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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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屋根の下の傘

14/03/30 コンテスト(テーマ):第五十四回 時空モノガタリ文学賞【 激しい雨がふる 】 コメント:11件 クナリ 閲覧数:1614

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志波周(しばあまね)が新撰組に加入したのは、二十五歳の時、池田屋事件の直前だった。
一番隊に配属された周の上司は、かの沖田総司である。当時二十歳かそこらの若者に、周はよく仕えた。
甲州浪人だった周にとって、家柄や格式は然程重要ではなく、ただ武士らしく戦うことに価値があった。新撰組に入ったのも、武士の身分の下、思う存分剣を振ることが出来たからに他ならない。
だからこそ周は、稀代の剣客である沖田に心酔していた。
新撰組も稽古の折には面篭手をつけて竹刀を用いたので、「所詮竹刀の道場剣術」と揶揄する者もいたが、沖田は実戦でも無類の強さを誇った。年の差など何の障りにもならず、周は心から沖田に尽くした。
周の、からりとした、腹に物を隠さない性格は、沖田とよく噛み合った。沖田は沖田で、陽気な男である。
政治的な信念や後ろ暗い観念のない、気の置けない年上の剣士というのは、この時期の沖田には貴重な人間だったのかもしれない。

沖田の剣術と言えば有名なのは三段突きで、周は一度だけ、この絶技が実戦の場で放たれるのを見たことがある。
相手は長州間者とされた隊内の裏切者、馬渕一陽だった。沖田の突きは噂の通り、一度の踏み込みで三度放たれた。
馬渕も、組の中では伍長格とされた剣客である。一刀目はやっと受けたが、後の二撃で胸と喉を突かれて死んだ。一刀目はわざと受けさせたのではないかと思うくらい、後の二撃が速かった。
実際、周の目には一瞬の剣閃しか見えていない。あんなもの、受けようがない。
この組長が敵でなくて良かった、と周は心から安堵した。

堅牢な働き振りで隊内での信頼を増していった周の心境が変わったのは、新撰組において怜悧で知られた、武田観柳斎が粛清された頃である。
新撰組には人を活かして用いる素養が無い、と周には思えた。
そもそも、新撰組は鉄の掟たる禁令(いわゆる局中法度)で律されてる筈で、これに僅かに反しただけで、隊士はあっさりと粛清される。それが、幹部の近藤・土方に近しい――と言うより、気心の知れた同郷者――連中にはあっさりと緩められた。
私物化も甚だしいではないか、と周には思えた。
土方は、疑わしければ斬る。畏れるべきは禁令ではなく、土方らの心象で、これを損ねれば、それだけで斬罪になることもある。
そんな組織にあって、公儀の為だと白刃を振るうのは、周の武心には耐え難かった。
(隊を抜ける。俺は多摩者の私兵としてなど戦えぬ)
無論、そんな事情での脱退が認められる筈がない。露見すれば死罪である。
周は見張りの綻びをつき、ある夜、そっと屯所を抜け出した。沖田の顔が、脳裏をよぎった。

屯所の東を行くと、やがて林道がある。ここへ差しかかった時、俄かに雨が降り出した。
最前から雲行きが怪しかったので、周には傘の用意がある。
傘を差して急ぐと、右手に古寺が見えた。屋根が大きく四方へ張り出した造りをしている。
その屋根の下に、人影がいた。
新撰組の、よく知られた浅葱色のだんだらは、池田屋事件以降は用いられなくなり、代わりに黒い羽織を隊士達は纏うようになっている。
その漆黒の羽織が、雨雲に減じられた月光の中で、ツと立っていた。
傘も持たずに、先回りしたらしい。甲州へ抜けるには、この道に限られている。見張りの隙は、どうやら罠だった。
「周さん、ここへ」
黒ずくめの沖田が、周を呼んだ。
周にすれば、自分と沖田の仲である。
「見逃して頂けませんか」
しかし、周はすぐにその甘さを打ち消した。沖田がここにいるということは、土方にも周の脱走は知れている。というより、周の心算を看破したのは土方だろう。
見逃すなら、そもそも沖田はここにいまい。
周は寺の広い庇の下に入り、傘を置いた。沖田までは、駆けて七歩の位置。互いにまだ抜いていない。
が、周は、己がもう死線に踏み入っていることを悟っている。
沖田に構えられてしまえば、あの突きをかわす手立ては無い。沖田がまだ抜いていない今が、最善最後の生き目である。
周は裂帛の気合を放ち、やおら逆袈裟に斬りつけた。初動は確かに、周の方が早かった。
だが、後の先で放った沖田の抜き打ちが、数段迅く周の腹を深々と薙いだ。
致命傷である。
周はそれを承知し、残った命を篭めて、なお剣を掲げた。
(せめて一太刀)
しかし、沖田は既に正眼に構えている。
ああ、
と思った刹那、沖田の突きが周の、

