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ポテトチップスさん

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阿弥陀如来の見つめる中

14/02/11 コンテスト(テーマ):第五十一回 時空モノガタリ文学賞【 奇跡 】 コメント:1件 ポテトチップス 閲覧数:1092

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革靴が床を踏み歩く音が近づいてきた。
岩間光次は近づいてくる足音がいつもと違うように気づいた。目をつぶり深呼吸を繰り返すが、心臓の高鳴りはおさまらず、冷たい汗が背中をつたった。
革靴の音が止んだ。
「岩間死刑囚、ついて来なさい」
目を開けると、所長をはじめ幹部がそろって立っていた。
「なんだ、死刑執行か?」
「そうだ」所長の水戸孝康がハッキリとした声で言い切った。
「まっとけ、最後に小便するから」
立ち上がって便器の前に行き、舎房衣ズボンの前を下ろした。手が小刻みに震えた。
「まだか!」
「まっとけと言ってるだろ。小便が止まんないんだ」縮こまった性器からは、一滴も小便は出なかった。
「あーすっきりした。とっとと死刑を済ませてくれ。こんな糞の匂いがする牢獄にいるくらいなら、地獄のほうがまだマシだろ。ハハハ」岩間は笑ってみせた。
12畳ほどの広さの部屋に入ると、線香の匂いが立ちこめていて、中央に祭壇が設置されていた。
所長や保安課長・管理課長など十数名が椅子に座っていた。
「これが噂に聞く別れの間か。ハハハ」豪快に笑った。
教育課長に引っ張られるまま、祭壇に正対するように座った。教誨師が読経を読み始めた。
「ワシは早く地獄に行きたいんだ。こんな面倒くさいことはやめろ」
花で飾られた阿弥陀如来の仏画が岩間を睨んでいた。全身に鳥肌がたった。体の震えがとまらない。
教誨師の読経が終わると、教育課長が供え物の生菓子を勧めた。「どれでもいいから、食べたいだけ食べなさい」
「どうせくれるなら、昨日の晩飯の後にくれればいいのにな。こんなところで味わって食えるわけないだろう。いらん」
足が床にくっついて一歩も動けなかった。刑務官2人に抱え込まれるようにして、白いカーテンの閉まった奥の部屋に連れて行かれた。
一辺が1メートル四方の踏み板の上に立たされ、刑務官が首にロープをかけた。もう1人の刑務官が膝も紐で縛った。
「なんだ、こんな窮屈なかっこで死ぬのか」岩間は刑務官に悪態をつきながら、急な尿意を催した。
水戸所長が正面に立ち「岩間君、最後に言い残したことはありませんか?」
「ワシは死ぬことが、ちーとも怖くないぞ。ワシがビビッてると思ってるならば、ワシを甘くみるなよ」
「岩間君、私はあなたを見下してなんかいませんよ。あなたの5年間に及ぶ今日までの服役は、死刑囚の模範であると私は思っています。どうか安らかにお眠りください」
岩間の頬を涙がつたった。
「ワシはこれで、罪人から開放されるのか?」
「そうです」
「今頃になって、生きたいと思うのは図々しいか?」
「誰しもが1日でも長く生きたいと願うことは、人間としてあたりまえの願いです。それが殺人を犯した罪人だとしても」
涙を流しながら「ワシは死にたくない」
「つぎに人間として生まれてきた時には、自分の命と他人の命を大切にしながら長寿の人生を送ってください」
岩間は自分がこれほどまでに、生きることに執心していたことを思い知った。あと1日だけでもいいから生きたい。一度も行ったことがない母の墓参りに行きたいと強く思った。
「岩間君、他に言い残したことはありませんか?」
「ありません・・・・・・」
「きっと君は大往生できます。そろそろ御仏(みほとけ)のお迎えが参りました」

目を開けると、白い天井が見えた。
毎日毎日、白い天井を見つめて生きた。それから月日が流れ、窓から入る風に冷たさを感じた。
相変わらず体はまったく動かず、言葉も発せられなかった。食事も排便も自分ではできない。ただ目だけが正常に機能するだけだった。
死刑執行後、30分間吊るされたが生きていたのだと、だいぶ前に目を開けている岩間に向かって女性看護師が言った。
生きていられるだけで奇跡だと思った。
もう体も声も発せられはしないが、この不自由な体で新しい自分の人生をスタートさせたいと思った。

終わり


※明治6年 絞首刑に処せられた田中耕作は死刑執行後に蘇生したそうです。(石づち県死刑囚蘇生事件)

※日本では死刑執行後に生きていた人に対して、どのように対処するかは、刑法・刑事訴訟法・監獄法に定められていないそうです。そのため、『刑の放免説』『再死刑説』など、いろんな説があるそうです。


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このストーリーに関するコメント

14/03/04 gokui

 読ませて頂きました。
 岩間の言葉と心の食い違いがなんだかむなしい感じでした。不自由な体で新しい人生をスタートしたいという気持ちは、岩間の本心なのでしょうかね。

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