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四島トイさん

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物語への途上

14/03/17 コンテスト(テーマ):第五十二回 時空モノガタリ文学賞【 勇気 】  コメント:2件 四島トイ 閲覧数:805

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 つまらないと思う、とどうにか口にした。
 原稿をカフェのテーブルに置く。ゆっくり息を吐く。正面の彼女を見ないように目を伏せて。膝の上で拳を握る。
 声が震えないように祈りながら。
「最初の事件までの序盤が長く感じるし。主人公と相棒で視点がブレてるから話にも入り込みにくいっていうか……」
 SFだから多少の説明は許容範囲だと思う、視点も限定しないようにしたんだけど、とどこか焦りの滲む反論が耳をつく。
「……そのSF要素も無いほうがいいんじゃないかな。話の主軸には関係ないし。主人公と元恋人のエピソードも省いていいと思う。もっと荒瀬の得意なミステリに特化してさ」
 一度口を開くと水のように滔々と言葉が流れる。よし、上手く言えた。
 希望を託して顔を上げる。
 彼女の顔から表情が消えていた。あっれーおかしいな、と乾いた声で荒瀬が言う。
「序盤が悪い。登場人物が悪い。要素が悪いってさ」
 机に置かれたコピー用紙の束に手を伸ばす。ぐしゃりと原稿が握り潰される。何の躊躇いもないかのように。
「それって全部ダメってことでしょ」
 今度は荒瀬が顔を伏せたまま、痙攣するように笑う。
「まさかの全否定かあ」
「そうじゃなくて荒瀬ならもっと違う話を」
 じゃあ、という声に言葉を遮られる。彼女が顔を上げる。長い黒髪の向こうで怒りに燃えた視線が私を真っ直ぐ見つめる。
「……中里が書いてみせてよ」
 荒瀬は猛然と立ち上がると、雑巾を絞るように原稿を丸めてカフェを後にした。
 後を追うことはできなかった。呼び止めることも。ただ、椅子に深く背を預けて深呼吸する。
 体の中の勇気の残量はゼロだった。


 その晩。試験勉強の手を止めて、私は何度目ともわからない後悔の波にのたうった。
「ああっ……だってだってだってさあ……っ」
 畳敷きの自室で転がり回っていると、階下の母にうるさいと怒られる。娘の気持ちも知らないで、と悲劇のヒロインたる己を慰めながら仰向けになる。ぼんやりと天井を眺める。蘇る友人の怒りの視線。
「……だって荒瀬っぽくない話なのは事実だし」
 中学の頃から荒瀬の小説を読んできた。
 もちろん出会った翌日から、というわけじゃないけど。
 紆余曲折があったけれど。
 破天荒な文学少女たる荒瀬の信用を築き上げてきた自負はある。
 休み時間に読んでいたポーの『大鴉』が会話の糸口となった中学二年生の梅雨時。
 荒瀬が自分から、小説らしきものを書いていると告白した夏の終わり。
 私がその初めての読者になった秋の日。
 つまらないから。下手だから、と顔の火照りを隠すようにそっぽを向いて原稿を押し付けてきた彼女が可笑しかった。
 確かにそれらは、お世辞にも上手い作品ではなかった。ミステリもどきとしか言いようのない筋立て。取材や資料をレポートのようにまとめた稚拙さ。論理の展開は勢いだけに思えた。
 ただ、荒瀬の作品はどこか新鮮だった。また読みたいと思わせられた。
 私はその良い点を彼女に伝え、彼女はそんなことないって、と言いながら嬉しそうだった。
「……よくなかったのかなあ。あれが」
 畳に寝転びながら一人ごちる。嘘は言っていない。ただ伝えていない思いがあっただけ。
 結果、彼女は高校入学後、文芸部に入部した。
 そしてしばらくして、彼女の作風はがらりと変わった。荒瀬が見せてくれた部内誌のSF作品に多大なる影響を受けた、荒瀬のものではない作品が量産された。
 私は身を起こした。
 窓を開けて夜の香りに鼻を向ける。
 これまでも荒瀬の作品に遠回りの意見をしたことはある。ただ、今日ほど真っ向から言ったのは初めてだった。心の中の、勇気の蛇口を全開にした結果にしてはあまりの報われなさだ。
 荒瀬は怒った。私は言い過ぎた。素人の分際で。これが結果だ。後悔に次ぐ後悔。
 覆水よ盆に返れ、と夜に吠えると、階下の母がうるさいと怒鳴った。


「……書き直した」
 翌日、同じカフェでぼんやりしていると荒瀬が脇に立っていた。
 差し出されたコピー用紙の束は昨日握りつぶしたそれと同じくらいの厚さに見える。
「一晩で?」
「来月締め切りの新人賞に出すから」
 すごいね、と原稿を受け取って心の底からそう言った。
 荒瀬は目をあわせようとしなかった。やっぱり怒ってる。そう思うと、手渡された原稿をどうしていいのかわからない。彼女を見上げて視線で問いかける。
 荒瀬はちらりと私を見ると、正面の椅子に腰掛けた。
「……中里に面白いって言われたら、応募するつもりだから」
 恥ずかしそうに頬を染める。
 私でいいの。そう言いそうになって口を噤んだ。
 彼女は勇気を出した。否定を恐れず。それが結論なのだ。
 そうであれば、と居ずまいを正す。
 拝読します、と頭を下げた。
 荒瀬はコーヒーを二人分注文した。


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このストーリーに関するコメント

14/03/22 光石七

拝読しました。
この二人の関係、素敵です。
お互い勇気を出して、真摯に作品に向き合って。
中里さんみたいな人、私もほしいです。

14/03/23 四島トイ

>光石七さん
 読んでくださってありがとうございます。
 作品を評されること・評することへの勇気をもっと巧みに描ければと己の力量の無さに涙しております。単にキャラクターだけで書いてしまいましたが、光石七さんが意図を汲んでくださったこと感謝しきりです。

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