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四島トイさん

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見渡す屋根

14/01/05 コンテスト(テーマ):第一回OC 【 猫とアオゾラ 】  コメント:2件 四島トイ 閲覧数:899

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「遅い」
 教育係のセオがやっと口を開いた。押し殺した鋭い声。来た、とぐっと歯を噛み締める。
 大通りを少し外れ、石畳の路地をわたし達は歩いていた。先を行くセオが振り返る。猫である彼の視線はどうしても見上げるかたちになる。薄く開かれた瞼から覗く緑玉色の瞳。尻尾がゆるりと動く。
「……だって」
「排煙口の掃除だけのはずだ。また屋根から景色を見ていたな」
「いいじゃない。それぐらい」
「僕の目を盗んでサボるんじゃない。癖になって作業に集中しなくなる」
 しゅうっという鋭い唸り声に思わず首が竦む。
「アンリ。君が煙突掃除人を好ましく思っていないのはわかる。誇りを持てとも言わない。だが仕事をおざなりにするな」
「わかってる」
「わかっていない。君の仕事は確かに女王が割り当てたものだ。だが、それは君の特性を判断して」
「わかってるよ!」
 攻め立てる声に苛立つ。手にしていたスクレイパーを握る手に力がこもる。煤に汚れた作業着が目に映る。肩にかけた安全帯。機能性だけを優先した無骨な靴。ワイヤーブラシの使い過ぎで擦り切れた掌。
 ゆっくりと深呼吸する。
「……わかってる。自分が煙突掃除人にしかなれなかったことくらい」
 背後の大通りを馬車が通り過ぎる音がする。路地の向こうから子どもの声が聞こえる。差し込む陽の光は少なく、わずかに肌寒さを感じる。
 セオはしばらく黙っていたが、懸命だな、と小さく言って歩き出した。
 涙はぐっと堪えた。この半年で一体、何度涙を堪えただろう。好きなことも、やりたいこともわからないまま、薄汚れた煙突掃除人になった自分を思いながら。
 とぼとぼ歩きながら、セオの形の良いお尻をぼんやり眺める。すらりとした後ろ足。ピンと伸びた三角の耳。首の付け根の毛は見るからに柔らかそうだ。
 その後姿を眺めながら、わたしは今朝の話を思い出す。


 セオがかつて人間だったと話したのは、同僚のスーだった。
「しかも煙突掃除人だったらしいよ」
 潜められた彼女の声が周囲の喧騒に紛れる。朝の寮の食堂は仕事仲間で溢れていた。町一番の清掃請負所。老若男女入り混じっているが、この国では女王様が十四才になった国民に仕事を割り当てる。従うことは義務だった。
 皆、同じ経路を辿ってきたのだと思いながら、スーに顔を向ける。
「セオは猫だよ。うるさい教育係」
 カップをドンとテーブルに置く。
「うるさいし、細かいし、事あるごとに『君は煙突掃除人だ』て。おまけに自分は屋根の上に登りもしないんだよ」
 窓際で伸びをしながら指示を出す彼の姿が思い出される。こっちは灰まみれで働いているというのに。
 スーは、ううん、と唸った。
「聞いた噂だとさ、セオは仕事を拒否したから女王様に猫にされたんだって。で、それ以来、一度も屋根に登らないらしいよ。本当なのかな。ねえ、あたし気になってきちゃった」
 ちょっと聞いてみてよ、と言うスーに、聞けるわけないでしょ、と応じたが胸がざわついた。


「あなたが人間だったって本当?」
 気付いたらそう問いかけていた。五階建のお屋敷で、屋根に登る準備をしている時だった。口に出してからしまった、と思ったが、セオは驚くほど落ち着いてみえた。
「ああ。人間だった」
 前足で顔を擦りながら短くそう答えた。そして、安全帯が緩んでいると指摘する。わたしが驚いて動けないでいるとセオは、別に隠しているわけじゃない、と首を回した。
「……どうして猫になったの?」
「煙突掃除から逃げ出した。自分の仕事じゃないと思ってね」
 セオは目を細める。
「しかし僕にはやりたいことも、成りたいものもなかった。怠惰で無為な日々。気付いたら猫になっていた。君にはそうなって欲しくない」
「……屋根に登らないのはどうして?」
「そこは煙突掃除人の仕事場だ。この町で空に最も近い場所。僕には資格がない」
 遠い瞳だった。
 窓の外の青空のずっと向こうを見る目だった。
「ねえ、セオ。肩に乗って」
 セオは首を傾げたが、わたしは構わずセオを抱き上げた。窓を出て、煙突脇の鉄梯子に手をかける。セオが腕のなかで暴れた。
「だめだ。僕は」
「静かにして。落ちる」
 しぶしぶ丸まるセオを抱えて屋上に出る。陽の光に目を細めた。セオがおずおずと身動きするのがわかる。ピンと強張った尻尾。毛がざわざわと揺れる。その背中に語りかける。
「セオ。わたしは探すよ。ダメって言われても。でも煙突掃除だってやめない。だって、わたしのやりたいことがこの屋上からなら、見つかるはずだから」
 セオを屋根の上に下ろす。彼はぐっと頭を上げた。
 町と空を見渡したままセオは振り返らなかった。吹き抜ける風に、懸命だな、と感心するような小さな声が混ざった。
 わたしは握った拳を掲げて応える。
 煤の汚れも気にしないで真っ直ぐに。


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このストーリーに関するコメント

14/01/26 猫兵器

四島トイ 様

ご投稿ありがとうございました。拝読致しました。
14歳になったら女王が仕事を割り当てる国、煙突掃除人の少女、教育係の猫。なんて魅力的な要素の詰まったファンタジーなのでしょう。
冒頭からわくわくしながら読みました。
空に一番近い場所から見渡す景色は、二人の目にはどのように映ったのでしょう。また、かつてのセオより一歩先に踏み出したアンリは、これからどんな物語を紡いでいくのでしょう。
心が踊るような、素晴らしい世界の一端を感じることができました。
とても丁寧に描かれているだけに、大事なところでの「賢明」→「懸命」の誤字は少し残念でした。

14/01/26 四島トイ

>猫兵器さん
 こんにちは!
 読んでくださってありがとうございます。コメントまでいただいて恐縮です。オーナーさんは大変ですね…読み苦しい作品で御負担になっていたかと思いますが御容赦ください。
 煙突掃除人の話はずいぶん前に他所で書いたのですが、結末が気に入らずお蔵入りにしてしまいました。今回もショートショートで扱うならもっと上手いやり方があったのではないかと後悔しきりです。
 それにしても丁寧に読んでくださってありがとうございます! 賢明と懸命の箇所は、当方でも投稿してから気付きました。一晩のた打ち回ったのですが、まあ懸命でもいいか、と開き直って心の平安を優先しました。とはいえ変換ミスは事実ですので、推敲の甘さの改善を今後の課題にしたいと思います。
 オーナーコンテスト大変でしょうが頑張ってください。ありがとうございました。

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