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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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刺青の夜

14/02/19 コンテスト(テーマ):第五十一回 時空モノガタリ文学賞【 奇跡 】 コメント:14件 そらの珊瑚 閲覧数:1443

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 あの夜、私達に必要なものはコンパスだけだった。正確な丸を描くためではなく、お互いを傷つけあって、永遠のシルシを刻むために。
  ◇
 彼はヒロと呼ばれていた。『拾われてきた子だからヒロなのさ』とホントのことなのかは知らないけれど彼はそううそぶく。
 内戦のあと、捨て子や孤児はあとを絶たず、浮浪児の群れに入るか、拾われ子になるかしなければ、彼らが命をつなぐことは難しかっただろう。
 拾う大人がみな聖人とは限らない。中には育てた恩を何倍にもして返す金を産ませる道具くらいに思っている大人もいた。ヒロを拾った大人もまたそういう類の最低の輩だった。
 ヒロの身体にはいつだって青あざがある。真新しいそれは青く澄んで私はそれを見るたびそこへ口づけをした。
「やめろ、くすぐったい」
 一週間もすれば、色を失いよどんだ水たまりみたいな色になり、内出血は修復され、もとの皮膚に同化していく。
 ヒロは当たり屋だった。高級車にねらいを定めて走る車の前に飛び出す。俊敏なヒロは安全に跳ね飛ばされる方法を身につけていた。けれど骨が折れたあとちゃんと固定しておかなかったために、左手の人差し指の関節は奇妙に曲がったままだった。
「頭さえ打たなきゃチョロいもんさ。車に轢かれるようなヘマはやらないから大丈夫だよ」
 私が心配するといつもそう答えた。
 毎月そうやって金を稼がないと親にもっとひどい折檻されるという。

 なかには『バカヤロー』と捨て台詞を残して去ってしまう車もいたが、たいていは車を降りて自分がはねた子供の様子を見に来るという。死んでいないのを確かめるとほっとして、
「千リウムでいいよ」
 とヒロの言われるままに財布から紙幣を出すという。人身事故を起こすと一年間免許停止になるという法律が出来てからというもの、やらせということがわかっていても、めんどうを怖れて金で解決するほうがいいと思うのだろう。
 千リウムあったら一ヶ月家族三人が十分食べていける。ヒロが稼ぐようになってからというもの、お決まりのように親は働かなくなった。まるでそれが正当な権利だといわんばかりに。
 
 私達には時間がなかった。
 明日、中学を卒業すれば貧民層の男子は政府軍に徴兵される。拒否することもできたが莫大な金を支払わなくてはならない。ヒロの親がそうしてくれることは有り得ないだろう。それどころか徴兵時に払われる一時金目当てに喜んでヒロを差し出すに違いない。
「十年たったら私もヒロも変わっているでしょうね」
「セツナは美人になるよ、きっと」
 徴兵期間は十年と決まっていた。
 ヒロは誰より優しかった。上を向いた鼻、草食動物とからかわれる離れた目、浮き出たソバカス、大きな口。笑えば受け口を矯正するために歯にはめた銀色の金属が不気味に光る。私はいつしか笑うこともしゃべることもしなくなっていた。
 そんな時ヒロに出会った。出会ったことがたぶん奇跡に近いことだったと思う。
 私達は互いのかなしみを差し出し、なぐさめあった。自己憐憫は人間だけに許されたものだと誰かが言っていたけれど、同等の誰かに慰められることもまた生きるためのゆりかごだと思う。
 初めて出来た友達だった。恋人になるのにそう時間はかからなかった。
「ヒロ、私のこと忘れないでね」
「忘れるもんか」
 私達は互いの腕を取り、コンパスの尖った先端でイニシャルを刻みあった。
 ひとさし、ひとさし、垂直に皮膚に差し入れると、喜びと言い換えてもいいと思える痛みが走る。針を引き戻すとそのあとから小さな赤い玉がぷくりと産まれた。ため息をつくたび、小さなロウソクの火が意思を持ってそうしているみたいに、揺れた。
 私の腕にはH。彼の腕にはS。
 もし、万が一私達が変わってしまっても――たぶん、それはよくあることだと子供心に知っていたから――シルシがある限りこの時のことを思い出すだろうと思った。
 
 けれどシルシは永遠ではなかった。十年が経ちそれは痕跡さえ残っていない。不格好な刺青ともいえないようなシルシはこの身体の中に吸収されたのだろう。
 私は大人になり、銀色の金属をはずし、ヒロでない人と愛し合い、結婚し、子を産んだ。内戦が再び勃発した祖国を捨て、家族で海外に脱出した。

 それでもいつかヒロに出会う日が来ると信じている。私は美人になっただろうか。鏡を見てもその答えはみつからない。
 答えを知っている人はこの世の中にたったひとり。その時まで奇跡という言葉はとっておきたい。
 奇跡はいつだって未来に置いたほうが輝く、そんな気がしている。


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このストーリーに関するコメント

14/02/19 泡沫恋歌

そらの珊瑚さん、拝読しました。

戦争や内乱はいつの時代も弱い物や子どもたちに辛い運命を与えますね。
抵抗もできず、親のいいなりに危険なことをさせられる子は不憫です。

ふたりが将来を誓って彫った刺青が、ふたりに奇跡を与えてくれることを
願っています。

いつか二人が会えたらいいのにね!