眉間
また喉、
を一呼吸で撃ち抜いた。
周の首から上が柘榴の様に弾け、薄闇の雨中に鮮血が咲いた。亡骸がその場にくず折れる。
雨音が、いよいよ強い。
沖田は刀を収め、周の傘を拾い、差して帰ろうとした。
だが何となく思い直して、雨滴の跳ねがかからぬ様、傘を周の亡骸に差して置いた。
沖田は濡れるに任せて、帰途についた。
濡れて濃さを増した黒い羽織が、闇に溶けた。


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このストーリーに関するコメント

14/03/30 クナリ

この話は創作であり、志波周、馬渕一陽は架空の人物です。

14/03/31 泡沫恋歌

クナリ 様、拝読しました!

さすが、巧い文章に唸りました。
クナリさんといえば、異国風のお話が得意だと思ってただけに、時代小説とは
意表を突かれました。

いいですね。新撰組の話は楽しませていただきました。
これ、シリーズでぜひ書いてください。

すごく面白かったです。

14/03/31 草愛やし美

クナリ様、拝読しました。

新選組にこういう隊士がいたことは知りませんでした。コメントを読み架空の人物を作られたと知りますます驚きました。

筆運びがうまく、生き生きと描かれた場面は、まるで映像を見るかのようでし、いつの間にか読み終わっていました。
沖田総司が快活な方だったとのことも全く初めて読み知りました。沖田の最後が悲惨でそこばかり映画やドラマで見させられているので、案外思っているようなイメージでない――、全てが、もしクナリさんの創作だとしても、ほんとうのことなど何もわかってないものかもしれぬのではないかと思い知りました。大変面白い作品をありがとうございました。

14/04/01 糸白澪子

読ませていただきました。
天然理心流の構えの平正眼まで書かれているところから、新選組を細部まで勉強されているから素晴らしい作品になっているんだなと思いました。沖田総司が登場する小説や漫画は幾つか読んだことがありますが、沖田が粛清する人物を主人公にされている話は珍しいと思い、とても新鮮さを感じました!

14/04/01 黒糖ロール

拝読しました。
描写が鋭くて、細部の設定もきちんと描かれていて素晴らしかったです。
ラストがまたいいですね。

14/04/02 朔良

クナリさん、こんにちは。
拝読いたしました。

新撰組に志波周っていたかな? と思いながら読み始めて、引き込まれました。
クナリさんが時代物ってちょっと意外でしたが、情景が目に浮かぶようでした。
またこういう作品も読みたいです。
面白かったです。

14/04/05 クナリ

流しのコメンターさん>
格別の新撰組好きでない方にそういっていただけると、大変うれしいです。
歴史、特に近代を題材に使うのは緊張しますが、書いて良かったと思います。

泡沫さん>
歴史では、平安(ていうか源平というかすみませんつまりは源義経ーッ)と幕末(ていうか新撰組)が好きなのです。
戦国時代に疎いおかげで、よく歴史好きの中ではマイノリティになってしまっていましたがー。
自分が新撰組シリーズ化なんてしたら、毎回粛清オチになりまするよ(^^;)。

