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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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おでんと奇跡

14/02/12 コンテスト(テーマ):第五十一回 時空モノガタリ文学賞【 奇跡 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:996

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 めずらしく年樹が、酒でも飲もうかといいだした。
 ふだんはめったにのまないのにと、千砂は、めずらしいものでもみるような目で、自分より頭ひとつ大きな年樹の顔をながめた。
 この前のんだのはいつだったか、彼女がおもいだそうとしているうちに彼は、はやくも最寄りの飲み屋ののれんをくぐっていた。
 せまい店だった。
 二人ならんでカウンターについた千砂の鼻に、壁にしみついた出汁のにおいが迫ってきた。
「いらっしゃい」
 毎日おでんの湯気にさらされているせいか、五十はすぎていると思われるおかみの肌は、つやつやと桜色に輝いていた。
 年樹は、お銚子一本と二個の猪口を頼んだ。あとは二人、たまごやらちくわやらコンニャクやらと、おでんの具を口ぐちに注文しだした。
「ここのおでんの出汁は、創業以来つぎたしつぎたしで、これまでずっときているんだよ」
 なるほどあらためてのぞくと、四角い鍋にみたされた出汁は深く黒ずんでいて、コンビニなどでみかける淡く澄んだものとは、貫録がちがった。
 おかみもうれしいのだろう、鼻の両脇に小じわをよせるようにして笑いながら、熱燗徳利をふたりの前に置いた。
 彼がひとりできたときにはその猪口に、まずは一杯と、ついでやっているのだろうか。 千砂は気になった。いや、うかうかしていると、いまにもおかみがそれをやりそうな気配を察して彼女は、あわてて徳利に手をのばした。
「どうぞ」
 年樹は、彼女の傾ける徳利に、猪口をちかづけた。
 彼がそして、彼女がおいた徳利をつまみあげるのをみて、千砂は、ありがとうと自分の猪口をさしだした。
 二人は、同時に首をそらしながら、酒をのみほした。
「よくこのお店にはくるの?」
 喉にまだ張り付いている、熱燗のなごりを心地よく意識しながら、千砂はたずねた。
「よくっていうほどじゃないけど、ときに無性にきたくなることがある」
「お酒がのみたくて、それともママさんにあいたくて?」
 おでんの湯気のむこうで、おかみが短く、まあ、と声をあげた。
「そのどちらもさ」
 千砂はそれをきくと、なんだかうれしくなって、彼がここでひとり、おでんを肴にのんでいる光景を思い描いてみた。
 いつもはどちらかというと繊細で、ときにちかよりにくく思える年樹の、これは微笑ましい一面だった。
 そのときおかみとはいったい、どんなやりとりをしていたのだろう………。
 おかみは、いま入ってきた男性客のための、おでんを小皿にとっていた。あの客もまもなく、極上の出汁で煮しめたおでんが味わえるのだ。
「あれ」
 一時後、年樹が耳のそばで徳利をふって、声をあげた。
 いつのまにかそれは空になっていた。
「ママさん、お銚子おかわり」
 いったのは、千砂のほうだった。日本酒がこんなにおいしいものとは思わなかった。
「うちのおやじがこどものころ、近所でただおでんだけをうっている店があって、よくそこへ食べに行ったたそうだ。そのときは一本、5円だったそうだ」
 これまためずらしく家族の話をする年樹を、千砂はやわらかなまなざしでみかえした。
「古きよき、昭和ね」
 いまいるこの飲み屋にもそれはあてはまりそうだったが、彼女はちらと客の相手をしているおかみを横目でみたきり、なにもいわなかった。。
「おでんでいちばん好きなものは、なに?」
「どれもみんな好きだけど………ひとつだけあげろというなら、やっぱり厚揚げかな」
「好みがあうわね」
「コンニャクじゃなかったのかい」
 じつはそうだった。彼に問うたときも、まっさきにコンニャクが思い浮かんだ千砂だった。もしかしたら以前、なにかのおりにコンニャク好きを告げていたのかもしれない。
「ちがうわよ。厚揚げよ」
「そうか。―――ママさん、ぼくたちに厚揚げとコンニャク、追加お願い」
 ママさんは、桜色の肌をいっそうもえたたせながら、注文の品をすくいあげた。

「ひさしぶりに、たのしく酔えたわ」
 二人の前には、空になった五本の徳利がならんでいた。
 おでんは何品食べただろう。出汁と、からしの黄色がわずかにこびりついている皿に、千砂は目をおとした。。
「ママさん、またくるね」
 勘定をすませながら、年樹がいった。
 千砂も、ママさんにむかって、頭をさげた。その拍子に、からだがふらつき、年樹のからだにもたれかかるように当たってしまった。
 彼女はしばらくそのまま、彼に身をよせていた。
「足もとに、気をつけろよ」
 年樹に腕をつかまれ、いっしょに店の敷居をまたいだ千砂はそのとき、ようやく自分の本心に気づいた。

 ………やっぱり彼とは、わかれたくない。

「こんども、おふたりで、きてくださいね」
 背中にきいたおかみの声が、煮しめた出汁のようなコクをおびて二人の耳にひびいた。
 
 
 


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このストーリーに関するコメント

14/02/13 W・アーム・スープレックス

OHIMEさん、こんばんは。コメントありがとうございます。

彼と千砂との奇跡をあらわしたかったのですが、どうやら奇跡はおでんの出汁にとられてしまった感があります。
私もおでんが食べたくなりました。安くておいしくて体によくて、そしてなにより温まりますものね。

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