいちゃんに聞かんと決められんよ」
 私は横を向いて深く皺の刻まれた松枝さんの顔を見た。
「じいちゃんに?」慎重に言葉を重ねる。
「勝手に好いとうごとしたら怒りんしゃぁけん」
「あの、おじいちゃんは今どちらに?」
 松枝さんはにぃっと笑うと、達者な足取りでつかつかと奥に行き、無造作に襖を開けた。
 白檀の匂い。仏壇には今年の冬亡くなった頑固そうな老人の遺影が飾られている。
「……」
 もし松枝さんに痴呆が始まっていたら、同意なく施設に移ってもらうことも…という、私の浅はかな考えは御見通しらしい。
「もういっぺん富有柿ば食いたかって言うとらしたけんねぇ」
「柿、お好きでしたよね」
 覚えている。釣瓶落としの秋の日、朱く燃える空と橙の果実。老人から渡された柿は驚くほどに甘かった。
「食い意地ん張っとうしゃぁけん、困っと」
 連れ合いが生きてるように言い、松枝さんはころころと笑った。
 ぐるりと家の中を見回す。
 …生きている。苔むした沓脱石、焼けて毛羽立った畳、埃と古い家屋の匂い。道中で見た空き家より廃屋らしくても、この家も人もちゃんと生きている。
「あ…」
 去年の春、憂鬱な気持ちを隠して訪問した私に、松枝老人が朱い実の話をしたのを不意に思い出した。
「グミ…もらってもいいですか」
「よかばってん、すゆかばい」
 立ち上がってざらりとした赤い実をちぎり、スーツの袖で拭いて口に放り込んだ。酸味と渋み…そして微かな甘み。確かに人生みたいな味だ。
「…今日は帰ります」
「まだよかろうもん。奈良漬ば食べていかんね」
「いや、仕事がありますんで」
 上司の小言を聞くのも仕事のうちだ。
「代わりに、今度柿を食べさせてください」
「…よかよ」

 なずな。たんぽぽ。のぼろぎく。
 野道を埋める雑草達。村の荒廃は刻一刻と進んでいく。松枝さんが意地を張ろうと、私が上司に無能と罵られようと、この村は遠からずに廃れ、緑に飲まれるだろう。 
 いい人ぶりたいわけではない。私がもう一度あの夕日に照る赤い実を見たい。甘い実を食べたい。それだけの話なのだ。きっと。


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このストーリーに関するコメント

14/03/31 朔良

タックさん、OCコンテストおつかれさまです。
いくつかアイディアはあったのですが、うまく形にならず…。
ぎりぎりにこんな拙い作品ですみません^^; コンテストの賑やかしのひとつだと思っていただければ^^;
参加させていただき、ありがとうございました。


方言は九州の片田舎のものです。
…訳を載せたほうがいいかとも思いつつ、そのままで^^;

14/04/01 クナリ

短い言葉の応酬に、互いの意志や事情が交錯していますね。
その裏に確かにある思いやりも。
遅々として進まない事業に、お役所批判もよく効きますが、性急に進めてはならないこともある…のかも。

14/04/01 泡沫恋歌

朔良 様 拝読しました。

田舎言葉と住む人のいない村に達者なおばあちゃん。
なんか、しみじみとした味わいがあっていい感じですね。

こういう描写は中途半端な都会で育った私には絶対に真似ができない。
実に羨ましいスキルです。

この作品に「朔良文学」の奥の深さを見た思いがしました。

人間臭く、温かな作品をありがとうございます。

14/04/01 黒糖ロール

拝読しました。

方言に味があって、ほっこりしました。
日向のかおりがしてきそうな、いいお話ですね。

14/04/02 草愛やし美

朔良様、拝読しました。

日本の原風景のような佇まいの村、懐かしい思いで読み終えました。昔、こんな村々があったはず、でも、すっかり都会の中に馴染み、忘れ去ろうとしていました。
忘れてはいけない景色ではないかと、しみじみ思いました。お互い思いやるその気持ちを持った温かさ、とても素敵な「廃」でした。ありがとうございました。
余談ですが、長崎に若い頃住んでいましたので、懐かしい方言に浸らせてもらい、あの頃のことも思い出しました。坂の上に生えていたつわぶきや紫蘇の葉を摘んで、食べたこと懐かしいです。

14/04/02 朔良

クナリさん、こんばんは
読んでいただきありがとうございます。

災害からの復興のように、最優先で進めていった方がいいこともありますが、そうでないものもある…のかもしれません。でもこの主人公、お役所の上司からしたら、間違いなく昼行燈の役立たずですよね^^;
もっと性格の悪そうなやりとりになるはずが、方言で会話させたら思いのほかほっこりとするものになってしまいました。
裏にある物を感じ取っていただけてうれしいです。ありがとうございました。

14/04/02 朔良

HIMEさん、こんばんは。
読んでいただきありがとうございます。

廃という言葉から、罪を犯して廃村の片隅に眠る廃墟マニア女の話を描くはずでしたのに、気付けば廃村部分だけしか残っていませんでした^^; なぜだろう^^; 
実は小さいころ、長崎・佐賀・福岡と九州を転々としていたので、そこらへんの言葉がごちゃまぜです。
グミは祖母の家の軒先にあって…。それを思い出したのが、この話を書くきっかけになったのかもしれません。
けっして美味しい物じゃないけど、グミの味、いいですよね!

