メラさん

 主に純文学系を書いていますが、特にジャンルにこだわっているわけではありません。気ままに、マイペースに小説を書いてます。

性別 男性
将来の夢 世界平和
座右の銘 知足。悠々自適。日々新た

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中国

14/01/28 コンテスト(テーマ): 第二十四回 【 自由投稿スペース 】  コメント:5件 メラ 閲覧数:1102

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 あるいは彼女が中国人だとは、人によっては気付かないかもしれない。それほど彼女の日本語は流暢で自然体だった。そして見た目も僕ら日本人と何も変わらない。
 でも僕は会話の端々から、地方訛りとは違ういんとネーションに違和感を感じた。いや、そんな言い方をしてしまっては語弊があるかもしれない。違和感といっても何も不快感があったわけではないのだ。
 ひょっとして外国人かな。ただそう感じただけだ。でも、僕はその気持ちを彼女に口にしなかったし、実際彼女が外国人だろうと何だろうと、どうでも良く思えた。
 新入社員研修で彼女と一緒だった。同期の社員は全部で十五人くらい。システム・エンジニア系の、思い切り理系な企業だったので、女性は彼女を入れて三人しかいなかった。
 名前を知った時に、彼女が中国人だと知った。
「王さんって、中国人?」
 僕は職場の同僚に聞いてると、
「あれ、知らなかったの?」
 皆とっくに名前を知っていたらしい。
 王さんは日本に来て六年目。日本に来る前から日本語を勉強していたと、オリエンテーションでそう言っていた。歳は僕よりも二つ上だった。
 もちろん職場で毎日のように彼女と顔を合わせたが、僕らの間に特にこれと言った話題もなく、ほとんど接点はなかった。いや、そもそも彼女はほとんど誰とも話さなかったと思う。
 彼女は仕事においてとても優秀だった。同期の誰よりも仕事をいち早く理解していたし、早く帰りたがる同僚達―僕もその一人だったが―に見向きもせず、遅くまで黙々と残業もした。
 勤勉で優秀。皆彼女に対してそんな印象だった。そんな風に、研修を終え、現場に入り、入社一年ほど過ぎた頃だった。
 ある日。同期の仲間との酒の席で、王さんの事が話題になった。もちろん彼女はこの手の付き合いに来る事はないし、何度か誘っていつも断られるので、その頃には誰も誘わなくなった。
 その時の仲間達の話に僕は驚いた。それは、仲間達が王さんの事を「中国人」だと深く意識して過ごしていることだった。
 厳密に言えば僕だって彼女が中国人であることは意識している。しかし、仮に彼女が中国人であろうとインド人であろうとも、彼女へ対する、勤勉で優秀という僕からの評価は変わらない。
「どうも、からみづらいよな」
「ああ、何か俺達を馬鹿にしているような気がする」
 そんな言葉が仲間達の口から出てくる事に僕は驚きつつ、同時に王さんに深く同情してしまった。彼女は何も悪くないし、僕らのことを馬鹿になどしていない。ただ、彼女は焦っているだけなのだと思えた。きっと早く仕事を覚えて出世し、何らかの裕福さを手に入れたいと望んでいる。そのせいで回りのことを見る余裕がないだけなのだ。僕は王さんに対して、ひそかにそう思うようになっていた。
「彼氏とかいるのかな?」
 そんな話題も持ち上がった。彼女にそういう雰囲気はまるで見受けられないというのは、僕も仲間達と同じ意見だった。
 王さんは顔立ちはなかなか整っている。しかし、いつも長い髪を後ろに束ねているだけで、縁の大きなメガネをかけ、服装は正直言って垢抜けていなかった。それに関してはもう少し気を使えばいいのにと思ったものだ。化粧っ気はなく、アクセサリーもしていない。
 口を開けば普通に喋るのだが、仕事の内容意外の事で向こうから話しかけてくることはなかった。
 僕は仲間達の会話を聞いていて色々分かった。彼らは王さんのことを嫌ってもいないし、避けようとしているわけではないのだが、ただなんとなく近寄りがたいようだ。それは、彼女が無口だからとか、真面目すぎるからという理由も確かにあるのだが、決定的にこう思っているらしかった。
「やっぱ中国人だからな」
 中国人だから、何を考えているか分からない。中国人だから、向こうもこちらのことは分からない。僕はそんな話を聞いていて、日本人同士でもそれほど分かり合えているのか疑問だったし、中国人が人に対する理解力がないとは思わなかった。僕は不快感を紛らわすために、何杯も酒を煽り、べろべろになるまで酔っ払った。

