1. トップページ
  2. ミイコの歌

クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

投稿済みの作品

3

ミイコの歌

14/01/06 コンテスト(テーマ):第一回OC 【 猫とアオゾラ 】  コメント:6件 クナリ 閲覧数:1180

この作品を評価する

冬晴れの十二月。
私は家の縁側で、ぼうっと座っていた。
昨日の夜、ミイコが息を引き取った。
私が産まれてから十三歳になる今まで、ずっと一緒に暮らしてきた。
うちは古い木造家屋の平屋で、居間の片隅にミイコのお気に入りのスペースがある。
冬でも朝から夕方まで日が当たるその場所で、ミイコはよく丸まるようにして寝息を立てていた。
でももうどこにも、ミイコはいない。

ミイコはなかなかの変わり者で、おばあちゃん達も手を焼いた。
縁の下へ潜っては、体中を土だらけにして家へあがりこむ。
庭の小さな池に飛び込み、全身びしょぬれになってこれまた居間をうろつく。
私もよくミイコと一緒になって遊んで体中を汚して、そしておばあちゃんに叱られた。
叱られながらこっそりと、ミイコに視線を向けてニッヒッヒと笑いかけてなお叱られた。
近所の人たちはミイコを指差して、ありゃもう頭がおかしいんだ、とうそぶいていた。

けれどミイコは、私には優しかった。
私が部屋でふさぎこんでいる時には頬をすり寄せてきた。
父親のいない私が、家族の絆を謳ったテレビ番組を見て複雑な気分になった時は、私のベッドで一緒に丸まった。
ミイコとは会話はできなかったけれど、私の気持ちは伝わるようだった。

時折、縁側で、ミイコが歌を歌っていたことがあった。
歌といってもミイコは言葉がしゃべれないので、ナア、とか、アア、とかそんな発音をして、適当なメロディをつけて喉を震わせていた。
時には私と二人で合唱することもあった。
私もミイコに負けず劣らず、歌はひどいものだった。
産まれてから今日まで、嫌なことは人並みに色色あったけど、縁側でミイコと転がっていると、まあ大抵のことは大したことじゃないな、あまり深く考えずに気楽に生きていこう、と思えた。
あの時間は、もう手に入らない。

もう二度とミイコに会えないなどということは、信じられなかった。
昨日から、家の中の色んな場所を覗き込んでは、彼女の姿を探した。
何を騒いでいるんだいと言わんばかりに、その辺からミイコが現れるんじゃないかと期待しては、そのたびに打ちのめされた。
自分の家が、まるで他人のそれのように思える。
ミイコのいないこの家は、家具も間取りも全て同じでも、もはや私の知らない空間になり果てていた。

ミイコは、私を産んでくれた女の人だった。
名前は漢字で、美衣子と書く。
私を妊娠している時に、私の父親と、私のことでかなり激しく揉めたらしい。
その時にミイコが頭を激しく打つ事故が起きて、そのせいで記憶と人格と正気、そして言葉を失ってしまったということだった。
ミイコが死んでしまった原因も元をたどればその時の後遺症らしいのだけど、詳しくはよく解らない。
その事故以来私の父親は遠くへ逃げ、私はおばあちゃんの家で育てられた。
以前のミイコがどんな人だったのかは知らないけれど、一緒に暮らしてきた、奇行ばかり繰り返すミイコのことを私はとても気に入っていた。
お母さん、と呼んでも返事をしない。
ミイコ、と呼ぶと振り向いた。
私達は一番の友達のように育ってきた。
私の頭やほほをなでるミイコの手は暖かくて、柔らかかった。

私は縁側で頬杖をつき、何とかしてもう一度ミイコに会えないだろうかとずっと考えた。
雫がスカートを叩く音が聞こえて、ようやく私は自分が泣いていることに気づいた。
悲しかったからではない。
怖いのだ。
たとえ家族であっても、祖父母では埋められない穴の大きさに、私はおびえていた。
ミイコが私の体に残してくれた暖かな感触の記憶も、いずれは薄れて消えてしまう。
それがどうしようもなく怖かった。
すがるようにミイコの思い出をたどると、あのへたくそな歌に思いが至り、私は、同じような調子で鼻歌を口ずさんでみた。

やはり、自分でもはっきりと解る、ひどい音痴。
歌の才能はしっかりと遺伝しているようだった。
ナア、とか、アア、とか、うめき声のようにしか聞こえない雑音。
それでもその音に包まれている間は、ミイコの姿がより鮮明に思い出された。
どこにもいなくなってしまったミイコ。
もう一生会うことのできない、私にとって代わりのきかないたった一人。
それでも、彼女のことを考えて、彼女のように歌ったなら、彼女の想いにはもう一度会うことができるような気がする。
それはこれから先ずっと、私が死ぬまで。