ほっこりしていただいて嬉しいです。
私もコメントにほっこりさせていただき励みになりました^^

14/04/02 朔良


泡沫恋歌さん、こんばんは
読んでいただきありがとうございます。

方言で味を出すのはずるいかなぁと思いながらも、標準語のやり取りではいまいちしっくりこず、このようになってしまいました^^;
他の方へのコメントを書いていて、思い出したのですが、知らない間に田舎の祖母の家をイメージしていたみたいです。
小さいころは田舎暮らしが嫌でしたが、何事も人生の肥やしになる物ですね(^m^)
コメントありがとうございます!
いつも励まされております^^

14/04/02 朔良

黒糖ロールさん、こんばんは^^
読んでいただき、ありがとうございます。

方言、意味通じたでしょうか^^;
味があると言っていただけてよかったです。
書いている間、山の田舎の家と軒先の赤い実をずっとイメージしていました。

14/04/02 朔良

草藍さん、こんばんは。
読んでいただき、ありがとうございます。

他の方のコメントでも触れていますが、小さいころに遊びに行った祖母の家のイメージが底にあったみたいです。
どこにでもある平凡な田舎の風景、でも時にものすごく郷愁を誘いますよね。
きっと死ぬまでずっと忘れないのだと思います。あんまりおいしくはないグミの実の味と共に^^

草藍さんも長崎に住んでいらっしゃったのですか! なんだか身近に感じてしまいます。
私は小さいころ何度か引っ越ししているので、何ヶ所かの方言が混じってしまってると思いますが、懐かしさを感じて頂けたのなら、とっても嬉しいです。
わらびやぜんまいやつくし…、小さかった頃なので、食べるのはあまり好きじゃなったけど、摘みに行くのは春の一大行事で楽しかったです! 
コメントありがとうございます。いつも感謝しています^^

14/04/02 朔良

ああ、ごめんなさい。
OHIMEさんのお名前が、ただのHIMEに!
コピペミス…。申し訳ありません;;

14/04/03 タック

朔良さん、ご投稿ありがとうございます。拝読いたしました。

とても素晴らしい作品、こちらこそ、本当にありがとうございます。

どんなに愛していても、どんなに想いが強くても、避けられないものがあります。廃村というのは、その筆頭であると思うのです。高齢化や様々な事情により、廃村が決まっても、そこには当然住み続けている人がいて、その思いも残っていて、だからこそ、生まれ育った場所を廃する、というのは悲しいものだな、と朔良さんの作品を拝読して感じました。

主人公の、非道になりきれない性格。そしておそらく、その心情さえも見抜いているのであろう松枝さん。松枝さんの最後の台詞、「…よかよ」に含まれる…に、すべてが込められているような気がしました。

14/04/04 そらの珊瑚

朔良さん、拝読しました。

どこかに実存する限界集落のような錯覚がするほどのリアリティを感じました。
いすれ本当に村は廃れ、里山は雑草たちに天下となるででしょうが、
松枝さんがいる間はせめて…という気持ちにさせられました。
松枝さんと会話していくうちに移り変わっていく主人公の心情がとても自然に描かれていて、派手なストーリー展開はないのに、深みのあるいいお話だと思いました。
自分が赤い実を食べたいだけの話というラストの優しさが素敵です♪

14/04/05 鮎風 遊

グミでしたか。
赤い実ってなんだろうと思いながら読み進みました。

確かに、ざらりとした赤い実ですね。
ずつとその味が残り、物語は酸っぱさや渋みまで蘇らせてくれるのだと、
発見させてもらいました。

淡々と良い話しでした。

14/04/05 四島トイ

拝読しました。
荒廃を止められないとわかっていながら、己を無能と自虐しながらのささやかな抵抗と、それが「いい人」である故だとは認めない。何よりも、意識的に村の観察者たろうとする主人公の複雑な心境が伝わってきました。人工物である家屋と自然との境目が、たった一人の老婆の生活で区切られている村の姿に寂しさや温かさのようなものがとてもよく描かれていたと思います。良作でした。

以下、気になった点です。一読者の要望と思ってお聞き流しください。
まず『向かいの山田さんはいつだっただろう』という一文が気になりました。自身の仕事に「やる気が無い」と豪語する主人公ですが、わずか一年の短いスパンで、しかも消滅集落へのカウントダウンを早めた住民の動きをぼんやりとでも思い出せないところが引っかかりました。
また、彼が行政のどの立場なのかも気になりました。市が主体になっているようですが、土地区画整理か農山村整備あるいは医療福祉介護の分野と思うと都道府県の出先事務所職員にも思えました。インフラ整備を気にしている点だけではいずれとも思えますが、そうなるとアプローチが変わってきそうに思います。今回の訪問もあまりに行き当たりばったりという気がしました。

