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四島トイさん

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廃屋にハンマーを振りかぶって

14/03/30 コンテスト(テーマ):第三回OC 【 廃 】  コメント:2件 四島トイ 閲覧数:766

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 転職アドバイザーに勧められて、廃店舗をハンマーで打ち壊す仕事に就いて半年になる。
 その日はラーメン店だった。
「老舗だったんだってよ」
 職場の先輩が感慨深げに、傾いた看板を見上げる。一畳ほどの大きさのトタン製。堂々たるゴシック体で綴られた『ラーメン屋』の文字。
「老舗、ですか」
「ああ。五十年続いた名店らしい」
「名店なのに潰れたんですか。立地ですかね」
 駅前の商店街を一本裏通りに入った路地は陽の光も届かず、傾いた看板をさらに古びさせて見せた。隠れた名店、というやつなのだろうか。人通り少ない裏路地は、どこからか聞こえる工事の音のせいか一層物悲しかった。
 先輩が準備運動とばかりに肩を回す。
「いや、まずかったんだってよ」
「味が、ですか」
「味も経営も」
「経営もって」
「支店を出そうとして投資したら回収できなくなったらしい。何でも、建設予定地から遺跡が出たとか、実は規制区域だったとか、施工業者が夜逃げしたとか」
 不運この上ないかつてのラーメン店を見上げる。
 屋根に立てられた錆びたアンテナの上で鴉が羽を繕っていた。傾き始めた陽の光が、黒くて艶やかな羽に反射する。銅像が動き出したかのようなファンタジーな錯覚に背筋がむずむずした。
「あんたらあ、何してんだあい」
 唐突な声に振り向くと、禿頭の老人が目を細めてこちらをうかがっていた。右手に握られたリードの先には、モノトーンの毛並みが美しいポインターが息を吐いている。
「ええっと……」
「あー危ないですよー。僕ら、お役所に言われてこのお店片付けに来たんで。下がってくださいね」
 どもる僕の横で、先輩が慣れた様子で老人を追い払うように手を振る。
 老人は気にする様子もない。がに股で立ち、後ろ手にリードを握ったまま、ぼんやりと視線を店に向ける。しみの目立つ顔のなかで、視線だけが遠くなっていく。ヒビの入ったガラス戸の向こうの店内は暗い。辛うじてカウンターと、倒れた椅子、床に散らばるチラシやメニューらしきものが見えた。
「旨かったんだがなあ」
 老人は思い出をそのまま声にするように口を開いた。
「……美味しかったんですか」
 先輩が、構うな、というように首を振ったが、つい問い返してしまった。
 老人が肯く。
「だけど不味くなったあ。洗剤みてえな味がしたからよお」
「それは……旨い不味い以前の問題じゃ」
「アルバイトがよお。入れてたのさあ」
「え、見たんですかっ」
「だども、ゴマ油だったかもしんねえ。俺はよくわかんねえ」
 名店が廃業した理由がはっきりするかもと身構えたが、老人の話では真実に至るのを期待できそうにも無かった。老人に背を向けハンマーを手に取ると、先輩の後に続く。
 ガラスの引き戸の脇にはビールケースが無造作に転がっている。住居になっていたという二階の窓辺では、日に焼けた小型の室外機にからからに干からびたアサガオの蔦が絡まっていた。
 店長はよお、と老人の声がした。
「うめえからって、どっかのアドバイザーとかいうのに持ちかけられてよお。店、広げようとしたら、不味いやら、土地買う金は無くなっちまうはでよお。追い出されちまったんだ。ここんとこそんな話ばっかだなあ。もうじき、でっけえ道路も通るってえのによお。かわいそうだ」
 ふと、路地を見回す。
 人通りの全く無い、静かな通りが東西に伸びていた。
 西日が真っ直ぐに路地を黄金色に染めていく。遠くで工事の音がする。
 まるでいつか映画で見た別の星の廃墟のように思えた。
 やるか、と先輩が呟いた。
 店に向き直る。ハンマーを握る。
 夕日によって鏡のようになったガラス戸に老人が映っていた。ポインターが一声、吠えた。
 ハンマーをその姿に振り下ろす。
 ガラス戸が砕ける。
 サッシが歪む。
 店がぶるりと揺れる。
 アンテナの上の鴉はいなくなっていた。


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このストーリーに関するコメント

14/04/02 タック

四島トイさん、ご投稿ありがとうございます。拝読いたしました。

廃屋にハンマーを振りかぶる……。序盤に感じた、その行為、風景に対する荒々しさが、老人の告白により何か物悲しい感慨へと変化しました。
計略に乗せられ、人に裏切られた末の廃墟。セピア色の悲哀を感じる作品でした。

14/04/03 四島トイ

>タックさん
 読んでくださってありがとうございます! 過分なお言葉にむしろ恥じ入るばかりです。
 コンテストオーナー大変かと思いますが、がんばってください。 

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