14/02/19 そらの珊瑚

画像は「ソザイニング」様よりお借りしました。

恋歌さん、ありがとうございます。
辛い運命のなか、それでも二人が出会った奇跡とも呼んでもいいような
出会いが、なにかしら生きる糧のようになったらいいなあと思います。
人生のずっとあとのほうでいいから再会できたらと私も願います。

14/02/20 笹峰霧子

命の危険を冒して金を稼ぐ当たり屋をしなければ生きていけなかったヒロ。
戦後にはこういう状況の子供たちがいたのですね。

貧富の差が縮じまるにつれて国の文化が発展しているといえますね。この時代に高級車に乗っていたのはどんな人らだったのでしょう。

主人公のたった一つの願いが叶いますようにと祈る気持になりました。

14/02/20 そらの珊瑚

霧子さん、ありがとうございます。

このお話の舞台は実在しない架空の街ではありますが
日本でもそんなふうにして死すれすれなことをしている人がいることを
きいたことがあります。
ふたりが再会できるよう祈っていただき、ありがとうございました。

14/02/21 草愛やし美

そらの珊瑚様、拝読しました。

とても悲しいお話ですね。今もどこかの国で現実に起こっている気がする子供達のこと……。私には想像することもできないような過酷な世界だと察します。
親が親でなく、子を金儲けの手段として使う。捨て子とはいえ、あまりにもむごいです。奇跡がいつか起き、──そんなことはありえないから奇跡なのでしょうが――ヒロに出会えることを密かに願うセツナの想いが切ないです。最後の文章表現が、珊瑚さんらしい表現方でとても素敵だなあと思いました。

14/02/21 朔良

そらの珊瑚さん、こんばんは。
拝読いたしました。

冒頭の一文が印象的でひきつけられます。
過酷な生活の中で出会えた奇跡…。「同等の誰かに慰められることもまた生きるためのゆりかごだと思う。」という言葉に心打たれました。人は分かち合える誰かと出会うことで生きる力を得るのですね。
刺青は消えてしまったかもしれませんが、いつかきっと二人は巡り合える…そんな奇跡を願ってしまいます。
希望につながる奇跡のお話、とても素敵でした。

14/02/22 鮎風 遊

少年と少女が大人になり、それでも心に痕跡は残る。
きっとどこかであったでしょうね、いや、そういう女性はいるかも。
哀切きわまる物語でしたが、一方で現実味を感じさせるいい話しでした。

14/02/23 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

もしかしたら平和というのも奇跡のようなものの
ひとつかもしれないと思ったりします。
平和な世の中であれば、こどもたちには豊かな未来があったはずなのに、と。

14/02/23 そらの珊瑚

朔良さん、ありがとうございます。

お互いのなかに自分を見たのかもしれませんね、二人は。
そういう出会いってまさに奇跡なんじゃないかあって思います。
書き出しって大事ですよね。特に掌編の場合は。
いつも磁石のように惹きつけられるような、それでいて魅力的なものをと頭を絞り出してますので、そう言っていただけたこと、とても嬉しかったです。

14/02/23 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

生きにくい身の上だったからこそ、そして思春期に出会ったことで
生涯の忘れられない恋となったのかなと思います。

14/03/09 光石七

拝読しました。
このような境遇の子供は今も存在するのでしょうね……
ヒロとの再会を応援したくなりました。
“奇跡はいつだって未来に置いたほうが輝く”、素敵な言葉だと思いました。

14/03/09 gokui

 読ませていただきました。
 現実に痛めつけられながらも奇跡を夢見るセツナの気持ちが伝わってきました。一見、現実主義者に見える人でも、内にはこんな奇跡を望む心が隠れているのですね。

14/03/11 そらの珊瑚

光石さん、ありがとうございます。

奇跡を信じる心を持ち続けるといいましょうか。
その言葉をくんでいただき、感謝いたします。

14/03/11 そらの珊瑚

gokuiさん、ありがとうございます。

歩む道は違ってしまいましたが、生きていればこその
またいつの日か、再会を喜び合う2人の姿を想像しながら、この話を書きました。

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