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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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雨上がりの虹の下

14/02/23 コンテスト(テーマ):第五十一回 時空モノガタリ文学賞【 奇跡 】 コメント:17件 そらの珊瑚 閲覧数:1327

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「虹はなあ、雨がふったあとの上空1万メートルからのごほうびだよ」
 そう教えてくれたのは父さんだった。
「きれいだろう」
 虹が消えてしまっても、その余韻を味わうように、しばらく二人で空をながめていた。虹は奇跡だよ、とも父は言う。
 まだ幼かった私はそれがどういう意味なのか、誰が誰に対してのごほうびなのかもよくわからなかったが、奇跡は美しいもの、いつか消えてしまう運命の少し悲しいものとして心の中にそっとしまった。
 ◇
 それから数年後父と母は離婚した。
 
 母は別の女の人のところ行ってしまった父のことをののしるように悪くいった。
 口を開けば捨てられた恨みつらみばかりで、夜、酒に酔いつぶれて泣いている母を可哀想に思いながらも、本音でいえばうとましくて、どうかすると母を嫌いになりそうだった。
 
 父に無性に会いたかった。父が私に時折くれた手紙の住所を頼りに、小学校六年生の夏休み、私はひとり電車に乗った。
 汽車に揺られているうちに、いつのまにか寝てしまっていた。もしかしたらとんでもなく遠いところまで行き過ぎてしまったのかもしれない。私はとても不安になり、隣の女の人に訪ねた。
「もう小田原は過ぎましたか?」
「いいえ、あとふた駅ですよ」
 女の人は蜜柑を売る行商だという。そういえば汽車の窓から緑の木々が植えられただんだん畑にオレンジ色の蜜柑がなっている風景が続いていた。みな仲良くおひさまが当たってとても暖かそうだ。
「おじょうちゃん、おひとり?」
「はい」
「ひとりで汽車に乗って、えらいのね」
 女の人は私に売り物の蜜柑を、『ごほうびよ』と言ってひとつ寄越した。つややかな丸い果物は私の手のひらの中で次第に温かくなっていく。宝物。なぜかそれがとても大切な宝物のような気がして、ついぞ皮をむくことはできず、小田原駅のホームでウールのコートのポケットに入れた。
 
 宝物が私に勇気をくれたのだと思う。私は窓口の中の駅員にここへ行きたいのだけど、とひるまずに訪ねた。彼は一瞬驚いたようだったが、案外親切な人だった。
「ちょっと待っててね」
 カウンターの向こうで
「おーい、誰かここ知ってるか」
 と声がする。数分後。
「ええとね、五番線のバスに乗って花水橋ってバス停で降りたらちょうどその辺りだと思うよ」
 私はお礼を言って立ち去った。とりあえずなんとかたどりついたそのバス停の小さな屋根のついたベンチに座った。すると突然全身に疲労感が押し寄せてきて、しばらく動けなかった。
 足元に小さな水たまりを残して、雨は小降りになっていた。ぼんやりとそのまま数台のバスを見送った。何台目のバスだっただろう。
 
 バスから降りてきたのは、紛れもなく父だった。
「キミエ……」
 父はまるで問題なんか何もないように、とてものどかな調子で私の名前を優しく呼んだ。
 私は泣きたかった。大声で泣きわめいて、父にすがってみたかった。
「帰ってきてよ」
 と地団駄を踏んでわがままを言い、何もかもめちゃくちゃにしたかった。
 そしたら奇跡が起きるんじゃないかと思った。
――だけど出来なかったんだ。
 いつの間にか雨は止んでいた。
 虹を探したけれど、空は夕暮れていくばかりで、ついぞみつけることは出来なかった。
 お母さんのところに帰るという私を父は送ってくれた。
 何しに来たのか、そういう類のことは父は訊かなかった。もし訊いてくれれば泣けたかもしれないのに。
 帰りの汽車の中で、私はポケットから蜜柑を取り出し、皮をむいて半分を父に差し出した。
 目が覚めるように酸っぱくて顔をしかめたら、父が
「……ごめんな」
 と言った。最初で最後の父の泣き顔だった。
 上空1万メートルの彼方には虹の代わりに満月が浮かんでいた。
 奇跡はいったい誰から誰へのごほうびなんだろう。
 ◇
 あれから五十年。私はあの日の父の年齢をとうに超えていた。
 
 葬儀の日、焼き場の中庭で父が白い煙になって空へ昇っていくのを見ていた。参列者は私の他には誰もいない。
 通り雨がざあーと過ぎたあとで、空にはくっきりを虹が出ている。
 
 私は奇跡の意味にはたと思い当たり、ようやく泣くことが出来たのだった。



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このストーリーに関するコメント

14/02/23 そらの珊瑚

画像は「ソザイニング」様よりお借りしました。

14/02/24 泡沫恋歌

そらの珊瑚様、拝読しました。

なんか、とても切ない話ですね。
離ればなれに暮らしている父親の元に訊ねて、何も本心を言えずに帰って
来た、キミエちゃんが可哀想です。

きっと、泣いて戻ってきてと言えたなら・・・
その後の親子の運命は大きく変わったように思います。

焼き場の参列者も居ない父親の人生は決して幸せそうには思えません。
家族の元に帰れば良かったのに・・・そう思えてなりません。

悲しいお話ですがとても印象的でした。

14/02/24 草愛やし美

そらの珊瑚様、拝読しました。

そうでした、虹がかかる確率は、奇跡的かもしれませんね。ごく普通の空に虹がかかる時、何かを期待してしまうのは誰しもあることと思います。
少女であった主人公が、大人の世界に立ち向かい切に願ったことが痛いほど胸に迫ります。最後の父との別れを経て、ようやく泣くことができた主人公の気持ち。そういうものなのだろうなあと思いました。

