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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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バースデイ ワンス モア ―歌を教えて、エンリッヒ―

14/02/16 コンテスト(テーマ):第五十一回 時空モノガタリ文学賞【 奇跡 】 コメント:11件 クナリ 閲覧数:1297

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劇場の窓から眺める街は、霧雨に包まれ、水底のよう。
大陸最大の芸能都市、『歌と水の街』の合唱団の花形たる私でも、空模様は好きに出来ない。
二十二歳。今日までに、同期は次々脱落して行った。一様に「リアリ、あなたは才能があっていいわね」と言い残して。
両親は昔、革命派を気取った強盗に殺された。私は道端で歌って物乞いをし、幸運にも合唱団に見出されて拾われた。
歌い子としての価値が無くなれば、板塀と石畳の狭間に捨てられるだけ。歌以外の全てを投げ打ち、裂ける寸前まで我が喉を追い込み続けた。
誰よりも上手く。上手く。
好きだった歌は、とうに生きる為の手段として割り切った。
私は恵まれているのだと、私以外の誰もが言った。

団の寮施設には、私専用の練習室がある。
男子禁制の女の園の一室。毎朝、馴染みの、老いた掃除婦が床を磨く。
彼女のネッカチーフが曲に合わせて揺れるのが、入団当時から変わらない光景だったが、今の私の目にはそれすら入らなかった。
翌週始まる新しい演目が、『嵐の王』という難曲だったからだ。タフな喉と抜群の音感が不可欠で、今までまともに歌えた者は何人もいない。
十数年前、他を圧倒する歌声を持った天才が挑んだが、本番直前に喉を壊して演目に穴を開け、そのまま十代半ばにして団を去ったと聞く。治療しておめおめと復帰、とはいかなかったのだ。
私には、ここを出て、他に生きる道など無い。練習は連日、深夜まで行った。
確かに難しい。でも、出来るはずだ。
これまで、どれだけ積み重ねて来たと思っている。
喉から血の匂いがし、酸欠になっても笑顔で歌う。
けれど、遂に万全に歌いこなせないまま、公開の日がやって来た。

ホールの舞台に立った合唱団の目前で、緞帳が上がる。歌い子達と楽団を従え、団の先頭にいるのは私だ。
客席が徐々に露わになるのが、地獄の釜が開いて行くように見えた。満員の客は、落伍者を打つ獄卒の群。
心臓がドレスの胸を突き破りそうに脈打つ。
終盤の、声の張上げだけが課題だった。そここそが、この歌の最大の見せ場でもある。練習では一度も成功していない。
ここで失敗したら、私も団を出るのだろうか。
その後は、どうやって生きればいい。ドレスの中で足が震え、歯が鳴る。
団長が『嵐の王』のタイトルコールをし、楽団が静かに序奏を始めた。
抑えたコーラスに続いて、私も歌い出す。
序盤は難なく終えた。中盤も上等。
いよいよ終盤だ。後十秒程でクライマックス。
歌えないのに。
恐怖で鼻の奥が痛み、視界が滲む。
後五秒。
歌を楽しむことを放棄してまで追い求めた道が、それなのに、もう途絶する。
私は、何の為に歌って来たのだろう。物乞いに戻る為?
三秒。
音程は意地でも外さない。が、正気はもう失せかけている。
一秒。
どうとでもなれ。
ふと、客席の上段に、眩暈の中であの掃除婦の姿が見えた。
『次の音符を半音落とせ』――そう、歌唱の最中用の手話で示している。
自失同然の私は、つい従った。
喉を絞り、
一拍置いて、
最高音。

声が強く伸びた。

反動を得た喉が躍動し、大きく開く。
反響壁から跳ね返って来た声を、更に呑み込まんと私が大音声を被せる。
相乗効果で、ホールは渦巻く音に包み込まれ、烈風が吹き荒れるようだった。
音は天井へ巻き上げられ、地上に吹き降りて尚荒れ狂う。
これが、『嵐の王』。その本領か。
管弦を従え、コーラスを駆け上がり、歌は更なる高みへ上り詰めた。
奇跡だ。
奇跡が起きている。
最後の長い一音を終えると、歌と演奏の代わりに観客の大喝采がホールを満たした。

