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四島トイさん

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ある馬との旅の果て

14/01/18 コンテスト(テーマ):第二回OC【 馬 】  コメント:4件 四島トイ 閲覧数:822

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 草原は今、一面が真っ白な雪に覆われていた。
 いや本当に白いのだろうか。
 太陽の光が乱反射し目が痛い。地面が光を放っているかのようだ。
 目を上げれば、昨晩は猛吹雪などありませんでしたよね、と誤魔化すように晴天が広がっている。遠景に、包丁を入れたケーキのような山の絶壁が見えた。
「……きっと誰かに生かされてるんだな俺達は。なあアミナス」
 ぶるる、と手綱の先の馬が息を吐く。荷車が石に乗り上げ、車軸がぎいっと軋む。手綱を放さず座り直す。
「吹雪もそうだが、まさか行商先の町が戦争真っ最中とは。見ろ。幌が穴だらけだ。連中、戦争を理由にすれば何でも襲っていいと思いやがって」
 ばたばたと揺れる幌に舌打ちする。
 こういうことは珍しいことじゃない。時世は移ろうものだ。誰もが鋤の歯を剣に、刈り込み鋏を槍として研いでいる。
「お前の脚のおかげで助かったな。だが見境なく走るなよ。振り落とされたら笑えん」
 前を見据えるアミナスの手綱を軽く引く。
 アミナスは静かな馬だ。特別賢いとは思わないが気性が穏やかで扱いやすい。脚力は強いが体はやや小さい。幼い日に市場で初めて目にしたときは巨躯に見えたものだが。
 アミナスに乗ると、末っ子だった俺には見上げることしかできない家族がとても小さく見えた。心細さと不安を始めて覚えたのを思い出す。
 そして不安は現実になった。父は流行り病で死んだ。母は過労で後を追い、長兄は人攫いにあい、飢えた次兄はある朝冷たくなっていた。
 このまま、ちっぽけな己も死ぬとわかった。
 アミナスがそのちっぽけさから俺を救ってくれた。


 雪原であっても、おおよその位置はわかる。己が、行商人であると自負できるほどには経験もしてきた。ちっぽけな自分はもういない。
「おお。すごいぞ。この先が次の町だ。あの猛吹雪で誤差がこれだけか」
 近くの雪に鼻を押し付けているアミナスの背を撫でる。馬車馬のように、とはよく言ったものだ。俺よりもこの馬のほうがずっと真剣に目的地を見据えているのだろう。
 再び荷台に腰を下ろしたところで、アミナスが頭を上げた。少し離れた小さな森を黒い瞳がじっと見据える。
「どうした」
 とん、と横に押されるようにその姿が傾いだ。一拍、遅れてターンッという爆ぜるような音がこだまする。
 不意にアミナスが走り出した。
 ぐん、と乱暴に上体が引かれる。爆ぜる音が続く。アミナスが跳ぶように右へ左へと駆ける。石を踏み砕く。爆ぜる音が続く。雪に滑る。岩に乗り上げる。体が浮く。
 顔に生温かいものがかかった。それを拭おうとした途端、一際大きく馬車が跳ね上がった。手綱から手が離れる。雪の上に振り落とされる。
 その衝撃に意識が遠のく。
 アミナスの走り去る音がする。その背に幾つも浮いた赤い点が、遠くかすむ意識の向こうで鈍く色を放っていた。


 目を開くと、木組みの天井を背景に、見知らぬガキが俺を覗きこんでいた。
「起きた」
 弾けるように立ち上がると、起きた起きたと繰り返しながら、どこかへ駆けていく。しばらくして足音が近寄って来て枕元で止まった。今度はそばかすの目立つ若い女だった。
「よかった。三日も寝てたんだよ。起きられる? どこかの誰かさん」
 どうにか身を起こす。
「……行商人だ」
 よかった、と女は安堵のため息を吐いた。軍人じゃなかった、と。
「驚いたよ。森の入口で血だらけで倒れてるんだもの」
「戦争を、しているのか」
「そ。ずっとね。おかげで食糧不足。今じゃ軍人と盗賊の区別も付かない」
「荷車がなかったか。あと馬を」
 女はガキと顔を見合わせてから首を横に振った。
「残念だけど。荷車は持ってかれちゃったと思う。馬は、その」
 口ごもる姿に、いやいいんだ、と応じる。アミナスは銃で撃たれた。あの怪我では回復は見込めない。自分でも驚くほど冷静に理解していた。
「……仕方ないんだ。あいつは最後まで俺を助けてくれた」
 振り落とされねば俺は荷車の上で殺されていただろう。
 女はホッとしたように、そうだね、と微笑んだ。
「しかし、あんた達も物好きだな。戦争中に人を助けるとは」
「ううん。助けられたのは私達も同じだから」
 女は、食事にしようか、と立ち上がった。


 湯気の立つスープを前に鼓動を耳元で感じる。
 思い付きもしなかった。
 そうだ。俺はそんなことを思い付きもしなかったのだ。
 アミナスの亡骸がどう葬られるかなど。
 じゃあ、と女が咳払いをし、膝の上で手を組んで祈り始める。
「今日私達を生かして下さっている全てに感謝して……」
「姉ちゃん。兄ちゃんが泣いてる」
 ガキの指摘に俺は目元を拭う。心配そうに覗き込む二人に、そうだな、と頷いてみせる。
「……生かされるんだ。お前に」
 手にした温かい器にそっと口をつけた。


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このストーリーに関するコメント

14/01/22 そらの珊瑚

四島トイさん、投稿ありがとうございました。

はじめまして、かもしれませんが、お名前は存じ上げておりました。
冒頭の洗練された描写に引き込まれ、馬を友にして成長してきた少年の逞しさと
その間に育ったと思われる絆のようなものを感じ、そして思いもかけなかったラストに心底感動しました。
彼を助けてくれた家族の子供のキャラクターがほほえましく、
悲しみにひとさじの柔らかさをふりかけていて、
そうか、悲しみだけではないと気づかせてくれたのでした。

14/01/24 四島トイ

>そらの珊瑚さん
コメント大変ですね。ありがとうございます。
実はそらの珊瑚さんには1年程前にもコメントをいただいているんです。ありがたい限りです。
あまり目新しい作品にもできず己の力不足を痛感しています。コンテストのオーナーとして大変だとは思いますががんばってください!

14/01/25 そらの珊瑚

西島トイさん、申し訳ありませんでした。

「餞のトラッド」でしたね。再度読み直させていただきました。
爽やかかつやはり切ない気持ちになりました。
はじめまして、ではなかったですね。
どうも最近とみに記憶力が残念なことになってまして…お許し下さい。
なんら力不足だと私は思いませんが、創作者は常に現状に満足しては
いけないという姿勢のあらわれではないかと見習わなければと思います。
そして温かいお言葉をありがとうございます。
私ごときにコンテストのオーナーなど努まりますかどうか。
勉強させていただいております。

14/01/26 四島トイ

>そらの珊瑚さん
たびたびありがとうございますー
わざわざ読み直していただけて恐縮です。もっと読んだ方に何か残せるような作品を書けるよう精進していきます。ありがとうございました。

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