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ゆひさん

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安いドラマ

12/06/02 コンテスト(テーマ):第七回【 結婚 】 コメント:1件 ゆひ 閲覧数:1832

時空モノガタリからの選評

最終選考

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それはもう少し、若かったころのことだ。

町のすみっこの小さなカフェで、僕と彼女は別れ話をしていた。
ドラマでよくある風景だなぁ。長い別れ話の最中にそんなことを考えて、
ふとカメラを探してキョロキョロしたりした。
けれどそれはどこにもないから、あぁ、現実なんだなとわかった。

現実は、たぶん安いドラマよりひどい。

このコーヒーを飲み終えると、僕らはもう二度と会わなくなるんだろう。
きっと彼女が先に席を立ち、僕を置いて歩き出す。

彼女は僕らが暮らした部屋に立ち寄って、少し感傷に浸ったりするんだろう。
ドアに鍵をかけて、泣いたりすんだろうか。
僕なら泣いてしまうんだろうな。
何に? 何に泣くのかもわからずに。
会わなくるのが僕にはよくわからないが、
世の中とはどうやらそういうことらしいのだ。
それをわかったふりをして、泣いたり飲んだり歌ったりわめいたりをして、
いつか忘れるためにまた誰かを好きになり、
そしてふられたり、別れたりを繰り返していくんだと思う。
コーヒーと沈黙のさなかで、僕はそんなことをぼんやり思っていたのだ。

沈黙を彼女が、破る。

「ミケさぁ、どうする?」

あぁ、ミケかぁ。
そのことを僕は考えてはいなかった。
彼女が道端で見つけた三毛猫は、ダンボールの中で眠っていた。
あぁ、これも安いドラマだった。僕はその滑稽さに笑ってしまったが、
彼女にはその三毛猫が愛しく見えたようだった。
それを愛しく思った僕は、どうせならふたりと一匹で暮らさない? って、
そんなことを言い出したんだった。

「もらっていきなよ」

だから僕は、そんなふうに彼女に言った。

「でも」

「あなたになついてるみたいだしさ」

彼女はコーヒーを一口飲んだ。
彼女のコーヒーはエスプレッソだ。

「ねぇ?」

と、彼女。

「ん?」

と、僕。

「別れるの?」

「別れるよ」

「人はどうやったら、別れることができるんだと思う?」

彼女は時々哲学的になる。
僕にはそれがつらいときがあって、
それが彼女といられない理由のひとつだったりもしたのだ。

「死んでしまったらかなぁ」

ひねりだした答えを言ってみたあと、
もしかして彼女は、死のうとしてるんじゃないかと思う。
あわてて僕は、言葉をつなげようとする。

「あ、いや、そうじゃなくて…… えっと……」

言葉の出ない僕に、彼女は言った。

「死のうとなんて思ってないから、安心して」

「そうか、よかった」

「ミケが死んじゃうまでは、一緒にいない?
もしあなたがまだ私のこと、少しでも好きなら」

長い別れ話の終盤に、彼女は初めて「別れ」以外の言葉を口にした。
こんな展開もまた、安いドラマなのか。
カメラのない現実の中で、僕は誰を演じるわけでもなく、
素直な言葉を、そっと吐く。

「そうだね」

そもそもどんなことから僕らは別れようとしたんだっけ?
そんなことも忘れているみたいだった。
僕らはまたお互いをいやになったりもするんだろう。  
別れを考えてばかりになる日もあるんだろう。
でもごめん、それが「好き」を上回ることはなさそうだ。
そんなふうに心は僕に訴えた。

「ミケがいなくなったあとも、一緒にいたいと思ってる」

「私も」

それがプロポーズになるなんて、思ってもみなかった。

けんかした次の日は、ふたりでそのカフェに行く。
毎月22日は「夫婦の日」で、夫婦は半額にしてくれるのだそうだ。
夫婦になった僕らはそんなことで喜んだ。

でも夫婦だなんてどうやってわかるんだろう。
それを聞いてみると「自己申告です」と、カフェの店員は笑っていた。

「これからは、21日にけんかしようよ」

そんなことを彼女は言う。

「けんかする日を決めるのって、変じゃない?」

「変じゃないよ」

「そうかなぁ」

あれ?
昨日はどんなことでけんかしてたんだっけ?

「ほら、このアイスも半額だって!」

僕らのドラマは、かなり安い。
それでも、その現実は、他の何よりも、かけがえがない。

そういうことが、結婚生活なのかもしれない。

半額のアイスをふたりでわけて、
僕らはまた、仲直りをした。


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このストーリーに関するコメント

12/06/13 智宇純子

この雰囲気、とても素敵です!(もっといい言い方がないのか、と、自分の無能さを恨むくらい)

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