14/02/24 朔良

そらの珊瑚さん、こんばんは。
拝読いたしました。

お父さんを訪ねて行ったキミエちゃんが疲れてバス停で座っているところに、ちょうどお父さんがバスから降りてきたところも、小さな奇跡のような気がします。
お母さんから連絡を受けてキミエちゃんを探していたのでしょうか。
奇跡を願いながらも、泣いたりわがままを言えなかったキミエちゃんが健気で切ないです。

時間を経て奇跡の意味に気づき泣くことができた…お父さんを見送ることができてわだかまりも解けたのでしょうか。それだけでも奇跡が起きて(虹が出て)よかったと思います。

14/02/25 そらの珊瑚

OHIMEさん ありがとうございます。

コメント読ませていただいて、もしかしたらOHIMEさんが私に書かせてくれたものだったのかもしれないと思い、まさにそれはただならぬ縁としかいいようがありませんね!
離婚はいわば大人の理屈であり(それが悪いとかいいとかという問題ではなく)子供にとっては親はたとえ離れても親なんだと思うのです。

散文詩の勉強のために読んだ芥川龍之介の「蜜柑」という話のような
リアリティのある描写と心情をめざしてこの話を書いてみました。

最後はなくてもいいかと迷ったのですがそうおっしゃっていただき
大変嬉しかったです。

14/02/25 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

キミエちゃんは私の幼い時に似ています。周りのことを考え過ぎて
自分のいいたいことはいえず我慢しちゃう。
父をたずねるという行為は彼女にとってそれはもう勇気を振り絞ってのことだったのだと思います。
もっとがむしゃらに突き進んでいく子であったら、また道は違っていたのかもしれませんね。
父はおっしゃるとおり幸せとはいえない人生だったのかもしれません。
幸せとはふっとつかみそこねると、手の届かないところへ行ってしまうのかもすれないなあと思います。

14/02/25 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

虹のかかる確率はたぶん低いだろうし、探してみるかるものでもなく、出ていてもそれを見つける確率はもっと低いですよね。
そんな現象を私は奇跡として捉えてみました。
キミエの心情によりそっていただけて嬉しかったです!

14/02/25 そらの珊瑚

朔良さん、ありがとうございます。

朔良さんにこの物語にひっそりと息づいていたような(それは作者が意図していなかったという意味ですが)奇跡を読み取っていただいて心より感謝します!
作品というものは読んでいただいた方によってふたたび生きるというか
作者の手を離れることで生み出したときとは違った生命をもらえるものだなあと最近はしみじみと思ったりします。
このサイトでみなさまに読んでいただけることは何よりの喜びです。

私のなかでは父は仕事帰りという設定でした。キミエをみつけて内心ではすごく驚いたと思うのですが、
それを表したりましてやなぜそんなことをしたのか聞けない性格だったのでしょう。
たぶんキミエは父にすごく似ていたのだと思います。

14/02/25 ドーナツ

拝読しました。

このお父さんは素晴らしい人だと思います。

ごめんな。。。。たった4文字ですがもの、もっと多くのもの、この家族の人生いろいろ、多くのことが伝わってきます。

お父さんの葬儀に参列したのがたった一人でも、それが娘さんだったというのは、お父さんには最高の見送りだったのでは。
感動しました。ありがとうございます。

14/03/01 鮎風 遊

父と娘の間の無言。
きっとそれを繋いでくれた虹。

なにかわかるような感じがします。

ウォーキングをするようになって、ここ二、三年、よく虹を見ます。
これほどまでに虹は出ていたのかと。

その時の空気の心地よい湿りが蘇ってきました。

14/03/08 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

いい人であることと、いい父親であることが、必ずしも一致しないということが
人生の苦さといいますか……。
ドーナツさんにそんな風に言っていただけて、きっとお父さんは喜んでいると思います♪

14/03/08 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

そうですね、きっと二人の間にも虹が架かっていたのかもしれません。
ウォーキング中に虹を見るっていいですね!
きっと知らないだけで、結構な確率で虹は出ているのかもしれませんね。

14/03/09 光石七

拝読しました。
お父さんに会いに行く道中と再会の描写が可愛くて切なくて……
たった一人の参列者だけど、きっとお父さんは喜んだことでしょう。
心に染みる素敵なお話をありがとうございます。

14/03/10 そらの珊瑚

光石さん、ありがとうございます。

キミエの気持ちを汲み取っていただき嬉しかったです。
そうですね、たったひとり、それも大切な人に見送られて
旅立ったお父さんは喜んでいると私もそう思いたいです。

14/04/08 murakami

今頃ですが、拝読いたしました。

芥川の『蜜柑』、私も読んだことがあります。

この短さのなかで、虹と蜜柑を生かして、「奇跡」という主題をはっきりと浮かびあがらせる力量はさすがです。
ストーリーも余分なものがないところに逆に広がりを感じました。
心に残るお話です。

14/04/21 そらの珊瑚

村上さん、ありがとうございます。

芥川龍之介の「蜜柑」。娘が蜜柑を車窓から投げたシーンが鮮やかで好きなお話です。

二千字でどれだけ無駄なく簡潔に書けるか、毎回頭を頭を悩ませて書いておりますので、
そういっていただけて大変励みとなりました。

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