1. トップページ
  2. やがて訪れる闇

t-99さん

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

2

やがて訪れる闇

14/01/18 コンテスト(テーマ):第四十九回 時空モノガタリ文学賞【 絶望 】 コメント:3件 t-99 閲覧数:1101

この作品を評価する

 水曜日、午後9時28分、定刻通り停留所にバスは停車した。月明かりが薄ぼんやり辺りを照らしていた。小学三年生の桃花がステップをゆっくり降りてくる。迎えにきていた母親の美佐子のもとへ駆け寄る。私は遠目からそれを眺めていた。手をつなぎ住宅街へ、自宅までは十分たらずだ。私は車のエンジンを再びかけた。道は一方通行の狭い路地で街灯もまばらだった。ヘッドライトをつけず一定の間隔で後を追う。煙草から吐き出された煙がフロントガラスをすり抜け親子にまとわりついていく、そんな気がした。

 この一年、ずっと観察してきた。私にも妻と娘がいた。妻とは職場で知り合い結婚した。子どもに恵まれこのまま妻とふたり娘の成長を見守っていく。そう信じていた。
 自動車運転過失致死傷罪。幸せはあっけなく終わった。飲酒運転の末、杉森義彦は私の妻と娘の命を瞬時に奪っていった。同僚と一杯ひっかけ軽い気持ちで運転。申し訳ないと涙ながらに私の前で彼は額を床に擦り続けた。
 被告人の弁護士村上達也は職場と家庭での彼の人柄そして私に宛てた長い謝罪文を読み上げた。「罪を憎んで人を憎まずと申します」法廷で傍聴人に問いかける。過ちを犯してしまった彼に更生の機会を、反省する姿に減刑を、熱心に弁明した。もちろん車道よりにはみ出して歩いていた妻と娘の過失を話すことも忘れはしなかった。
 懲役七年。彼に言い渡された量刑だった。私は耳を疑った。車でひき殺しておいてわずか七年たらずで許される。愛するふたりの命はこんなにも軽いのか? 怒りを通りこし握りしめた遺影を震えながら抱きかかえていた。司法制度に意味などなかった。慰謝料を知りさらに愕然とした。『あなたの妻と娘さんの命の値段はこれくらいでしょう』裁判所にそう言われた気がした。判決のあと危険運転致死傷罪を知った。悪質な交通事犯に対する刑罰のはずが彼の場合、酩酊状態でなく正常な運転判断ができたとの理由で適用されなかった。殺され損。泣き寝入りするしかなかった。どうにもできない苛立ちが込み上げてくる。どす黒い何かが私の中で生まれていた。
 杉森は獄中から手紙を何度も送ってきた。妻と子供がいること。ふたりを失う気持ちを想像し許しを乞うてきた。大切な者を奪ってしまった後悔と自責の念を綴っていた。便箋はところどころふやけ文字が滲んでいた。受取った手紙を読み続けた。しかし返事を書くことは一度としてなかった。
 出所の日を知ったのは村上弁護士が電話で伝えてきたからだった。反省と後悔を日々繰り返す杉森の胸の内を自分のことのように話した。「いつか彼を許せる日がきっとくると信じています」最後にこう付け加えた。どうしても許せなかった。許せる日がきっとくる? 一年かけて調べあげた。家族構成、住所からあらゆる情報をかき集めた。簡単だった。なぜなら私は彼のことをよく知っているのだ。私は事件を忘れ懸命に生きている人間を演じた。立ち直ったのだ。世間にそう思わせる必要があった。

 前方で親子が立ち止まる。疲れたのか娘が重そうな鞄を差出していた。受け取る母親の姿が私の妻子とだぶった。ヘッドライトを点灯させた。スポットライトに照らしだされるように親子が正面にはっきりと浮かび上がっていた。アクセルを目一杯踏み込む。勢いよく加速する車が風を切った。迷うことなく一直線に向う。しだいに大きくなるふたり。母親が娘に覆いかぶさる。かまわずアクセルを踏み続けた。ボンネットに鈍い音が重なりぶつかる衝撃がハンドルに伝わった。やや遅れブレーキをかける。減速する車がやがて停車した。黒い塊がバックミラーに映り込んでいた。あらかじめ助手席に用意しておいたレジ袋から缶ビールを取り出す。フタをあけ一気に中身を飲み干した。渇いた喉に残るアルコールを僅かに感じながら、私は車外へ出た。
 足元に、村上美佐子と村上桃花は重なるようにして倒れていた。ふたりとも動かない。血が流れている。おそらく即死だった。村上弁護士はどんな顔をするだろう。寛大な彼は私を許してくれるのだろうか。彼に訪れる絶望を想像した。見上げた月がやけにきれいだった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/01/21 四島トイ

拝読しました。
全体を通して主人公からの手紙を読んでいるようなスムーズな文章で読みやすかったです。登場人物一人一人に氏名を持たせることでより生身を感じさせる作品に仕上っていたと思います。

遠目からそれを眺めていた、という表現に引っかかりを覚えました。
また自動車運転過失致死傷で上限刑となった理由が曖昧に感じられました。執行猶予や量刑判断の材料など、今回扱われたテーマであれば、他を削ってでも、さらに一言二言の追記があっても良いのでは、と一読者として思いました。

拙いコメントになってしましましたが御容赦ください。次の作品を楽しみにしております。

14/01/22 てんとう虫

悲しいですね。弁護した弁護士に怒りが向いてしまったんですね。凶悪事件だとなおさらです。すごく切なくなりましたが心に響く小説でした。

14/02/05 gokui

 読ませていただきました。
 人間の凶悪性をうまく描いていますね。目には目を歯には歯をって奴ですね。相手がちょっと間違ってますが。人類が皆このような思考回路を持っていれば、それこそ絶望の世界でしょうね。

ログイン