草藍さん>
ははっ、架空の人物でございました!
新撰組は長らく嫌われ者の悪役だったこともあり、歴史研究も遅れて、なかなか有効な史料も乏しいのだそうです。
平隊士にも、もっとスポットが当たってほしいんですけどね。
沖田氏はどうもよく笑う陽気漢(というかあんまり物事を陰鬱に考えたりしない性格)だったとかなんとかで、よく往来で近所の子供と遊んだりしていたという話も残っています。
かの司馬遼太郎御大が取材したころには、幼少期に沖田氏と遊んでもらったというおばあさんが存命だったとか…!
そう、本当のことなんてわからないんですよね。
極端な話、歴史上の人たちなんてのは誰も彼も、、本当はいなかったかもしれないわけですから…。

COCOAさん>
実は、今回、ほんの一言でありながら「正眼」の部分が結構書き方を考えたところでありました。
一般的には「正眼」ですが、沖田は天然理心流ですから、おなじ「せいがん」でも「晴眼」の字が用いられていたはずですし、なにより「平」の字をつけて「平晴眼」と書くのが正しいんだろうな…と。
が、「正眼」ならなんとなく体の正面中段あたりに剣を構える格好が想像できるかもしれないけど、「晴眼」では全くイメージできなくなってしまう。
それに「平」とつけたら「何が平らなのか?」というクエスチョンマークがついて、読みづらくなるだけだろうし…と色々考えて「正眼」と表記したのでした。
新撰組については、何を史実とすべきかが、近代だというのにひどく難しい印象があります。
著名な作家様の創作が、史実として通っていることも多そうですし。
その中で肯定的なお言葉をいただけてうれしかったです! ありがとうございます!

黒糖ロールさん>
新撰組に興味のない方でもわかりやすく書きたいけど、新撰組の特性や状況についてまったく触れなければ、歴史を題材にする意味がない…と自分なりに考えて書いたつもりなのですが、うまくいっておりましたでしょうか。
歴史モノのラストはあっさりしていたほうが好きなので、そういっていただけてうれしいです。

OHIMEさん>
新撰組に愛着のない方でも楽しんで読める程度の書き方にしよう、というのがコンセプトでしたので、そういっていただけてありがたいです。
もちろん、「新撰組とかあんましらないけど、読んでみっかいな」という読み手の方の能動性のおかげでありますけども。
新撰組は、捕縛はたくさんしたけど斬殺は意外に少なくて、隊内の粛清のほうが(つまり、敵よりも身内を斬った数のほうが)多かったといいますし、すさまじい組織ですね(^^;)。
平和を甘受するわれわれにはわからない、彼らなりの精神には、惹きつけられますね。

朔良さん>
新撰組には志波姓の隊士は何人かいましたが、そうです、アマネというのは自分めの創作です(^^;)。
歴史ものにオリジナルキャラクタが出てくるのって個人的にはあまり好きじゃないんですが、自分ではやってしまったという。実にだめな人です(おい)。
以外でありましたかッ。実は平安末期と新撰組だけは好きなのです。
お言葉大変うれしいです、ありがとうございます。

メイ王星さん>
いろいろ足し引きしつつ、全体のテンポとかも考えてこんな感じかなと仕上げてみましたが、ちゃんと濃ゆくできてましたでしょうか。
ありがとうございます。
インターネットによって、玉石混交とはいえさまざまな史料が用意に閲覧できるようになりましたので、実は時代物が面白くなる素地がすごく整っているんじゃないかと思っています。
そしてその素地を利用して、自分の作品の出来を数割増しにして褒められようともくろんでもいます。実にだめな人間です!(お前)


14/04/21 光石七

本当にこんな隊士がいたのではないかと思ってしまいました。
ファンが多い新選組に架空の人物を違和感なく溶け込ませてしまうクナリさんの力量に唸らされます。

14/04/22 クナリ

光石さん>
他のコメントでも申しあげているのですが、とにかく歴史が題材のときに架空の登場人物を入れるというのは、自分の中で、けっこう葛藤があります。
まあ、史実の紹介ではなくて娯楽なのだから別に気にしなくていいんだろうな、とは思うんですけど、「こんな余計なものを入れて!」と自分に対して思ってしまうのです。
なので、その部分について肯定的なコメントをいただけるとたいへんうれしいです。
でも、今回こういうものを書いたこともあって、他のWEB小説などで新撰組関係の作品を探してみたら、みなさんけっこうオリジナルキャラクタを出されてますね(^^;)。

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