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12/06/01 コンテスト(テーマ):第六回 時空モノガタリ文学賞【 週末に。とんかつ伊勢 新宿NSビル店のモノガタリ 】 コメント:5件 松定 鴨汀 閲覧数:2074
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入口をみた時からもしや、と思っていたが、席について確信した。 ここだ。父が僕らを連れてきてくれた場所は。 NSビル29階。新宿の街が眺められるとんかつ屋「とんかつ伊勢」。 もう20年も前のことなのに、はっきりと思い出されるのは、仕事一筋だった父との数少ない思い出だからだろうか。 たしか日曜日だった。 兄が急に、『お父さん』という題で作文を書く宿題がでているのだ、と言いだした。 今のままだと書くことがない。『お父さんはおしごとでとてもいそがしいので、うちではクマのようにねむったきりです』 それ以上、書くことがない。提出は明日だという。 母は兄を叱った。「早めに言っておきなさいな、そういうことは。お父さん、今日もお仕事で忙しいのよ」 でも、父はこう言ったのだ。「いいぞ、一緒にいくか?」 そして、どういうわけか、まだ小学校にあがったばかりだった僕も一緒に連れ出されたのだった。 父の当時の仕事場はこのあたりだったはずだ。が、あまり覚えていない。 到着するなり、僕と兄はオフィスの一角の、白っぽい会議室で待たされた。 父に渡された、わら半紙じゃない真っ白なコピー用紙(当時の僕からしたら感動ものだった)に落書きをして時間をつぶした。 そして、昼。父は僕らをここに連れてきたのだ。「いらっしゃいませ」 そうだ、あの時も店員さんが今みたいにメニューをだしてくれた。 父に1つ、その向かいに並んで座った撲らに1つ。 兄がメニューを独り占めしたので、父はすぐ、自分の分のメニューを僕によこしてくれた。 そして自分があの時頼んだのは……「あ! ウルトラマンだ! ぼく、これがいい!」 文字はろくに読めなかった。だが、写真がいっぱいのメニューで、すぐに欲しいものが見つかった。それも極めつけの。 白い皿。こんもり盛られたキャベツの前にやや横長の楕円のカツが2つ。そしてその2つのカツのちょうど間に、すっと縦長のエビフライ。まさにウルトラマンの顔のようだった。 ついさっきまで、まるで作戦会議でもやりそうな格好いい会議室にいたから、まさに気分にもぴったりだった。 そんな僕を、兄は鼻で笑った。「バカだなー。それはウルトラマンじゃなくて、えっーと……なりさらあいフライていしょく、って言うんだぞ」「もりあわせフライ、な」 父が兄に助け舟をだした。「オレ、ちゃんとそう読まなかったっけ? ま、いいや、オレも同じので」 僕はイヤだと言った。ウルトラマンは一人しかいないんだから、このウルトラマン定食は僕一人のものだ、なんて、今から考えたら自分でもよくわからない理屈で、とにかく兄が同じものをとることに反対した。 いつもなら、そこでとる・とらないの大喧嘩になってもおかしくない状況だった。しかしあの時はめずらしく、兄はうーん、とあごをなでて、メニューを見返しはじめた。 当時の僕らにとって、新宿の街が見渡せる高層ビルのレストランなんて、芸能人ぐらいしか行けないような、すごく高級な場所というイメージだったから、兄も自制したのかもしれない。 兄はしばらくメニューをにらんでいたが、やがて、にんまりと笑った。「しかたないなぁ。じゃあ、オレは負けてやるよ〜。このバルタン星人にしてやるよ〜」 わざとらしく、あー負けた負けた、と言いながらメニューを指差す兄。父は苦笑いをして、全部食えよ、とだけ言った。 僕はウルトラマン定食をじっくり味わった。最初に目を食べるのは可哀想だからって、とさかっぽい部分にあたるエビフライから食べた。兄も、確かバルタン星人の頭のハサミっぽい部分にあたるエビフライから食べていたと思うが、そこは兄のことだから、思いやりとかじゃなくて、単にエビフライが好物だったからだと思う。 次の日、兄は『お父さんとバルタン星人』という題で作文を書いていって、そこそこ誉められて帰ってきた。 今メニューをみると、兄がいかにちゃっかりしていたかがよくわかる。でも、なぜか兄を憎めないのは、あれが僕の覚えている限り唯一の、父と兄との3人で食べた昼ごはんだったからで、どんな思惑があったにせよ、兄が譲ってくれた数少ない出来事だったからで、とにかく、僕にとってとても大切な素敵な思い出だからなのだろう。 今日は『バルタン星人定食』を頼んでみるとするか。「ご注文はお決まりですか?」「はい。バルタ……いえ、伊勢フライ定食をお願いします」※盛合フライ定食:ひれカツ・車海老・とりカツ。995円※伊勢フライ定食:ひれカツ・車海老2尾・カニコロッケ。サラダ・小鉢付き。1470円
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12/06/01 松定 鴨汀
挿絵をつくるにあたって、参考資料のメニューの画像を一部利用させていただきました。写真の著作権の問題があるとおもいますので、もし問題がありましたら消してください。別の画像に差し替えます。
12/06/01 ゆうか♪
初めまして・・作品もさることながら、何といっても画像が最高!とても楽しい♪♪
ゆうか♪ 様コメントどうもありがとうございます!