その晩訪れた掃除婦用の個室は、狭いがよく片付いていた。
「以前、あの曲を歌えなかった歌い子が復帰しなかった理由、分かったわ」
変装を解いたその人は私より十以上は年上だが、蝋燭に照らされた顔は老いてはいない。
「声変わりのせい。声が他になく力強かったのは、男性だからなのね」
「そうだ」
酷いしわがれ声。
「あなたがネッカチーフで喉仏を隠しているって、歌い子の間では噂なの。寮も団も男子禁制だから、皆半信半疑だけど」
「以前は男も入団出来た。今は性別を隠すことを条件に、何とか置いてもらってる。外でなんて生きられない。でも今の自分の声を聞く度に、死にたくなる」
かすれた嗚咽。
「私を救ったのは、あなただわ」
「君がどれだけ積み重ねて来たかは知っている。奇跡の一つくらい、神様から分捕っていい」
私は膝をついて、
「本名は、何と言うの」
「エンリッヒ。その名前で、僕はここで、歌を、……歌っていたんだよ」
言葉の最後は、殆ど声にならない。
「歌を教えて、エンリッヒ。私、きっとあなたのように歌いたいの」
そう言って、彼の手を取った。
「僕は、君に嫉妬している」

「それでも、出会いは、恐らく、奇跡の別名なんだわ」


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このストーリーに関するコメント

14/02/16 黒糖ロール

拝読しました。

クライマックスに向けての高まりが美しくてひきこまれました。

14/02/17 朔良

クナリさん、こんにちは。
拝読いたしました。

『歌と水の町』シリーズ好きです!
焦燥と諦め、そして奇跡の歌声…。
ラストに向かって緊迫のまま収斂していく物語と終盤の盛り上げ方がさすがクナリさんという感じで圧倒されました。
見事な出会いの奇跡のお話、ありがとうございます!

…プロフ、恐ろしいほどの絶望ですね^^;
これ、写真投稿もできたら入賞しそうです…。

14/02/18 泡沫恋歌

クナリさん、拝読しました。

それにしても・・・プロフィールの写真が絶望過ぎる!!
これって、自分の車を発掘しないと乗れないじゃないですか?

どうすんの? どうすんの? どうすんの?

<(|||´Д`|||)>Oh My God…春になったら、雪の下からヒョッコリと・・・
現れることを祈りつつ春を待つ。

て、作品と関係ないことを長々とスミマセンO┓ペコリ

クライマックスがカウントダウン風なのが、ストーリーの盛り上がりに
なりましたね。

ところで『嵐の王』ってどんな曲が聴いてみたいね。
イメージとしてはモーツアルトの魔笛『夜の女王』のアリアみたいな
感じだろうか?

クナリさん、歌ってみてよ( 〃´艸`)

14/02/19 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

『歌と水の街』の物語がまた読めて幸せです♪
舞台の上での臨場感、すごかったです。
掃除婦は、それだけでは終わらないだろうと思ったら、その意外な過去にやられました!
最後の一行もとても良かったです!

PFの絶望たるや…すみません、めったにない雪にはしゃいでしまった数日前の自分を反省しました。
車がどうかご無事でありますように!!

14/02/21 草愛やし美

クナリ様、拝読しました。

このシリーズは、すでに私の意識の中で形成された世界ですので、すぐにのめり込めました。今回の歌姫の話も素晴らしい。「嵐の王」、ああ、どんな曲なのでしょう、聴いてみたいです。

神様から、奇跡の一つくらい分捕ってもいいという言葉に、ハッとしました。これだけの積み重ね努力を重ねての要求なのですね。たいしたこともせず、奇跡だけを願っても神様は動いてくれないのかもしれませんね。
終末のエンリッヒさんのオチが秀逸です、ああ、なるほどと感心しました。面白かったです、ありがとうございました。

プロフのお写真、Σ(- -ノ)ノ エェ!?そこにあるの。そういえば……。取り出せない?無理ですよね。私もシカゴで雪の経験ありますが、半端ない重さですよ。潰れていないことをひたすら願い、この絶望からの春の奇跡を祈ります。

14/02/22 クナリ

ようやくコンビニやスーパーにパンや生鮮食品が並びだした今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

黒糖ロールさん>
今回はカタルシスというか、ストレスから一挙開放される気持ちよさみたいなのを出したかったので、うまいこと展開できていればよかったです。
歌唱シーンを丁寧に書こうとするとえらい字数がかかるようなので、最小限で効果的に表現できればいいのですがッ…。

OHIMEさん>
なにやら勝手に展開しているこのシリーズ、そういっていただけるのは大変ありがたいことです。
舞台が『街』なので、パン屋さんとか賭博場とか下男とか、色んな切り口の話を書いてみたいのですが、それで面白い話を書くためには、自分の主人公探索能力を磨くしかありませんね。
今回は漫画のような映像を頭に思い浮かべながら、けれん味を出したくて書いた話なので、エンリッヒ手話のシーンに着目していただけてうれしいです。
そして、たまには人が死なない(^^;)ハッピーエンド方面の話になったので、一安心です。
たぶんこの先書くことはないと思いますが、このリアリがミグナッハの最初の師でして、『嵐の王』を拙いなりに歌う姿を見て多大な期待を寄せる(そしてミグナッハはそれを捨てる)ことになります。いえ、だからどーしたという感じですが。
奇跡が起きるには相応の前提があって、逆に言えば、その前提を満たしていれば奇跡はいつでも起こりうる、なんて話でした。

