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来良夢さん

まだまだ未熟……書くのは好き。

性別 女性
将来の夢 作家
座右の銘 おいしいものは正義。

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おかわり、どうぞ。

14/03/24 コンテスト(テーマ):第五十二回 時空モノガタリ文学賞【 勇気 】  コメント:0件 来良夢 閲覧数:850

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「アップルパイと、コーヒーひとつ」
 スマイルの売り切れた若い店員は何も言わずカウンターの向こうへ消えていった。腕時計を見ると11時50分。次の仕事までまだ時間がある。高校生らしい女の子たちがトレイを持ってすれ違っていった。「無料券もらってもなー。私、コーヒー苦くて飲めないんだよねー」
 ――私にも、そんな時期があった。
 華やいだ女子高生の笑い声がちくちくと私の胸を刺して遠ざかって行く。


 ちょっとお昼付き合って。そう頼まれて友人と一緒に訪れた大学近くのカフェは、図書館の裏に隠れるように立っていた。
「知り合いが経営してて、コーヒーも料理も美味しいんだよ」
 コーヒー飲めないんだけど、言いかけた私の声に重なってカラコロと心地よい鈴の音が鳴る。ドアの上に、鳥をかたどった鈴がとまっていた。


「ははは、懐かしいね、あのときは随分渋い顔してたのに」
カフェのマスターの柔らかい笑い声が店に響いた。私は肩を縮める。
「そんな顔、してました?」
「うんしてた。こんな顔」
 顔中に皺を寄せるのを見てうわあと両目を手で覆った。そんな酷い顔を見せていたなんて。
 このカフェに初めて来てから1年。マスターの「このカフェはコーヒーがおすすめだよ」と半ば強引な笑顔でコーヒーを押し付けられたあの日のあと、その笑顔に惹かれるままに店を訪れ、その度にコーヒーをすすめられ、断れず……いつしか自然とここのコーヒーは私の舌に馴染んでいた。
「初めはコーヒー苦手だったんでしょ」
「わかってたんならあんなにしつこくすすめないでください……」
「しつこくは推してないよ僕。君が断るの苦手なだけじゃないの」
「ひどいこと言いますね」
 もう一杯、いかが?マスターは首を傾げた。じゃあいただきます。
「このおかわり、サービスね。今日は特別」
 ふんわりした笑顔。優しい声。ほっとする、この場所。
 私はゆっくりとコーヒーを口に含んだ。


 マスターのカフェが閉まったことを知ったのは、冬から春へと移り変わる季節だった。
 大学卒業の挨拶をしようと思っていた私の眼の前に、にじんだ「CLOSED」の看板が揺れた。


 今でもコーヒーを飲むたび、その匂いに気付くたび、彼を思い出す。
 ――私、コーヒー苦手だから。
 あの時そういう勇気が私にあったのなら、今こんな思いは味わっていなかったんだろうか。
 こんなに会いたい人ができることなんてなかったのだろうか。
 ふと時計を見ると、もう5分も経っている。
「すいません、コーヒー、まだですか」
 カウンターの向こうから、返事はない。


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