12/06/02 かめかめ
いやあ。兄ちゃん、ちゃっかりしとるねえ^^高価なメニューにシフトするとは^^
12/06/03 松定 鴨汀
かめかめ 様コメントどうもありがとうございます!
入口をみた時からもしや、と思っていたが、席について確信した。
ここだ。父が僕らを連れてきてくれた場所は。
NSビル29階。新宿の街が眺められるとんかつ屋「とんかつ伊勢」。
もう20年も前のことなのに、はっきりと思い出されるのは、仕事一筋だった父との数少ない思い出だからだろうか。
たしか日曜日だった。
兄が急に、『お父さん』という題で作文を書く宿題がでているのだ、と言いだした。
今のままだと書くことがない。
『お父さんはおしごとでとてもいそがしいので、うちではクマのようにねむったきりです』
それ以上、書くことがない。提出は明日だという。
母は兄を叱った。
「早めに言っておきなさいな、そういうことは。お父さん、今日もお仕事で忙しいのよ」
でも、父はこう言ったのだ。
「いいぞ、一緒にいくか?」
そして、どういうわけか、まだ小学校にあがったばかりだった僕も一緒に連れ出されたのだった。
父の当時の仕事場はこのあたりだったはずだ。が、あまり覚えていない。
到着するなり、僕と兄はオフィスの一角の、白っぽい会議室で待たされた。
父に渡された、わら半紙じゃない真っ白なコピー用紙(当時の僕からしたら感動ものだった)に落書きをして時間をつぶした。
そして、昼。父は僕らをここに連れてきたのだ。
「いらっしゃいませ」
そうだ、あの時も店員さんが今みたいにメニューをだしてくれた。
父に1つ、その向かいに並んで座った撲らに1つ。
兄がメニューを独り占めしたので、父はすぐ、自分の分のメニューを僕によこしてくれた。
そして自分があの時頼んだのは……
「あ! ウルトラマンだ! ぼく、これがいい!」
文字はろくに読めなかった。だが、写真がいっぱいのメニューで、すぐに欲しいものが見つかった。それも極めつけの。
白い皿。こんもり盛られたキャベツの前にやや横長の楕円のカツが2つ。そしてその2つのカツのちょうど間に、すっと縦長のエビフライ。まさにウルトラマンの顔のようだった。
ついさっきまで、まるで作戦会議でもやりそうな格好いい会議室にいたから、まさに気分にもぴったりだった。
そんな僕を、兄は鼻で笑った。
「バカだなー。それはウルトラマンじゃなくて、えっーと……なりさらあいフライていしょく、って言うんだぞ」
「もりあわせフライ、な」
父が兄に助け舟をだした。
「オレ、ちゃんとそう読まなかったっけ? ま、いいや、オレも同じので」
僕はイヤだと言った。ウルトラマンは一人しかいないんだから、このウルトラマン定食は僕一人のものだ、なんて、今から考えたら自分でもよくわからない理屈で、とにかく兄が同じものをとることに反対した。
いつもなら、そこでとる・とらないの大喧嘩になってもおかしくない状況だった。しかしあの時はめずらしく、兄はうーん、とあごをなでて、メニューを見返しはじめた。
当時の僕らにとって、新宿の街が見渡せる高層ビルのレストランなんて、芸能人ぐらいしか行けないような、すごく高級な場所というイメージだったから、兄も自制したのかもしれない。
兄はしばらくメニューをにらんでいたが、やがて、にんまりと笑った。
「しかたないなぁ。じゃあ、オレは負けてやるよ〜。このバルタン星人にしてやるよ〜」
わざとらしく、あー負けた負けた、と言いながらメニューを指差す兄。父は苦笑いをして、全部食えよ、とだけ言った。
僕はウルトラマン定食をじっくり味わった。最初に目を食べるのは可哀想だからって、とさかっぽい部分にあたるエビフライから食べた。兄も、確かバルタン星人の頭のハサミっぽい部分にあたるエビフライから食べていたと思うが、そこは兄のことだから、思いやりとかじゃなくて、単にエビフライが好物だったからだと思う。
次の日、兄は『お父さんとバルタン星人』という題で作文を書いていって、そこそこ誉められて帰ってきた。
今メニューをみると、兄がいかにちゃっかりしていたかがよくわかる。でも、なぜか兄を憎めないのは、あれが僕の覚えている限り唯一の、父と兄との3人で食べた昼ごはんだったからで、どんな思惑があったにせよ、兄が譲ってくれた数少ない出来事だったからで、とにかく、僕にとってとても大切な素敵な思い出だからなのだろう。
今日は『バルタン星人定食』を頼んでみるとするか。
「ご注文はお決まりですか?」
「はい。バルタ……いえ、伊勢フライ定食をお願いします」
※盛合フライ定食:ひれカツ・車海老・とりカツ。995円
※伊勢フライ定食:ひれカツ・車海老2尾・カニコロッケ。サラダ・小鉢付き。1470円