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四島トイさん

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きっとスプーンが曲がったら

14/03/02 コンテスト(テーマ):第五十一回 時空モノガタリ文学賞【 奇跡 】 コメント:4件 四島トイ 閲覧数:980

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 右手にメッキの剥がれたスプーンを持つ。
 目の高さに掲げて目を閉じる。深呼吸を二回。さらに深く吸って、止める。
 目を開く。
 持ち手の柄と、つぼと呼ばれる窪みの境界を親指で撫でる。
 心の中で唱える。
 曲がれ曲がれ曲がれ。
 しかし、スプーンは曲がらなかった。
「……それ、何」
「スプーンです」
「スプーン持ち歩いてるんだ」
「はい」
「ずっと?」
「幼稚園の卒業祝いで、姉が百円ショップで買ってくれたんです」
「曲がると思う?」
「きっと」
 すごいね、と呆れるように高校二年生の枡形涼子は天を仰ぐ。
 市民文化会館裏。石階段に腰掛けて陽だまりに身を預ける。春の気配を感じながらスプーンを撫でる。
 かすかに場内アナウンスが聞こえた。拍手が鳴ると彼女の肩がびくりと跳ねる。
「先輩、緊張してるんですか」
 制服姿の彼女に声をかける。枡形先輩は眉根を寄せて、訝しげな視線を向ける。
「何よその、自分は緊張してない、みたいな言い方」
「緊張してますよ」
「嘘だあ」
「本当ですよ」
「だって布田君、平気そうじゃない」
「まあ、歌うのは先輩であって、僕じゃないですから」
 枡形先輩は刺されたかのように胸をうっと押さえた。何でこんなことに、と末期の言葉のように唸る。
 会館の裏口では、出番を控えた他校の生徒ががやがやと姦しい。コンクール特有の、緊張するね、大丈夫だよ、というコピーアンドペーストのような台詞が行き交う。
 先輩が意を決したように顔を上げる。
「やっぱり布田君も歌おうよ」
「僕はカホン要員ですから」
「何で歌唱コンクールの伴奏がカホンなのよ」
「寺尾先生がそうしようって言ったんじゃないですか」
 僕ら二人しかいない歌唱部と、総勢五十名以上を擁する吹奏楽部とを兼任している顧問が、さして深い意図もなくそう言ったことは明白であったが、僕は従順な部員であることを良しとした。
「……大体、何でうちの高校は歌唱部があって合唱部がないわけ」
「今さらですね」
「このコンクールだって、どうして人数制限がないのよ」
「今さらですってば」
 先輩は僕の肩を揺する。なんでなんで、と訴える。緊張を追い出そうとするように首を振る。肩にかかる程の長さの栗色の髪が揺れた。
「何でと言われても」
「人数多いほうが有利じゃない」
「戦術的には各個の力量の方が重要という意見もあります。先輩は上手いじゃないですか。歌」
「四十人くらいの合唱の後だよ。一人で歌うんだよ。聴いてもらえたら奇跡だよ」
 再び会場で拍手が鳴る。
 手の中のスプーンに視線を落とす。
「……幼稚園の頃、人形劇が来たんです」
 そう言うと、先輩が頭にクエスチョンマークを浮かべたまま顔を上げた。
「その日はすごい雪で到着が遅れたんですよ。で、劇団が来るまで体育館は阿鼻叫喚の地獄絵図で……」
「何の話?」
「……まあ、女の子が足つねられて泣いたり。男の子が鬼ごっこ始めちゃって、おまけに転んで鼻血出したり。保育士さん達が、静かにしなさいって叫んだり。もう収拾なんかつかないな、て子ども心ながらに思いました」
 記憶の中に微かに残る人混みの圧力と、喧騒。
「その時、誰かが舞台に上がったんです。体育館の。で、スプーンを取り出した。何十本も。ズラリと並べてみせたんです」
 あれが保育士の誰かだったのか、あるいは別の大人だったのか、今となってはわからない。
「それで一本を手にして、目の高さまで掲げた」
「……それで?」
「スプーンが曲がったんです。くにゃって。で、ポイッと捨てた。もう一度、新しい一本を持つ。曲がる。捨てる。もう一度。何度も」
 その時、思ったんですよ、と言いつつ先輩の顔を正面から見る。
 戸惑うようにぎこちなく笑いながら先輩が小首を傾げる。
「……スプーン曲げってすごいって?」
 ちょっと違って、と僕は手にしたスプーンの剥げたメッキを爪で弾く。
「気付いたんです。誰も騒いでないって。泣いてない。怒ってない。皆の目が釘付けで、世界は平和だったんです。スプーンが曲がっている間は」
 裏口でコンクールの係員が名簿を読み上げている。出番が近づく。控え室へ行くよう告げられる。
 だから、と言いながら腰を浮かせる。
「これから僕らがやるのは、そういうことなんですよ」
「……スプーンを曲げに行くってこと?」
「その程度のことってことです」
 先輩は深く息を吸い込むと、長く吐き出した。顔を伏せたまま問いかける。
「……曲がると思う?」
「きっと」
 少しの間があった。
 堪えきれないように笑い声が洩れ、いつも通りの笑顔が僕を見上げる。
 ぱん、と膝に手をついて何も言わずに先輩は立ち上がった。
 会館へ向かうその後姿を見ながら、ポケットにしまったスプーンを撫でる。
 曲がれ曲がれ曲がれ、と心の中で唱えながら。


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このストーリーに関するコメント

14/03/03 クナリ

二人の距離感と、主人公の精神性がとてもよかったです。
日常を描きながら、「それでどうなるんだろう」というワクワク感、作品全体を満たす心地よさ。
この読後感は本当、四島さんの作品の魅力ですね。

カホンという楽器を、今さっきぐぐって初めて知りました。
知識を前もって有した状態で、この作品を読みたかった…!

14/03/04 四島トイ

>クナリさん
 読んでくださってありがとうございます! 本当に何度もありがたい限りです。もっと身近な日常にすべきだったかもしれないと今になって思っています。詰め込み過ぎた、といういつも通りの後悔がぐるぐる回るのですが、読んでいただけたので良しとします!

 カホンは良い楽器ですよ! 私は好きなのですが、それほど知られていないのかもしれませんね……

14/03/09 光石七

拝読しました。
さらっとしているのに心にふっとひっかかる、独特の空気感にはまってしまいそうです。
二人の関係、いいですね。
……こんな言葉しか出てこなくて申し訳ないですが、素敵なお話でした。

14/03/09 四島トイ

>光石七さん
 コメントありがとうございます!
 頑固なネガティブ思考の先輩をもっと書き切れればと口惜しい限りです。もっと話に一本筋を通せるようがんばっていきます!
 素敵だと言っていただけたこと、とても嬉しいです! ありがとうございました。

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