朔良さん>
同一の世界観でも、話ごとに内容や主題は毎回違うわけで、そのようなシリーズを好きといっていただけるのは、とてもうれしいです。ありがとうございます。
さすがなどということはないですよー面白い趣向ができたとしてもたいていたまたまですほんとほんと。
写真は、2月にして今年一番の『絶望』でありますね。フフフ(フフフ?)。

泡沫恋歌さん>
車のほうは、除雪用の重機が入って周りの雪を大まかにどける→人力で細かい雪かきをしてだましだまし発進、という感じで、すでにレスキューされていますッ。イエーイ。
国道なんかの除雪した大量の雪の置き場所がなくて、『歩道』にどーんと雪が置かれたりするもんですから、徒歩での移動がすごく制限されるんですよね。仕方なく車道を歩いていると、後ろから車が迫ってくると逃げ場がないッ!
当方、音楽の素養がまるでないゆえ、「あの曲のあんな感じー」とご説明できない不甲斐なさでありまする。
最近は動画サイト等である程度気軽に聞けるのですから(パソコン持ってないけど)、もっと貪欲に音楽を楽しみにいきたいものです。
>歌ってみてよ
フフフフフハハハハハハ。
きっぱりとお断り申し上げるーッ!

そらの珊瑚さん>
なにやらぽちぽち続いております(^^;)。<シリーズ
いきなり出てきた掃除婦は、伏線感ばりばりだったでしょうか? しっかりと見抜かれていたですね。あんな再登場でしたッ。
ステージ上で起きたことも奇跡ですが、それを起こしたのは彼女たちの『出会い』という奇跡だったわけです。何の脈絡もなく起きたんじゃないんだよ、と。
自分も平野部に住んでいたころは、雪に対しては肯定的なイメージのほうが強かったのですが。
車はばっちり無事でした。やるなト○タッ。
雪は一晩経つと凍ってしまうので、思うよう雪だるまが作れなくて近所の子供たちがかわいそうでした。
今はモンスター級のつららがかれらの遊び道具です。

草藍さん>
この街は架空のものですが、極端な話、イギリスでもフランスでもイタリアでも、架空の話を舞台にするにはどこだっていいわけです。それをわざわざこの世にない場所に設定して展開しているこのシリーズ、草藍さんの中で形作っていただいているのは大変光栄です。ありがとうございます。
特定の宗教を持たない自分だからかもしれませんが、神が奇跡を与えたまうというより、人間の出会いや努力が奇跡的な事象を発現させることの積み重ねが神という存在を想起させるのかな…という感覚があります。
「確かに自分は超努力してきたけど、それでもこんなすごいことが起こるなんて、考えられない。これはもう人間などには及びもつかない、高次的な『何か』がいるんじゃあるまいかーッ」みたいな。
そして、出会いは運命を形作り、奇跡を呼ぶ下地になるんじゃないかなあなんて。
シカゴの雪ってなんかドシッと重そう…というかニューヨークの冬のイメージのせいか、アメリカ(というくくり方がすでに不適当な気もしますが)って厳寒な感じがするんですよね。
車はおかげさまで無事でした、ありがとうございますッ!

14/03/06 かめかめ

「それでも、出会いは、恐らく、奇跡の別名なんだわ」
このあとに、隠れている文章が二つ三つあるような感じがします。
この会話が最後で、やっぱり間違いないんですよね

14/03/07 クナリ

かめかめさん>
はいッ、紛れもなく最後のセリフであります!
会話はまだ続くのかもしれませんが、作品としてはここで切り取り終わるのが、書き手の意図通りです。
尻切れとんぼのようになってしまったでしょうか? すみません…。
コメント、ありがとうございました!

14/03/09 光石七

歌唱シーンを文章で表現する、私にはとてもできない芸当です。
迫力がすごい!
次はこの街でどんなドラマがあるのか、楽しみです。

14/03/09 クナリ

光石さん>
昔、音の出るシーンを文章で表現しているある小説を読んで、衝撃を受けたんですよね。
ピアノを弾くシーンなんですけど、ピアノのことなんてまったく知らない自分でも、なんとなく音が聞こえるような気がして、ああこれはすごいなーと。
またこの街が舞台になるかもしれないので、そのときはよろしくです!

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