ただし、今の私の歌はミイコよりもさらに下手だった。
音痴の程度は同じくらいのはずなのに。
その原因は、解っている。
引きつる喉と、涙が邪魔をしているのだ。

冬の晴れた空の下。
庭先に干された布団。乾いた地面。
慌しく葬式の手配をする、おばあちゃん達の気配。
手伝えることもないので、縁側に座ったまま、青空へ向かって、私達の歌は続く。

やはり、涙だけが邪魔だった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/01/06 クナリ

どうもすみません猫出ません。
「着想を得た程度でも可」というオーナー様のお言葉を頼りに、
このようなものを投稿しました。
叙述トリックもかくや、ですね。
どうもすみません。

14/01/07 泡沫恋歌

クナリさん、拝読しました。

最初は猫の話かと思ったけれど、そういう話だったんですね。
なるほど・・・逃げちゃったお父さんはどこに行ったんでしょうか?

なにを謝っておられる?
どうか書こうが書き手の自由ですよ(笑)
読み手がそれをどう受け止めようが、それも自由なんだもの。

14/01/07 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

これは、猫と人が重なって書かれているのでしょうか。私は、そう捉えて読み終えました。ミイコになってしまった母親は、彼女にとってはいつまでも母親だったことは確かなものと残っています。
両親が揃っているにこしたことはないけれど、母子家庭のほうが良い、いえそれどころか、そっちの方が充分だと思うことあります。
「ねえ、クナリさん、世の中は幸せを絵に描いたように表すけれど、決してそれは絵なんかでは、描けないものではないかしら……」そんな言葉を呟くことで、この作品に対する私のコメントにしたいです。ありがとうございました。

14/01/10 クナリ

泡沫恋歌さん>
コメンツありがとうございます!
そうなのです。
猫とアオゾラ、というテーマを叙述トリックに利用(?)させていただきました。
叙述トリックって自分としては結構好きなのですが、邪道のように
言われることもあるので、まあそういうのも含めてどうもすみませんとッ。
逃げちゃったお父さんはその辺の気のいい女と幸せにやってるんじゃないですかねー…ヘッ(ヘッて)。

草藍さん>
自分の姉が母子家庭なのですが、娘が超母親ラブなので大変ありがたいです。
小学三年で「ママ、彼氏は作ってもいいけどパパはいらない。家に男の人を入れないでね」とのたまったので姉と二人で仰天したことがあります。
おそるべし現代っ子。
で、この話はですね、「ミイコ」という名前と「猫とアオゾラ」というテーマ、そして「縁側」「日が当たる場所で丸くなる」「縁の下へ潜り込み、ナアとかアアとか鳴いたりする」などの要素を並べておくことで、ミイコが猫だと読み手様に思わせた状態で話を進めていき、「私を産んでくれた女の人だった」という部分で『実はミイコは心を壊した人間ですよ、ミイコが猫だなんて一言も言ってないでしょう』というサプライズとなるようにもくろんだ話なのです。
幸せってねー、何か目指す「幸せの形」が人それぞれにあって、それを手に入れようとがんばるんですけどね、手に入ったと思ったら何か違ったりすぐに潰えてしまったりで本当困り者ですねー。なものだから「幸せの形」を世の中が絵にしても、その時点で嘘になってしまいますしねー。
わたくしめにはそのような浅いレスしか書き起こせませぬが、草藍さんのお言葉は深いです。
こちらこそ、ありがとうございました!

14/01/26 猫兵器

クナリ様

2作目のご投稿ありがとうございました。とても嬉しく思います。
なお、テーマとの整合性に関しては、全く問題ございませんので。念のため。
とてもお見事な叙述トリックでした。実は「アイドル」がテーマの時に拙作でも似たようなことをやらせて頂いたのですが、ずっと出来が良いので勉強しながら拝読致しました。
少し歪で変わった毛色ではあるけれど、紛れもなく一番近い家族の絆がありました。
そのせいなのでしょうか。強い喪失感の中に、不思議なぬくもりを覚えるような読後感でした。

14/01/27 クナリ

猫兵器さん>
同一テーマに二作品投稿したのは初めてでした。
良作が飛び交う、良テーマでしたね。
叙述トリック自体は考えていると楽しいのですが、それだけではなく
ストーリーの面白さも盛り込めたらいいなと思っていたので、
お言葉とてもうれしいです。
ありがとうございます。

ログイン