 彼女が仕事を辞めると決まったのは、仲間達からそんな話を聞かされた一ヶ月後だった。
 僕は彼女の身の上に同情しつつも、具体的には何もしてやれないし、彼女を何らかの形でフォローするには技量が無かった。そして、嫌な上司からいつもセクハラまがいにいびられているのを、助けてあげる事もできなかった。
 彼女はその上司からあからさまに嫌われていた。どうしてなのかは分からない。ただ、その上司は自分よりも優秀な部下には冷たく、チャンスを与えないと、他の先輩から聞いた事がある。その排他的な性格では、王さんはまさに格好の餌食だった。
 上司より仕事が出来ても、まだおべっかを使ったり、うまくヨイショしてやれば良かった。だけど王さんは決してそんな事しなかった。そしてその上司を見下しているわけではなく、ただ単に効率的に業務をこなそうとしていただけだと思う。彼女は彼女なりに、実は全体の効率やバランスを見ていたような気がする。
 しかし、あの間抜けな男にそんな事がわかるはずもなく、ただ王さんに無理難題をふっかけたり、聞いていて耐え切れないような下品な事を言ったり、アラ探しをして、些細なミスや不具合があれば、大勢の前でそれをこき下ろした。今考えても最低なヤツだった。僕も結局その会社はすぐ辞めたが、あの上司は今もそんな事を繰り返しているのだろうか。
 しかし、結局王さんは上司の様々なハラスメントに耐えきれず、会社を辞めることになった。理由は「一身上の都合」となっていた。
 上司に叱責された後、泣き腫らしたような目で廊下を歩いているのを、一度だけ見たことがある。
「大丈夫?◎▲係長の言う事なんか気にしないで」
 僕は彼女と親しくは無かったが、思い切ってそう声を掛けた。
「はい、ありがとうございます」
 彼女はそう答えてから笑った。しかし、充血した目で笑う彼女が、一層かわいそうになった。せめて愚痴の一つでもこぼしてくれれば良かったのに、そう思った。
「送別会はしないでください。お気持ちだけで結構ですから」
 彼女が退社すると分かった後、代表として言いだしっぺの僕が彼女の送別会を開こうと誘ったのだが、王さんは丁寧にそう断った。半分予想していたが、僕はそれなりにショックでもあった。
「じゃあさ、ほんとに身内だけっていうか、少人数でってのはどう?」
 僕は何とか食い下がった。このまま彼女が会社に、いや、日本人に対して幻滅してほしくなかったのだ。日本人の男が皆、あの上司のような最低の男じゃないと伝えたかった。何故か僕はそんな事を本気で考えてしまっていた。
 王さんは少し迷ってから、家に帰らないとスケジュールが分からないからと言い、とりあえず連絡先をと、お互いの携帯電話の番号を教え合った。
「あの・・・さん」
 振り返えろうとしたとき、彼女が僕の名前を呼んだ。彼女に名前を呼ばれたのはその時がはじめてだった。
「なに?」
「ありがとうございます」
 その時の王さんの少し照れたような、はにかんだ顔が、年上ながら妙にかわいらしかった。うん、泣いているより、こうして普通に笑っていれば、こんなに可愛らしい女性なのだ。
 しかし、僕は連絡先を聞いたものの、いつ彼女に電話をかけていいのか分からずにいた。そして彼女からも僕に電話がかかってくる事はなかった。会社で顔を合わせても、あれ以来僕らが直接会話する機会はなかった。仕事が細分化され、別々の班になってしまったのだ。
 王さんが辞めると決まってから、あの意地悪な上司もどういうわけか、彼女をいじめることはなかった。もし上司がまた彼女にひどい事を言うなら、自分も退社覚悟で体を張って止めてやると密かに息巻いていた僕は、少し肩透かしを食らったような、でもホッとしているような、複雑な気分だった。そもそも、もしまたその現場に出くわしても、僕が上司に立ち向かえたかどうかは、僕の臆病で優柔不断な性格からしてかなり疑問だった。だって今までも、彼女が上司にいびられているのを目の当たりにしていても、何もしてやれなかったではないか。
 結局送別会の事は何の進展もなく、彼女の退社日を迎えた。そもそも、ごく少人数での送別会などと、あの時咄嗟に口走ったけど、王さんは特に誰か親しい人がいたわけではなかったので、誰を誘っていいのか分からなかったのもある。せめて一番僕と親しく、誰とでも屈託無く話せるお調子者の同僚を誘おうと思っていたのだが、彼はちょうどその頃、開発から営業部署に変わってしまい、あちこちへ出張へ行っていた。
 彼女が、僕の班に型どおりだが最後の挨拶をしにきた。
「短い間でしたが、大変お世話になりました」
 その時のイントネーションが、自然な日本語を話す王さんにしては、少し外国人ぽかったのを覚えている。使い慣れない言葉だったのかもしれない。
 僕とチラッと目が合った時、僕は何か言葉をかけようと思った。彼女も僕の目を見つめていた。でも僕が言葉を探している時に、先輩があれこれと冗談混じりで何か言い、皆が笑い、僕は言葉を挟むタイミングを完全に失くした。王さんは先輩の冗談に少しだけ笑い、その足で早い時刻で退社してしまった。それが、彼女を見た最後だった。
 僕はしばらくの間、何度も携帯電話のアドレス帳に登録してある「王さん」に電話をかけようか、毎晩悩んだ。何か、せめて一言彼女に声をかけたかった。しかし、いったい何を言えばいいのだろう?
 それにしても、どうして彼女は僕に連絡先を教えてくれたのだろう。最後までその疑問は残った。あの時、きっぱりと断ってよかったはずだし、彼女はそういう性格の女性だった。だからあれは彼女なりの社交辞令だったのだろうかもしれない。僕はどこか悲しい気持ちで、その事実を受け入れ、数ヶ月経って携帯電話を買い換える時、彼女のアドレスは消去された。
 彼女は日本人に何らかの幻滅をしたまま、このまま一生を過ごすのだろうか?そんな事も考えたりしたが、仮にそうだとしても、僕の人生にはまるで関係ないではないか。それが僕の出した結論だった。そもそも、僕の同僚もいつか言っていたが、中国人は昔の戦争の事で未だに日本人を恨んでいるという意見もある。そう考えれば、僕一人がそんな中国という大国を背景に持つ彼女に、いったい何ができるというのか。
 僕は未だに、テレビのニュースや、誰かの会話の一端に「中国」いういった単語を耳にしただけで、王さんのことを思い出し、そしてあの時感じた様々な形の無力感を再び思い出す。僕はあの時、何をすべきだったのだろう。彼女に何と言えばよかったのだろう。未だにその答えは分からない。


