そらの珊瑚さん

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性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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14/01/22 コンテスト(テーマ):第四十八回 時空モノガタリ文学賞【 昭和 】 コメント:18件 そらの珊瑚 閲覧数:1584

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 九月といっても秋の訪れにはまだ早い。ヒートアイランド現象で熱せられた東京は未だ夏の暑さだ。
「これ、真里ちゃんにお土産だよん」
 ディオールの赤い口紅。唇にのせれば独特の香料の味がするが彼女はそれが嫌いではなかった。
「いつもありがとうございますぅ、清水さん」
「礼を言うのはこっちだよ。真里ちゃんのおすすめで買ったS工業株、急上昇してるし」
 ハワイでゴルフ三昧だったという清水は程よく焼けた肌に白い歯を光らせて笑った。五百万円はするであろうロレックスの腕時計でさえ、ねだれば気軽にくれるような景気の良さがにじむ。白い歯を維持するために新宿の審美歯科で月に十万円を払っているらしい。
「なんか面白そうなのがあったら教えてよ」
「そうですね、ウォーターフロント関連は案外バケるかもしれませんよ」
 真里が東京の短大を卒業してF証券に入社して三年になる。新卒で貰ったボーナスは二百万円だった。ただの小娘に与えられる賞与としては見合わない金額かもしれなかったが、自分は正しい選択をしたんだと彼女は胸を張る。貯金はほとんどしていない。ブランドバック、海外旅行、あぶく銭の行方はまさしく泡のように消えていった。
「じゃあそれ、みつくろっといて。ボクの女神様」
 石を投げれば青年実業家に当たると言われている時代、清水もまたそう呼ばれる種族で、株売買や不動産業で身を起こしていた。
「かしこまりました。毎度ありがとうございます」
 よく手入れされたワンレングスと呼ばれている長く艶やかな髪が、お辞儀をする真里の肩先を生き物のように滑っていく。昼休みに付け直したオードトワレが首筋から香るのも計算のうちであったのかもしれない。『プワゾン』という日本語に訳せば『毒』を意味するその香りのボトルもプレゼントだったが送り主は誰であったか真里は既に忘れていた。
「ところで女神様、上海蟹は食べたことある?」
 男に女神様と呼ばれるたび、それがビジネスを介すものであっても、かしずかれている錯覚を起こしどこかくすぐったさを伴う。
「いいえ、美味しいんですか?」
「もちろん。九月の雌蟹はね、産卵前だからそりゃあもう濃厚でさ、ほら、思い出しただけで唾液が出てくる」
 犬の真似をして清水が舌を出しておどけてみせる。
「真里ちゃんに上海で食べさせてあげたいなぁ? もちろん日本でも食べられるけど新鮮さからいったらやっぱり現地でないとね」
――活きた蟹を食べるためだけに上海へ行く。それはとても贅沢なことなんだろう。真里の心は揺れる。
 今までも清水から折に触れ旅行に誘われたことはあった。それをやんわりと断ってきたのは学生時代からつきあってきた恋人がいたからだったのだが先日別れた。始まりがあるから終わりがあるとわかっていても、最後はあっけないものだった。恋人に「3476」とポケベルで彼女は送って何もかもおしまいにした。それが「さ、よ、な、ら」を意味していることを恋人もまた知っていただろう。
――仕方ないわ、生きる場所が違ってしまったんだもの、と真里は思う。思えば彼が就職したメーカーを私の反対も意に関せずで辞めた時から恋の終焉は始まっていたのかもしれない。それから彼はカメラマンの助手になった。カメラマンの卵といえばきこえはいいが、内情は酷いものだった。雀の涙の安さでこきつかわれ、休みもなく、たまの休みといえば疲れて一日寝て過ごす生活。
 同僚が赤プリで彼氏と過ごしたという絵に描いたような去年のクリスマスに、彼女はいつ干したかわからないようなかび臭い布団の中にいた。盛大にいびきをかく恋人の隣で寝るに寝れない夜に耐えた。世の恋人たちが謳歌しているであろうロマンスからたったひとり見放された気がした。
 シンデレラはガラスの靴を故意に落としていったのだ。それが野心だと誰が責めるだろう。
 今、真里は若さという美しさの盛りの季節にいてれが何よりも価値を生み出すという事を知っていた。風呂上りには毎晩たっぷりとボディクリームを塗りこみながら、私の選択は正しかったと心の中で真里は復唱した。
 ◇
「いいですね、上海。行ってみたいです」
「ホント? ほんとに? いやー嬉しいなあ、いつも考えておきますって、ていよく断られてからなぁ。じゃあさ、来週の土日は? ファーストクラスのチケット二枚用意しておくよ」
 四十半ばの清水にはもちろん妻子がいるし、噂では銀座でバーをやらせている愛人もいるという。でもそれが何だというのだろう。
 上海蟹が泡を吐いている。吐いたそばからぱちんと消えてなくなるうたかたを。熱せられた蒸し器の中で悶え苦しみ、その時はじめて終焉を知る。
 昭和という時代の終わりに生まれたバブルと呼ばれた未曾有の好景気。それは限りなく膨らむようにみえたが、昭和が終焉して程なくしてあっけなくはじけ、消えた。


