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来良夢さん

まだまだ未熟……書くのは好き。

性別 女性
将来の夢 作家
座右の銘 おいしいものは正義。

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昇降口の落し物

14/03/09 コンテスト(テーマ):第五十一回 時空モノガタリ文学賞【 奇跡 】 コメント:0件 来良夢 閲覧数:754

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 絶対絶対、奇跡ですよ。絶対。

「そんなわけあるか」
 今日一番低くなった俺の声に、下校チャイムの音が被さる。窓の外では運動部が甲高い叫び声を上げて更衣室のある校舎へ駆け込んでいた。
一歩、階段の方へ後ずさる。もうこれ以上お前とは話したくないんだという意図を込めて。笑顔なんて作れなかった。
「これはな、偶然だ、ただの」
 セーラー服から生えた首は、確かに10年来の知り合いの、ただしもう何年も会っていなかった幼馴染の、自分より数年遅く生まれたお子ちゃまの面影を残していた。わりとはっきり。
 まだメイクも知らないお子様は短い睫毛に縁取られた目を夕焼けに輝かせる。
「そうかな。だって久しぶりに、全然夢にも思わなかったのにまた会えるなんて。しかも、これから3年間一緒に過ごせるなんて」
「教師には敬語使え馬鹿野郎」
 階段を降りる途中、中年の教師がじろじろとこっちを、今日知り合ったばかりのはずの新入生と新米教師という組み合わせの2人組を眺めてきた。会釈する背が変に捻れている。こっちを見るな。先生さようならという声と段差を踏み外しそうになる音が同時にすぐ後ろから聞こえた。学生鞄が揺れて、鈴の音が追いかけてくる。飾りっ気のないその鞄を新品のセーラー服の袖が何度も肩に掛け直した。女子高生は俺に絶え間無く言葉を投げかけながら、何かあると奇跡奇跡と連呼している。
 ――帰らないのか。少しくらい、お話ししたっていいじゃないですか。話すって何を。何でも、先生、確かここの卒業生ですよね、なんかおすすめの部活とか教えてくださいよ。
 小さい丸い頭とポニーテールを振ってどこまでも付いてくるこの幼馴染は、俺がまだ制服を着ていた頃もそういえばこんなふうにまとわりついてきていた。あの頃は遊び足りないとぐずるチビを5時の鐘が鳴るたびに家に送り届けた。よく物を失くして泣いた。失くすなら名前を書け、それでも落とすなら鈴でもぶら下げてろ。そんなことを言い続けるうち、いつしか小さな鈴がついた動物のキーホルダーは彼女のお気に入りの品になっていた。
「先生も、持ってましたよね、お揃いのキーホルダー」
 下駄箱に手を伸ばしながら笑顔を向けられ、目を逸らす。覚えてないよ、と口をついた言葉とは裏腹に、くっきりと脳裏に浮かび上がる鹿のマスコットのシルエット。
「ええっ、せっかく一緒に買ったのに」
「失くしたんだよどっかで」
 相変わらず手を伸ばしたままなのでやっと気づいたが、彼女の靴は下駄箱の1番上の段にあるらしい。この身長ではギリギリ届くか届かないかくらいだ。彼女の代わりにスニーカーをつまみ出してやり、
「あのな、使いにくいなら他に空いてるとこ使っていいんだよ。頭使え」
 名札の貼ってない箱に押し込んだ。
 チリ。
 砂と靴底が擦れる音に混じって、小さな金属音がする。いや、単なる金属音というよりこれは。
「先生」
 嬉しそうな顔で靴箱の奥を覗き込んでいた彼女は、制服を砂と埃で汚しながら茶色っぽい小さな塊を引き摺り出した。
「先生これ!鹿!」
 呆然とする俺の手に汚いキーホルダーを握らせる。まさかこんなところで見つかるなんてと喜ぶ彼女にどんな顔を向ければいいのかわからず、ああ、うん、ありがとうと思ってもいない言葉が唇からこぼれる。
「すごい!すごい偶然!」
 自分で言ってから、彼女は「あっ」と声を上げる。夕焼けの校庭を背に立ち上がり、得意げな顔で、
「ほら先生、やっぱりこれって」
 ちょっとは静かにしたらどうだ、女子高生。昇降口に、軽やかに響く、鈴の音。


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