 


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このストーリーに関するコメント

14/01/29 草愛やし美

メラさん、拝読しました。

この話は現実的ですね、誰も悪人はいないのですが、どうしても考えてしまいます。異国の人だと意識すること自体、どうなのかと思うのですが……。人間として同じはず。ですが、中国とは今、関係が悪化してますので、中国人の方には、日本人は余計過敏に反応すると思います。
私の主人は、いつもこう言います。「僕らは、地球人だから、みんな地球に住んでいるということで同じ人間」と。海外勤務も多かった主人ですから、この持論ができたのだと思います。
異国の人と対座した時、差別まではいかなくても、区別してしまう私達がいるのが現実です。表面に出さなくても、意識の下で感じてしまっています。でも、海外に行けば、反対に私たちが外国人になるのです。
アメリカに初めて行った時、主人から「俺らはエイリアンだから、気をつけなければいけない。公的な部分でも私的な部分でも、日本人として意識しなければいけない」 エイリアンは異国人のことだそうですが、あえてその言葉を使った主人の気持ちが理解できる気がしました。エイリアン、映画のあの気持ちの悪い未確認生物体のこともエイリアンだからです。あえてそれを取り込んで、エイリアンでいるという気持ちが大事なのかと思います。

どうも脳みそが乏しいため、言葉足らずで、うまく言えなくてすみません。異国の人に対して、みんなどこの国の人も、意識は持ってしまうのが普通です。ですが、私はそれを越えて、地球人という意識を持てればいいなと思っています。

14/01/29 泡沫恋歌

メラさん、拝読しました。

私も仕事でリアルに中国人数人と接したとこはありますが、実に彼らはクールで
自分本位な人たちだと言う印象しかありませんね。
とにかく、自己主張が激しくて、周りの空気をいっさい読まない。

偏見かも知れないけれど、この民族とは距離を置きたいと思いました。

14/01/29 石蕗亮

メラ様
拝読いたしました。
私も職場に中国人の女性がおります。また今までも何度か中国の方と職場を一緒にしたことがあります。
たしかに一種独特とした雰囲気がありますが話してみると私たちと変わりないという印象があります。
が、それは彼らの生活や生まれにもよるのかもしれません。
貧困層、というと彼らに失礼かもしれませんが、低所得の生活層の人たちは日本に対して良い稼ぎ場所という見方があります。
しかし中流層になると国に間違った情報を与えられそれを鵜呑みにし日本に害意をもってる人もいるようです。
私たちも含め、どこの国もそうかもしれませんが、自分の目で見て知り判断するのが一番だと思います。

まるでノンフィクションのような作品でしたが、どうなのでしょう?
前作といいいつもリアルな作品に驚かされます。

14/01/29 そらの珊瑚

メラさん、拝読しました。

いつもながら血の通ったというかリアリティの感じられる文章に魅せられました。
日本の隣にあって、いや隣だからこその確執、歴史、偏見(お互いに)が
渦巻く中国。
パワハラをふりかざす上司というのは日本人同士でもいるとは思いますが
中国人にとってはより風当たりが強かったりするのは想像できます。
これが白人であったらどうなんだろうとふと思いました、

14/01/30 メラ

草藍さん、コメントありがとうございます。いい旦那さんですね。私もいつも、地球人というくくりを意識しようと努めています。
恋歌さん、コメントありがとうございます。
おっしゃる通り、彼らの中にはそのような振る舞いをする輩は多いですね。各地の観光地でも色々問題を起こす事が多いですし。確かに仕事上で色々絡む事は多かったのですが、何かと度肝を抜かれましたね。
石蕗亮さん、コメントありがとうございます。ノンフィクションではありませんが、けっこう似たようなことはありましたね。優しく、誠実な中国人の方もたくさんいますので。
珊瑚さん、コメントありがとうございます。
「血の通った」洗練されたお褒めの言葉をいただいて恐縮です。
中国人、というだけで無下にされる方は多いです。確かに、欧米人の場合はほとんど差別されません。そういうのを何度か目の当たりにしたことがあります。

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