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四島トイさん

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時代の名前

14/01/27 コンテスト(テーマ):第四十八回 時空モノガタリ文学賞【 昭和 】 コメント:2件 四島トイ 閲覧数:975

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 ついにこの日が来た、と依田先輩が窓辺に手をついて宣言した。
 文学部なのに白衣姿。史学科の残念な美人の称号を我が物とする彼女も来週には大学を卒業する。
「お勤めお疲れ様でした」
「……出所者に向けるような送別はやめて」
 先輩は眉根を寄せて顔をしかめる。二人きりの研究室にはいつもと変わらない空気が流れていた。
「少しは先輩の行く末を案じなさい」
 冷血人種め、と先輩は不機嫌そうに椅子に腰掛け、机に放り出されていた指示棒を手にした。
 ふと、初めて出会った姿が重なる。

 六十年の謎に挑む、と彼女は演説していた。
 第三講堂で行われた在学者によるパネル発表でのことだ。僕は出会ったばかりの級友達とピヨピヨと可愛らしく発表ブースを冷やかす一回生だった。
「そこの君。しっかり聞け」
 あるブースで、女学生の指示棒が僕を指した。お喋りを注意されたのだと思った。
「……何で僕だけ」
 違う、と彼女は涼しげに答える。
「如何にも意志がなさそうだなあ、と思って。ところで君は今から三百年程前は、特定の期間に有限の公的な呼称があったことを知っているかな」
 彼女の後ろの壁には、消された年号を追う、と書かれたパネルが掛けられていた。今は二十四世紀。三百年前といえば二〇〇〇年代の初頭。その後の惑星間航行や新エネルギー開発競争それに伴う大戦に比べると話題のない時期だった気がする。教科書でも数ページ扱い。そこまで考えて首を横に振る。
「知りません。じゃ」
「待て待てこの冷血人種。『そんなものあったんですか』くらい訊くのが礼儀でしょ」
「ソンナモノアッタンデスカ」
 そうなのよ、と彼女は胸を張った。意図せず強調される胸に少し気恥ずかしさを感じる。彼女はそんなことを気にする様子もなく、熱弁をふるう。
「一世一元の年号があったのよ。それが千年以上も。ところが三百年前から次第に西暦が優先されて、いつの間にか消滅した。何より面白いのは、どの文献を探しても、約六十年分の年号が不明なこと。執拗なまでに消されて。ねえドラマを感じるでしょそれから……」
 そそくさと僕らはその場を去った。人込みの向こうから先輩の声が聞こえた。
 何だあれ、としばらく歩いたところで隣にいた級友が鼻で笑った。
「変わった先輩だ」
「つか狂気を感じたよ。俺は」
 よく通る声だった。その涼しげな表情を眺める。
「あんなマイナーなことで学生生活を無駄にするなんてな。時代の呼び名があろうが無かろうが歴史は変わらないじゃないか。年月に名前を付ける意味あるのか。それとも何十年かをまとめて『〜時代は』なんて語るつもりか。時代の代表者か何かなのかよ」
 口調は軽かったが、硬質な声はどこか説得力があった。先程の演説よりもずっとスマートに思えた。気付けば周囲の級友達までもが、うんうんと頷いていた。

「だが、君は頷かず、この研究室へやって来た」
 依田先輩は満足気に鼻を膨らませた。
「そうですね」
「だから君には伝えておこうと思う」
「愛の告白なら受け賜ります」
 茶化したつもりが、真剣な表情を返されて気勢が削がれる。
「卒業したら多分私は行方不明にされる」
 時代と同じにね、と彼女は笑った。
「君に何度も話したとおりだよ。あの時代を消した誰かの執着は相当だもの。三百年経っても、何が何でも、表舞台に上げさせない。史学科でこの分野を専攻した学生は皆、監視されてる。巻き込んでごめんね」
 眉を下げた先輩が、どうしたの、と小首を傾げる。
「何か変な顔してるよ」
 いえ、と首を横に振ってみせる。
「愛の告白だったらよかったな、て思って」
 先輩は笑った。

 数週間経って、依田先輩とは連絡が取れなくなった。
 ベンチでぼんやりしていると、かつて一緒にブースを回った級友が隣に腰掛けた。
「顔色悪いな」
「ちょっとボンヤリしてて」
「安心しろよ。転科すれば先輩みたいにはならない」
 しばしの間があった。
 すっと引いた血液が、ゆっくりと戻ってくるのを確かめて大きく息をつく。
「……そんなに時代を語るのが嫌、かな」
「嫌だね」
 即答だった。吐き気がする、と言って彼は爽やかに微笑んだ。手の中で万年筆を転がす。
「生まれた時から周囲が言うんだ。あの時代は、あの頃は、それに比べりゃ最近は、て。そりゃあ六十年あれば大抵のことは起きるさ。そうだろ」
「……まるで見てきたように言うね」
「ああ。時代なんてあるから世代間がズレるんだ。無ければずっと意志が引き継がれる。こうやってな」
 彼は得意気に僕に万年筆を向ける。
 不意に込み上げてきた何かをぐっと歯の奥で噛み締め、ゆっくり口を開く。
「……なら僕は依田さんの意志を引き継ぐよ」
 驚いたように彼が目を見開いた。
 気にせず立ち上がって歩き出す。
 彼女と過ごしたあの研究室に向かって。


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このストーリーに関するコメント

14/01/30 クナリ

さまざまな面白い要素で周囲が縁取られているものの、本質は人間、そして人間関係にある、という四島さんの手腕が0味わえる一作でした。
そのおかげで、一味変わった設定が作中で浮いてしまわないのが、さすがだと思います。

14/01/31 四島トイ

>クナリさん
読んでくださってありがとうございます! とても嬉しいです。
当初は昭和さんという名前の曽祖父を戴く大家族の話にしようと思ったのですが、書いているうちに人の多さに収拾がつかなくなり、本作を別に作って投稿した次第です。これももっと無駄を省けたと思うのですが、私の力ではどうにもなりませんでした…
クナリさんにさすがとまで言われてしまうと恐縮してしまいます。本当にありがとうございました!

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