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kouさん

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迷ったときに

12/06/04 コンテスト(テーマ):第七回【 結婚 】 コメント:0件 kou 閲覧数:1795

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翌日に結婚式を控えた青柳は一人ドライブを決行した。

車の中でFM放送のJAZZ音楽番組を流した。するとピアノ演奏が青柳の耳をかすめた。前半はトビウオのようにスタッカートを意識し、後半は春の穏やかな風のように右から左、左から右へと鍵盤を軽やかに操っているのが耳に伝わってきた。
演奏者は無名の女性ピアニストだった。ベストテイクは最高の精神状態だったのではないか、気分がのった女性ピアニストのスタッカートほど気分を高揚させるものはない、と青柳は思う。

横目に海を感じながら、ホンダのオデッセイが走行する。リアサイドウィンドウを開け、潮風が鼻をかすめ、太陽が肌から水分を奪い、ペットベトルの水を青柳は口に含んだ。

喉が渇く、翌日の緊張からだろうか、落ち着かない心が青柳の全身を浸食した。
いざ、結婚、という二文字が目前に迫ると、嬉しい反面、躊躇してしまう。これは誰しもが通る通過点なのだろうか、青柳にはよくわからない。
前方にトンネルが見え、絶景の景色から暗色の景色に包まれた。タイヤのゴムと路面のアスファルトが擦れる音が車内に響いた。
比較的短いトンネルなのか、黄土色の明かりが前方を照らした。トンネルの出口に向かい青柳はアクセルを強く踏んだ。

だが、そこにはトンネルを抜けた先にあるはずの海はなかった。そう、森だった。
アクセルを強く踏んだ足が、何か見えざる力によって戻され、車が減速し、徐行になり、そして停止した。
青柳は改めて辺りを見回した。やはり森だった。それでも水車があり、樹には果物が生り、何者かが畑を耕していた。
人といえば人に見えるが、そうじゃないと言われればそうじゃい、と否定することもできる。
なぜなら彼らは、一本足≠セったから。


青柳は車から出た。
ゆっくりと警戒しながら歩みを進めた。
「また、迷いこんできたか」
青柳の背後から声が飛んだ。ビクッとし振り返る。
そこには一本足の男がいた。足が一本というだけで、他は人間と変わらなかった。
「また、とは?」恐る恐る青柳が問う。
「心の中に迷いのある人間が、よくここにくるんだ」男が地面に向って指を差し、また青柳を見て「あんたもそうだろ?」と手に持っていた桃を齧った。
「そうなのかもしれない」
青柳は言った。
「よかったら話してくれないか。力になれるかもしれない」
青柳は一本足の男に促され、心に溜まっていたものを吐き出した。翌日に控えた結婚のこと、いざとなりためらいが生じてること。そららを話しているうちに青柳の心は幾分か軽くなった。
話し終わり男が数秒沈黙し、「なるほど」と言った。
「君たちも結婚するのか?」青柳は好奇心に駆られ訊いた。
「もちろんさ。足りないものがわかったとき、またはわからなくても自然と惹き寄せられる」
そう言ってまた男が桃を齧った。果汁が口の周りを満たしていた。
「足りないもの?」
男は軽くうなずき、
「あるものは勇気があり、あるものには優しさがあり、あるものには技術があり、あるものには想像力がある。自分に足りないものがわかってればいいかもしれない。だがみんなそうじゃない。わかってるようでいてわかってないからこそ自然と惹かれる。男と女なんてそうだろ?」
男は青柳を凝視した。
青柳は彼女と出会う前は優しさに欠けていた。しかし彼女と出会い接しているうちに慈愛の衣に包まれた。職場でも「青柳さん、表情が柔らかくなった」と変化を指摘されることもあった。
なるほど、人は変われるんだ。俺にないものが彼女にあり、彼女にないものが俺にある。迷う必要はなかったのかもしれない、と青柳は思った。
「あんたの表情が変わった。吹っ切れたようだね」
男がニコリとし、ほら≠ニ前方を指差し、「あれがここの夫婦だ」と言った。
青柳は振り返り男が指差す方向を見た。そこには一本足の男と女が肩を組みお互いを助け合うように二本足で歩いていた。
「ああやって、助け合うんだ。俺も早く結婚しないと」
そう言って男は肩をすくめた。
青柳は苦笑し「できるさ」と伝え、男と握手をした。
「彼女を大事にしろよ。なんだかんだで男は女がいないと駄目になる。そうだろ?」
青柳はうなずいた。
男はそう言って、ポケットから桃を取出し青柳に手渡した。
「時間だ。迷いが晴れるとここは消える」
その一言が呼び水となり青柳の視界に霧がかかり、数秒後男が手を振る残像も消えた。

目を覚ました青柳は車内にいた。なにごともなかったように路肩に車が駐車されていた。
辺りは海だった。それでも彼女の元に早く帰りたいという気持ちが青柳を満たした。
もう迷いはない。愛おしさが込み上げ、車のエンジンをかけアクセルを踏んだ。

そして青柳は気づいた。
一本足の男から手渡されたはずの桃がないことに。










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