以上、拙い感想ですが御容赦ください。

14/04/08 朔良

タックさん
コンテストに参加させていただきありがとうございました。

廃という想像をくすぐるお題に、いろいろ構想だけは膨らませたのですが、他のものはうまく形にならず…。
タックさんにそう言っていただけて本当にうれしいです。

限界集落の再生という取組で、息を吹き返した事例もありますが、日本自体が高年齢化の問題を抱えていますので、やはり一度人が離れ、限界集落になると止めるのは難しいようです。
大事なものが止めようもなく失われていく…とても悲しいけど、人であれ物であれ、生まれたものはいつかは滅びて行く運命なのですよね…。
松枝さんは、想定していたより「いいおばあちゃん」になってしまったのですが、その分味が出たようでよかったです。

OCコンテスト、発表までいろいろ御苦労も多いと思いますが、頑張ってください。
とても楽しんで参加させていただきました。ありがとうございます。

14/04/08 朔良

そらの珊瑚さん
読んでいただき、ありがとうございます。

自分の祖母の住む田舎の山を想定して書いたので、いつもの作品よりリアリティを出せたのかもしれません。珊瑚さんにそう言っていただけてうれしいです。
いろいろな取り組みが行われていて、実際に再生を果たした地域もあるようですが、高齢化が進んだ村の荒廃を止めるのは、現実問題としてはなかなか難しいようです。
この作品を書き終わった後に思い浮かんだのは、苔生し緑に囲まれた小さな廃墟でした。かつて人が住んだ気配はもう残っていないけど、新しい生命体系が出来つつある…。
松枝おばあちゃんは、柿を仏壇に供えるまでは頑張るつもりなので、それまではテコでも動かないはずです(^m^)
ラストをほめてい頂き、ありがとうございます。書き終わるまでどういうラストになるかわからずハラハラしながら書きましたが、そう言っていただけて光栄です。
コメントありがとうございました。

14/04/08 朔良

鮎風 遊さん
読んでいただき、ありがとうございます。

はい、グミでした^^
メジャーな果実ではないですが、田舎で食べた経験がある方には懐かしく感じていただけるのではないでしょうか。
あの味を思い出していただけたのなら光栄です。

コメントとてもうれしかったです。ありがとうございました!

14/04/08 朔良


四島トイさん
読んでいただき、ありがとうございます。
四島さんに主人公をお褒めいただけてとてもうれしいです。
いつの間にか、祖母の住む田舎のイメージで書いていたので臨場感のある作品に仕上がったのかもしれません。祖母に感謝ですね。

気になった点について。
詳細なコメント感謝いたします。

>『向かいの山田さんはいつだっただろう』という一文が気になりました。
自分が結構物事をすぐ忘れてしまう方というのと、文章のリズムと対比的にこの文を入れましたが、仕事として取り組んでいると考えると、確かに不自然ですね。いくら昼行燈とは言え、住民の動向にはもっと気を配ってるはずです。ご指摘ありがとうございます。

>彼が行政のどの立場なのかも気になりました。
これについては、まったく考えていませんでした。
書き始めるまで、お人よしの地上げ屋的人物かお役所ののらりくらりとしたおじさんにするか、迷っていたくらいです。
詳しい職業まで決めて書き始めたら、また違うキャラクターの反応になったのだろうなと思います。四島さんの造形の深さにもっと精進しなくてはと思わせられました。
ありがとうございます。

キャラクターがしゃべった一言とか、書きたい一文を目指して、行き当たりばったりに物語を進めてしまうので、今回はとても勉強になりました。
また何か気になる点がありましたら、ご指摘いただけましたら幸いです。
コメントいただき本当にありがとうございました。

14/04/08 murakami

遅くなりましたが、拝読しました。

「廃」というお題は難しいなあと思っていたので、感心しました。
過疎地域のお話として、とてもリアリティを感じました。おばあちゃんのキャラクターもよかったです!

14/04/09 朔良

村上さん
読んでいただいてありがとうございます!

そうですねー、範囲が広いだけに難しいテーマだったと思います。
いろいろ妄想は刺激されたのですが、結局形にできたのはひとつだけでした^^;

リアリティを感じて頂けたなんて光栄です。
知らない間に祖母の住む田舎を思い浮かべて書いていたみたいなので、そのおかげかもしれません。
コメントすごくうれしいです。
ありがとうございました。

14/04/17 朔良

凪沙薫さん
読んでいただいてありがとうございます。

すべてのものに永遠はない、いつか滅んでいく物ですが、目の前で滅んでいく物を見守りながら生活するのは、やはりさみしい…物悲しいですよね。
ふたりとも、いくら意地を張ったとしてもこの村が廃村になってしまうのは分かった上で会話しているので余計してそうなのかもしれません。
方言は扱いが難しいなと思うのですが、効果的に感じて頂けたのならとてもうれしいです。
コメントありがとうございます。励みになります!

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