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日向夏のまちさん

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捨て猫のステップ

14/01/04 コンテスト(テーマ):第一回OC 【 猫とアオゾラ 】  コメント:4件 日向夏のまち 閲覧数:1031

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体は弱いながら、まわりからは羨まれる良家に生まれた。
だからこそ、
「よっ! 嬢ちゃん」
この自由なおじさんに憧れたのだろう。
「おじさん!」
背高のっぽの体を畳み、今日も陽気に窓から侵入。侵入者もとい闖入者は、親戚のおじさんだった。二階にあるこの部屋へ、木を登って毎日来てくれる。外に出られない私の為に、美しい自然を携えて。
「見ろよ、嬢ちゃん」
「? ……わ、宝石みたい!」
「樹液だよ。綺麗だろ」
楽しそうにクククと笑う。くしゃっと楽しそうなその笑みが、私は好きだった。
好きだったのに。

「今日で、最後だ」
「え?」
それは丁度、私が十六になる頃だった。会うのは今日で最後だと、唐突に告げられたのだ。何故と問えば、
「旅に出るから」
と、おじさんは冗談めかしてくしゃりと笑う。
「連れて行ってよ」
「深窓のご令嬢サマを?」
「だからこそ」
外の世界に憧れていた。屋敷の中は、味気なかったから。おじさんが運んでくる自然だけが、光っていたから。
「ねぇ」
詰めよれば、おじさんは僅かに頷いて。
私はこっそり、屋敷から逃げ出したのだった。

何もかもが新鮮で、初めてで、輝いていた。
踏みしめた草の感触。髪を躍らせる風。寝転がった地面からは、水と土の香りがする。空が近かったのは、草原。
ひんやり心地よい石畳。人々の活気。久々に温かな食事と真白いシーツ。静謐な路地裏で黒猫に出会った、隣町。
あちこち旅してまわる内、私は裸足で歩くようになって。
軽やかな足取りは猫の様だと、おじさんにくしゃり笑われる。
私からしてみれば、おじさんの自由さが猫らしいと思うのだけれど。しかしそれを言う度、彼は何故か悲しげに笑うのだった。

「今回は長く滞在するよ」
それは、旅立ってから一年と半分が過ぎた頃。この国の王様が住んでいる立派なお城がシンボルの、煌びやかな町での事だった。
「どうして?」
激安宿のベッドに腰掛け問うと、
「旅費が底をつきそうなんだ。軽く働いて、稼がないと」
困った様に、おじさんが。私が頷くと彼は笑って、宿から出て行った。
私は裸足のまま町へ駆け出した。裸足だときらめきが多いから、好きだった。
ひたひたと地を蹴る。
見上げれば蒼穹。
鮮やかな賑わいの雑踏。
焼きたてパンが芳ばしく。
軽やかに跳ねる市場。
爽やかに薫る林檎を齧り。
踊る飛沫に足を浸して。
ふと見上げれば、いつか見た濃紺の海が空を染めていて。
「……怒られるかな?」
そんな風に何時も、急ぎ足で宿へ向かって。
困った様なおじさんの笑顔と湯気を立てる野菜スープがお出迎えで。
とっても、幸せで。

そんな日が、二週間ほど続いただろうか。

「そろそろこの町を出ようと思う」
「え、もう?」
おじさんの苦笑。
明日の朝には出たいとの事で、出かけるおじさんの荷物もまとめとくよう頼まれた。まだまだ見たい場所もあったけれど、私ばかり遊んでは忍びないので引き受けた。
「今日は帰りが遅くなる。先に、寝てていいから」
頷き、背高のっぽの後ろ姿を見送る。何時もとは、何かが違う気がしたのだけれど、それが何かは解らなかった。
結局もやもやしたまま、その日は一人ベッドに潜った。あまり動かなかったせいか、すぐには寝付けなかった。

「嬢ちゃん」と、エコーがかかった声。
それで覚め、瞼を持ち上げた。陽光が差し込む。虹色。
体を起こして深呼吸。ほうと息を吐き出したときだ。
「嬢ちゃん? 起きたかい?」
「おじさん?」
どこか切迫した声は、ドアの方から。小走りに。
すると、部屋に入ってすぐの所で壁に背を預けるおじさんの姿。長身をくるむ白いシャツには、赤黒いしみ。
「な、どうし――」
「しくじった。取り敢えず一人で逃げてくれるか」
「え……!?」
押し付けられたのは、癖のある走り書き。
「早く逃げろ!」
向けられたのは、悪意の無い銃口。

そこから、記憶がない。
気付けば私は町外れの草原に立ち尽くしていて、訳も解らず泣いていた。
手の中には、くしゃくしゃのメモ紙だけ。なんとか視線を落とす。
『簡単な事だけ書く。俺は、この国と対立関係にある隣国に雇われた諜報員だ。今回の旅の目的、後継ぎの王子を暗殺する事は成功したけど、逃げる途中でしくじった。下手すると嬢ちゃんも危ない。俺の事は忘れて、逃げてくれ』
「……簡単過ぎるよ、ばか」
理解は追い付かなかった。けれど、たったひとつは明確で。
気まぐれで、身軽で、自由な、猫みたいだったおじさん。そう思っていたのが、

全くの、真逆だった。

背後の町で吠えた銃。
空は、吸い込まれそうに青い。
捨て猫の私を、隣国の犬を、祝福する様に嘲笑う様に、絶望の様に、青い。
「……あなたのせいで、」
青空よ、
「私は、幸せだった……!」
この声さえも、吸い込んでしまえ。
裸足で、駆け出した。


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このストーリーに関するコメント

14/01/04 光石七

拝読しました。
まさかの展開、唐突過ぎるとも取れないこともないのに、ググッと引き込まれて納得してしまう、強い力を持ったお話でした。
文章・表現がとても綺麗で上手ですね。羨ましいです。

14/01/05 日向夏のまち

光石七様
コメント、ありがとうございます!
唐突過ぎるとも取れないこともない、というより、はい、完全に唐突でございました。そこが自分でも納得行っていない所です。
と、思っていたのですが、
「引き込まれて」「納得してしまう」。このコメントに、ホッとしました。ありがとうございます。

なんと。素晴らしい掌編をお書きになる光石様が、わたくしめの文章などに羨ましい、ですか。
それすごく、嬉しいです。しかし、表現が上手くとも中身が残念なので、宝の持ち腐れもいいところですよ。まだまだです。

ありがとうございました!

14/01/20 猫兵器

日向夏 様

はじめまして。拝読致しました。
怒涛の展開ですね。
文字制限の中でこれだけお話を転がすのは、すごいと思いました。
猫から犬への転換は鮮やかで、また、「この声さえも、吸い込んでしまえ。」の一文には、切なさと爽やかさが同居しており、心地よい読後感でした。

14/01/21 日向夏のまち

いらっしゃいませ、猫兵器様! 
それとも、ここはオーナー様として接するべきなのでしょうか?

さておき、
怒涛の展開、といえば少しは聞こえもいいでしょうかね(苦笑)
いえ、大分駆け足になってしまって、「嬢ちゃん」に見えた筈の輝かしい情景描写が、あまり出来なくて。
個人的には、大変無念ですよ。

あぁ、読後感、良かったですかぁ……。
いや、なんか、どう締めていいかわからなくて、いまいちかなぁと、思っていたので……。
良かったぁ……!
安心しました。客観的な視点、欲しかった所です!

ありがとうございました!

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