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四島トイさん

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捨て台詞

14/01/13 コンテスト(テーマ):第四十七回 時空モノガタリ文学賞【 再会 】 コメント:2件 四島トイ 閲覧数:804

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 覚えてろ、と相手は捨て台詞を残す。僕はそれを律儀に覚え続けた。
 だがそれは何の役にも立たなかった。自分の頭の中に山ほど積み込むだけで、誰も回収しようとしなかった。台詞の不法投棄を誰かが取り締まるべきだとすら思った。
「憤まんやる方ないんですよ。何で誰も回収しに来ないんですか」
「そりゃあ。君にボコボコにされるのが嫌だからでしょ。とはいえ二十人相手にして指の骨折だけで済むと思わなかった。どれだけ頑丈なの、君」
 厚原さんは研いでいた爪に息を吹きかける。車座交差点近くの雑居ビル二階にある厚原法律事務所。所長の厚原さんと、事務兼用心棒の僕しかいない小さな事務所だ。
 僕は左手の人差し指に巻かれた包帯を示す。
「頑丈じゃないですよ。もう診療所通い二か月ですよ。それに二十人じゃなくて十八人です」
「そんなの覚えてるの?」
「だって覚えてろ、て言うんですもん」
 変なところで律儀だねえ、と厚原さんは呆れたように眉を下げる。
「そもそもですよ。厚原さんが交渉する。こじれる。厚原さんが挑発する。相手が激怒する。お付きの人が拳を振るう。僕が殴られる。僕も殴る。殴って殴って、交渉が終わる。帰り際に言われる……」
「覚えてろ、て?」
 そうですよ、と僕は強く頷いた。厚原さんはふうっと息をつく。睫を伏せると肘をついて顎を置く。
「吹き荒れる以暴易暴の嵐。か弱くて無力な私にはどうしようもないのね」
「……いや、厚原さんにも問題があると思うんですけど」
「ないわよ」
 あっけらかんと応じる姿に先程までの憂いの表情はない。断ずる声には躊躇いすら感じられない。
「もう少し穏やかな仕事しましょうよ。荒っぽすぎますって」
「だから君が必要なんでしょ。いいことだよ。人に必要とされるって」
「そりゃそうですけど」
「他者との繋がりは人生の喜びよ。愛される。好まれる。記憶される」
「なんですか、それ」
「嬉しい関係性ランキング。君の頭の中も価値があるのよ」
 厚原さんの口調はちっともそんなことを思っていないように感じられた。


 診療所の待合室はいつものように混み合っていた。ふと、雑誌ラック脇の席にいる男が目に入った。短く刈り込まれた頭髪に、山賊のような髭。ジャケットの上からでもわかるたくましい筋骨。体格に似合わない円らな瞳の上の切り傷に見覚えがあった。
 気付けば席を立って、あの、と声をかけていた。男が顔を上げて、ぎょっとするように目を見開いた。
「……な、なにか」
「隣、いいですか」
 男は目を逸らしたものの、小さく頷いた。彼は雑誌を手に取ると、パラパラとめくり始めた。速読のようなスピードで捲られるページを横目に見る。パタンと雑誌を閉じるとラックに戻す。足をわずかにトントンと踏み鳴らし、さてと、と呟きながら腰を浮かせた。
 あの、と再び声をかける。男の肩が跳ねた。
「怪我、大丈夫ですか。サングラス割ってすみません」
 しばし中腰のまま硬直した。逡巡が全て書き現れているかのような背中を見つめる。すうっと深く空気を吸う音が長く続いた。どすんと腰を下ろす。覚えてたのか、と彼は息を吐いた。
「……で、何だ。俺を叩いても何も出んぞ。会社をクビになったんでな」
「……僕が殴ったからですか」
 男は自嘲気味に唇を歪めた。
「まあな。体格だけの用心棒はいらんとさ」
「なんか、すみません」
「しかし足を洗うのも楽じゃないな。こうしてあんたに追われるなんて」
「いや、追ってませんよ」
「それでもやるなら、出来れば肋骨は避けてくれ。治療中なんでな」
「だから違います。たまたま見かけたから声かけただけで」
 男は顎を突き出し、訝しげに目を細めた。
「……たまたま俺を見かけて、世間話でもしようってのか。まさか冗談だろ」
「だめですか」
「いや、あんたにとっちゃ有象無象の一部だろ。俺は」
「でも、覚えてろ、て言ったじゃないですか」
 呆れたな、と男は頭を撫でる。ざりざりと髪の毛を鳴らしながら、吹き出すように笑い始めた。向かいの席の女性があまりの不審さに席を移動する。
 男は僕の肩をバンバンと叩いた。
「会社でだって俺は有象無象の一部だった。ましてあんただったら尚の事。言っとくが、あんたがヒーローなら俺は悪の手先の戦闘員だぜ」
「だから何なんですか」
「いや、まあ、嬉しいもんさ。覚えられてるのはな。考えてみりゃ再会したと気付かない再会ってのは悲劇だ」
 受付から声がかかる。どうやら彼の順番のようだった。彼は腰を浮かせると、ありがとなヒーロー、と言ってニッと笑った。お大事に、と声をかけると、あんたもな、と笑い返される。歩き出した彼がふと思い出したように、振り返る。


 覚えてろ、と相手は捨て台詞を残す。僕はそれを律儀に覚え続けた。
 だからそれは何かの役に立たっているのかもしれない。


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このストーリーに関するコメント

14/01/14 朔良

四島トイさん、こんばんは。
拝読いたしました。

厚原さんいいキャラしてますね!
相手の捨て台詞を真に受けて、律儀に相手のことを覚えている用心棒さんも素敵です。
悪役側さんとの再会もほのぼのしてて…このお話、なんだか好きです。
楽しかったです。ありがとうございました。


14/01/15 四島トイ

>朔良さん
 こんばんは! コメントありがとうございます。
 朔良さんはキャラクターを褒めてくださるのでとても嬉しいです。わたしは登場人物の造形が得意ではないので……
 もっとすっきりまとめられるよう、頑張ります。ありがとうございました!

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