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このストーリーに関するコメント

14/01/22 そらの珊瑚

画像は「エクスプロア上海」のサイトからいただきました。
文中の赤プリは、東京都千代田区にあった赤坂プリンスホテルの愛称。

14/01/22 笹峰霧子

バブルの時代ならこういうあぶく銭を得て生活をしていた人がいたんでしょうね。
こんなに景気が下がるなんて思いもしなかった時代でした。

厳しい今の時代のほうがこれから人生が始まる若者にとっては結果的にはよかったのかもしれません。

それにしても妻子ある男に誘われてふらふらとついていく娘はなんと危なっかしい。

14/01/22 そらの珊瑚

下から12行目に間違いがありましたので訂正します。

美しさの盛りの季節にいてれが→美しさの盛りの季節にいて、それが

申し訳ありません。

14/01/22 そらの珊瑚

霧子さん、ありがとうございます。

私はバブル期に就職しましたが、まったくといっていいほどその恩恵は受けられませんでした。残念ながら……。
証券会社に就職した友達のボーナスの金額はホントの話で、うらやんだものです。
時代、だったといってしまえばそれまでですが、ついあのお祭りみたいな季節が昭和の終焉とリンクするなあと思ってこんなお話を書いてみました。

14/01/22 草愛やし美

そらの珊瑚様、拝読しました。

一体あのバブル時期って何だったのでしょうね? 狂騒でしかなかった感がしています。結果、はじけた泡のため、今も大変な苦労をなさっている方々がおられるやもしれません。

通り過ぎれば、忘れ去られる。特にバブル期のことは、後に起こったリーマンショックによって、忘れ去られてしまった気がしています。でも、私だけかしら……。
上海蟹まだ食したこともない私です、できれば、日本でいいですので、食したいと願望しています。シンデレラの野望のように、このコメントを見た王子様がいつの日か夢を叶えてくれることを祈っています。苦笑

面白かったです、ありがとうございました。

14/01/23 そらの珊瑚

OHIMEさん、ありがとうございます。

バブルがはじけて途端に困った人は、バブルの恩寵を受けた人たちであって、横目で見ていただけの私などは、貯金の利子が下がっちゃったわ、くらいなものでした。
バブルがはじけ、お金至上主義みたいなものも消え、人の本質的なところはたぶん変わらないのに(変わりようがないので)
人の幸せに対する価値観のようなものまでも変わったところが時代って面白いなと思います。

14/01/23 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

バブルは遠くなりにけり、です。うちの子供なんかはそれ、なに?ってなもんですよ。
先日スーパーの活魚コーナーで、パック詰めされた蟹が生きていて泡を吐いていたのを見て、このお話を思いつきました。(もちろん買いませんでしたけど、いや買えません、でした)
私も上海蟹食べたことなくて、ほんとに美味しいんだろうか?
ちょっと疑ってます(笑い)いつか食べてみたいものです!

