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リアルコバさん

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八ヶ岳乗馬クラブ ベガ号

14/01/27 コンテスト(テーマ):第二回OC【 馬 】  コメント:2件 リアルコバ 閲覧数:975

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「ねぇ動きたいよ きっともう朝がくるよ」
 そんな風に思ってカツカツと蹄で寝床の藁を掻いていると馬屋の扉がガラガラ開くんだ。
「おはよ」 そんな声を聞き流して僕はまだ夜の明けきらぬ牧場に駆け出して行く。冷たい空気が体を包み鼻からも口からも白い息がでると身震いせずには居られない。まだ星が輝く山の天辺と蒼白く開けて行く谷側の空「ヒヒーン」ゆっくりと白樺の木が黄金色に染まり出すと、《ドサッ》枝に積った雪が落ちた。
「どうどうどう」ひとしきり走り回り体から出る汗が湯気になった頃、大貴君が僕の顔に頭絡をつけに来る。それに引き綱をつけて次は朝のシャワーさ。ブラシで大貴君が体全体を擦ってくれると、汗で痒くなった背中やお尻もスッキリするんだ。
「大貴終わったか?」お父さんの声は雷のように太くて響く。「あぁもう少し」体を洗われた後は朝食、僕の朝はずっと毎日こんな感じだ。
 僕は4歳人間で言えば16歳くらいかな、大貴君も16歳だから同級生。生まれてすぐこの牧場に連れて来られてから僕の世話係は大貴君になった。最初は小さくてすぐ怒るから喧嘩しそうになったけど、今はいい相棒かな。毎朝僕がひとっ走りしてる間に寝床の藁を外に出して馬屋を綺麗にしてくれる。そう365日一日も休まずにね。
 朝食が終わるとお父さんがハミを持ってきて咥えさせられる。僕はこのハミが未だに好きじゃない。頭絡を付け直し鞍を背中につけて稽古が始まる。お父さんは結構怖い。だから何度も暴れて振り落としたくなったけどいっつも柵の外から大貴君が声をかけてくれたんだ。「ベガ頑張れ〜」前は女の子みたいな声だったけど最近はだんだんお父さんに似てきたな。
 お昼ご飯は牧場でみんなで食べる。ここには僕以外にも6頭の馬がいて、一番の先輩はもう27歳、なんでも知ってる老馬の《キリコ》さん。最近聞いたんだけどここの牧場に飼われてるのはキリコさんだけで、僕ら他の馬はみんなそれぞれに別の《飼い主》がいるんだって。そしてお稽古をして本当の飼い主のいるところに行ったり競技会に出たりするらしい。キリコさんは今日も一番先にお昼を済ませて午後から観光用の馬車を引きに牧場から出て行った。


 2年が経った。毎日同じことの繰り返しの2年でも八ヶ岳の季節に僕は飽きることはなかった。鳥の声も朝露の味も夕立の泥濘も雪の白さも毎回違って感じるんだ。
 ある日の夕方、学生服のままの大貴君が馬屋にやってきた。「ベガ来月お別れだって、お前東京に行っちゃうんだよ。馬事公苑って知ってるか?知るわけないよな、俺も知らねぇもん」いつものように鼻先を撫でながら話してくれるのに涙が出てる意味がよくわからなかった。そして3月、僕は初めてトラックに乗せられて八ヶ岳の牧場を出て行った。
 着いた場所は白樺の森も透明な風も青い空も無い場所だった。
「止まれ、ようし飛べ」ここでは調教師と呼ばれる人に馬術競技の全てを訓練してもらう。駆け足だったり飛越だったりいろんな人が僕の手綱を握るんだけど正直得意じゃない。だって思いっきり走れないし急に止まったりバーを落とさないように飛んだり、その指示が僕には覚えられないんだ。「八ヶ岳に帰りたいよう」僕は夕方ビルの向こうに沈む夕日に叫んでばかりいたんだ。
 それでも何年か立つと一通りは出来るようになったけど、やっぱり乗る人によって解らない事が多くて僕の人気はあまり良くなかった。競技会では一度も勝ったことはないし「乗りづらい馬」って呼ばれてたんだ。
 そんなある競技会で並んでいたらなんだか懐かしい匂いがしたんだ。「ベガ号 八ヶ岳乗馬クラブ池内大貴」僕に乗る騎手の名前が呼ばれたとき思わず耳が立ったよね。「大貴君だ」まるであの頃朝ごはんの為に走って頭絡を付けに来た少年のような笑顔で大人になった大貴君が走ってきた。「ベガ」鬣を撫でながら首に顔をつけてきた。僕は尻尾を振り首を上下にして嬉しさを爆発させた。
 それは不思議なくらいな感覚だった。大貴君が乗ってるだけで僕の目に映るのはコンクリートの建物じゃなくて白樺の林、そして手綱からハミに伝わる指示はまるで声を聞いているようにわかる。苦手な飛越を成功させる度に周りから歓声が上がる。こんなに気持ちいい競技会は初めてだよ。最後の水濠飛越を飛んだ時なんて僕はペガサスになった気分だった。走り終えて鞍から降りた大貴君が息を弾ませて僕の首を抱いてくれた。その時大貴君はまた涙を流してたような気がする。
「優勝 池内大貴 八ヶ岳乗馬クラブ ベガ号」
 僕の背中に大貴君が乗ったのはそれが最後だったし、僕が競技会で勝ったのはその時だけだった。
 調教のお兄さんが言ってたよ。大貴君が次のオリンピックに出られるかもしれないんだって。


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このストーリーに関するコメント

14/01/27 そらの珊瑚

リアルコバさん、拝読しました。投稿ありがとうございます。

前半、家族ぐるみで営まれている育成牧場での馬と大貴君の様子がとても丁寧に描写されていて
一日の休みもない大変な仕事、でもきっと馬が好きだからできるんだろうなあと思いました。

後半、一転して牧場を離れた「乗りづらい馬」という烙印を押されてしまったベガの悲しさ、望郷の想いが前半との対比させることで訴えかけるものがあるように思いました。
馬が語るという試みも良かったです。ラスト、心に爽やかな風が吹くようでした。

14/02/02 リアルコバ

そらの珊瑚さん
素敵な感想文ありがとうございました
文章を書く事の難しさを感じちゃいますね

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