1. トップページ
  2. ウツボカズラ

湧田 束さん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 現し世は夢

投稿済みの作品

1

ウツボカズラ

14/02/03 コンテスト(テーマ):第五十回 【 三角関係 】 ターザン山本賞 コメント:2件 湧田 束 閲覧数:1442

この作品を評価する

 どうしてユノが教授との不倫のことなど俺に話したのか、知りたくもないし知る必要も無かった。俺がそんな話を聞いたところで、ユノへのわだかまりが消える訳もない。
「ねえ……何か言ってよ」
 縁側に座り込んだユノが、手にしたタオルを指で弄びながら小さく口を尖らせる。
 俺は縁側から裸足のまま庭に降り、ユノの方を振り返りもせずにポケットからくしゃくしゃになった煙草を取り出す。火をつけると、湿気た夏の風に乗って白い煙が拡散していく。

 俺とユノは遠縁の親戚だった。大学の夏季休暇になって唐突に俺の家にやってきたかと思えば、聞かされたのが教授との不倫話だった。幼馴染から突然そんな話を聞かされた俺の立場にもなってくれ、と本当は叫びたかった。
 背中にじっとりとかいた汗が、いつまでも火照った体に纏わりつく。剥き出しの水道管の蛇口を捻り金タライに水を張る俺を見て、ユノは言う。
「でも最近は……あの人とは会ってないから」
 ユノは縁側に置いていた俺のジッポライターを弄り始める。俺はすぐにそれを奪い取るように取り上げ、自分のポケットに仕舞う。
「勝手に触るな」
「怖い顔しないでよ」
 足を崩して縁側に座るユノが、拗ねたように俯く。その太股の間から白い下着が覗いているのに気付き、俺は視線を逸らしてタライに両手を浸した。
 膝を抱えたユノの表情は、どことなく幼ない頃の面影を残している。ただあの頃と違うのは、ユノが甘酸っぱいシトラス系の香水を付けていることくらいだろうか。

 俺はちっと舌打ちして、煙草を排水溝に投げ捨てた。残り火がジュッという小さな音を立てて消える。ばしゃばしゃと乱雑にタライの水で顔を洗っていると、夏の陽光の粒子がチカチカと水面に反射していく。Tシャツの裾で濡れた顔を拭う俺に、ユノは手にしたタオルを差し出す。
「あの人、自分のことで精一杯なのよ」
「知らねえよ」
 ユノがさっきから不倫相手のことを『あの人』と呼ぶのが、無性に苛立たしかった。

 濡れたタオルの合間から、庭に吊り鉢に植えられたウツボカズラが見える。琥珀と緋色の混じった小さな花が、つるの先端から穂状に長く伸びていた。食虫植物の捕虫袋を覗き込んで、虫が捕まっているのか見る気にもならなかった。
 だがまだ葉っぱの先からヒゲ状に伸びた緑色の壺が膨らんでいる所を見ると、虫を食ってまだ元気に生きているようだ。

 俺は金タライの水を乱雑に庭に撒きながら、ユノに告げる。
「でも良かったじゃねえか。卒業したら結婚しようって言われてるんだろ? すじさえ通せば人に後ろ指さされることもない」
「……櫂は、本当にそれで良いと思ってるの?」
 ユノは少し吊り気味の瞳で真っ直ぐに俺を見つめる。そのユノの視線に耐え切れず、俺は斜に体勢を変えて縁側に胡坐をかいて座り直す。
「俺には関係ない話だ。お前の好きにすればいい」
「何でそんな……ひどいこと言うの?」
 その瞬間、ユノは突然俺の腕を力任せに掴む。その手は小さく震えていた。
「離せよ」
 俺は立ち上がるとユノの手を乱雑に振り払う。シニカルで投げやりな言葉以外、俺には何も思いつかなかった。なら怒りに任せてビッチだ恥知らずだとユノを罵れば良いのか? 卓袱台《ちゃぶだい》のひとつもひっくり返せば、こんなファックな世界もひっくり返ってくれるのか?

「櫂……待って!」
 庭に向かおうとする俺の腕を再びユノが掴む。剥き出しになった神経に直に触られた気がして、俺は弾けるようにユノの手を払い除ける。それでも必死にしがみついてくるユノと俺は、もつれ合うように地面に倒れ込んだ。

 俺はユノの体に覆い被さり、組み伏せるようにユノの肩を押さえつける。ユノの髪留めが外れ、栗色の髪が地面に広がる。こんな格好でユノにまたがったのは、子供の頃に喧嘩した時以来だ。
 ユノは何も抵抗しなかった。ただ組み伏せられたまま、どこか寂しそうな瞳で俺のことを見つめていた。
「昔から、櫂って全然変わってないね。人の気持ちなんてどうでも良いんだから」
 俺が掴んだユノのTシャツの胸元から、淡い色のブラジャーが見える。俺が慌てて肩を掴んでいた手を離すと、体を起こしたユノが突然抱きついてくる。

 甘酸っぱい香水の匂い。柔らかい肌の感触。俺の頬をさらさらと流れていく髪。ユノは俺の背中に手を回したまま、そっと告げる。
「ねえ櫂、ウツボカズラの花言葉って知ってる?」
「……いや」
「『からみつく視線』よ」
 山から吹き降ろす風が、緋色に連なったウツボカズラの花弁を小さく揺らす。重力に引かれたように抱き合う俺とユノの姿を、眩い陽射しがいつまでも照らし続けていた。



           (了)


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/02/09 黒糖ロール

湧田 束さん

拝読しました。

夏は大好物な上に、ウツボカヅラのみだらなイメージと、
物語がうまく合わさっていて、楽しませてもらいました。

14/02/10 湧田 束

> 黒糖ロール さま

コメント有難うございます。
ウツボカヅラの捕食袋を覗くのは、少しドキドキしますね。
艶かしい恋愛のイメージにはちょうど良いモチーフだと思っています。

お楽しみ頂けて、幸いです。

ログイン