14/01/23 そらの珊瑚

猫春雨さん、ありがとうございます。

そうですよね〜土地神話は天井知らず、買ったそばから上がって、という時代でしたよね。
うまく切り抜けられた人みいたでしょうけど、そうではない人の末路は…。
清水もまたそういう一人になってしまったのかもしれません。
そんなことを考えるとお金は最低限あればよくて、やはり堅実が一番、などと思ってしまいます。

14/01/23 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

昭和のあの好景気はいったい何だったんだろうと今でも思います。

あの頃は、みんな浮かれててお金の使い方も派手だった。
この物語の実業家も、きっと、その後バブルがはじけて・・・
人生を転落したかも知れないね。

バブルはしゃせん泡なので泡沫の如しです(`・ω・´)ハイ!

14/01/23 朔良

そらの珊瑚さん、こんばんは。
拝読いたしました。
バブル、これも昭和の象徴のひとつですね^^
私は残念ながら、その恩恵にはあずかれなかったですが、一度経験してみたかったです。
今も株価とかそこらへんはやたら景気よさそうですが、実生活は変わらないどころかかえって苦しいような^^;

蟹の泡とバブルを掛けてあることは皆様のコメントで気づきました。さすがです!

昭和の一面を見事に切り取った面白い作品、楽しませていただきました。ありがとうございます。

14/01/24 クナリ

掌編として、とても完成度が高いですね。
もちろんそれを成しているのは、ラストシーンの蟹さんですね。
クリスマスのくだりは、主人公の女の情念が沸き立つような気がしました(^^;)。
なんで私ばかりこんな目に、というのは、俗っぽく聞こえるかもしれませんが、人間としての根本的な業だと思いますし。
上海蟹は食べたことがありますが、とにかく食べるところが細かい上に蟹本体を手で固定しなければならず、しゃぶりつかざるを得ない箇所もあり、手と口は生傷だらけ、食べている間はろくに会話もできないという、手ごわいヤツでした。
特別小さなものだったのでせうか…。

バブルというのはちょっと憧れの響きですけどね。
上司に銀座でお寿司とかおごってもらいたいですわー(貧しいイメージだな!)。

14/01/25 鮎風 遊

バブル、良かったです、と言いたいでうが、
実は当時アメリカのデザット地区で暮らしてまして、知りません。

日本からの訪問者が来て、
日本はカリフォルニア州を買うと真顔で話してたのを憶えてます。
なんとアホなことを、と思いました。

そんなことを思い出させてくれました。
Thnks.

14/01/25 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

浮かれてましたね〜街全体が、人全体が。
消費は美徳とか、今とは価値観が違っていたように思います。
美味しいおもいをたくさんした人のその後転落してしまった人生もきっとあったかと想像します。
バブルとはよくいったものですね。

14/01/25 そらの珊瑚

朔良さん、こんにちは。ありがとうございます。

ブームに乗りやすい年頃でしたので、ワンレンボディコンはやってみましたが
私も恩恵にはほとんどあずかれないままであるのに、
なんとなく浮かれて過ごしてましたっけ。
消費税も上がるようですし、どうなんでしょうね、これから。
デフレスパイラルは続くとは思いますが。
私の財布のひももますますかたくなるでしょう。(いや、ファスナーだった)

14/01/25 そらの珊瑚

クナリさん、ありがとうございます。

モノガタリとしての面白さに重きを置いて、実際にあったバブルという
昭和の最後の経済の側面とそれにともなう人の浮かれ具合みたいなものを
描いてみましたが、伝わったとしたら嬉しいです。
三高などという言葉がもてはやされ、恋愛の価値観も豊かさとは切り離せずある意味純愛とは程遠い計算高さが大手をふっていた時代のように個人的には感じます。
上海蟹、そうなんですか…(実は一抹の危惧がありました)ちょっと落胆(笑い)

銀座でおすし、それはもちろん廻ってない寿司ですよね〜
私もおごられたいです! けど緊張してのどを通るだろうか心配です。

14/01/25 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

カリフォルニアを買うと真顔で…えらく景気の良い話ですね。
そういえば、山手線の内側を売ったら、
アメリカ全土が買える試算になるとか、バブル期にはその手の豪語がありましたね。

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