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四島トイさん

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蕨野唐子と猛毒ソレナリニー

13/12/30 コンテスト(テーマ):第四十六回 時空モノガタリ文学賞【 夢 】 コメント:6件 四島トイ 閲覧数:1074

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 夢を見たんだよ、と蕨野唐子は早朝の教室で呟いた。
「中学の頃。県大会の夜。ちなみに大会はダメダメで、そりゃあ泣いた。悔しくてね」
 彼女は眼鏡を拭きながら続ける。首にかけた無骨なヘッドホンが目に付く。
「部員も皆泣いてた。私は悲嘆に暮れて家に帰って、寝た。眠れるもんか、と思ったけどあっという間に寝たよ。で、夢を見た。私の人生の夢を」
「それはまた壮大だな」
 漆山与一は窓の外を見ながら応じた。まさか「部活に入らないか」のひと言で話が展開するとは予想していなかった。早朝の校庭では運動部員達がゆっくりと体を動かしていた。
「中学を卒業してから畳の上で死ぬまでの夢。そこで私が何を思ったかわかる?」
「わかるはずがない」
「『それなりに楽しかったなあ』て思ったんだよ」
「……そりゃ良かった」
 与一は何とかそうとだけ答えた。蕨野女史を部員として勧誘してね、と気軽に言った生徒会長が恨めしかった。朝早くに登校するという彼女を待ち伏せたものの、先の見えない演説に、既に挫けそうだ。
 彼女は首を振った。
「衝撃だよ。こんなに泣いたのに最期は『それなりに』で片付く。でも理解したんだ。高校に行ってもそれなりに。大学に行っても就職しても結婚しても、それなりに。私の努力は私の枠を越えられない。そう思ったらもう、頑張れなくなった」
 唐子が眼鏡をかける。二つに縛った髪が揺れた。
「この夢は猛毒だ。猛毒ソレナリニー。私はその中毒者。だから漆山君のお誘いにも応じない。何部か知らないけど」
 ヘッドホンを装着すると、彼女は机に突っ伏した。
 こうして早朝の勧誘は一方的に打ち切られた。


「一回で諦めちゃだめですよ。漆山部長」
 後輩である諏訪水見が吼える。昼休み。三階の渡り廊下。今朝の勧誘の結果を伝えた後だった。
「会長命令なんですよ。ウチの部には蕨野先輩みたいな頭脳派が必要ですよ。中学生クイズ大会県大会四位ですよ」
「……何度聞いても微妙な経歴だな」
 とにかく、と水見は手にしていた牛乳パックにストローを突き刺す。
「高校生活をヘッドホンで切り離すなんて勿体無いです」
「個人の自由だろ。諏訪。お前なあ蕨野と直接話してみろ。疲れるぞ。話の先が見えないんだ」
「泣き言なんて聞きたくないです」
「しかしな、蕨野にとっては夢の指針が絶対だ。もう人生を夢で見ちまったんだからな。自分では何もしないだろ」
 もし自分がその夢を見たら、と与一は想像した。が、気が滅入るだけに思えた。
 水見は与一に指を突きつけた。
「それを何とかするのが私達じゃないですか」
 ずここ、と間の抜けた音を立てながら牛乳を飲む後輩の姿にどこか力が抜ける思いだった。


「蕨野を勧誘する理由は二つある」
 翌朝の教室。窓際の席の唐子に与一はそう声をかけた。懲りないねえ、と唐子は笑いながら近くの椅子を勧めた。
「是非聞かせてもらおうか」
「第一に、ある人にそう命令されている。部活に所属していないし、頭がいい」
「お褒めに預かり恐縮です」
 彼女は胸に手を当てると、演技がかった仕草でお辞儀をした。「二つ目は?」
「努力では自分の枠を越えられない、と知っているからだ。ウチの部にとっては最重要ポイントだ。それを理解している蕨野の力が必要だ」
 彼女は不意を突かれたように目を見開いた。それから、ふうんと口の端を引き上げた。
「興味深いね。君は私に何をさせるつもりなの?」
「湯ノ島高校全生徒の恋を成就させる」
 しばしの間があった。校庭で女子ソフトボール部の間延びした掛け声が反響していた。
 肩をすくめて、唐子が口を開いた。
「本気?」
「腹の底から本気だ」
「どうやって?」
「綿密な計画と臨機応変な行動力で」
 唐子は言葉を続けなかった。与一は一晩考えた台詞を重ねた。
「蕨野の言うとおりだ。大抵のことは自分の納得する『それなりに』程度までしかできない。自分の力ではな。だが俺達、湯ノ島高校恋愛代執行部がそこから引っ張り出す」
 ゆっくりと息を吐く。
「来てもいない夢の中の未来に従い続けるのか」
 静けさが広がった。朝日が空気を緩ませる気配を感じた。眼鏡越しに唐子の瞳が可笑しそうに揺らいだ。
「それは練習どおりのセリフ?」
「……割と上手く言えてホッとしてる」
「うん。私も、胸に響いたよ」
 で、どうする、と与一は問う。唐子は少し考える素振りを見せてから、一つだけ確認させて、と人差し指を立てた。
「全生徒、には私も含まれるのかな?」
「当然だ」
 ふうん、と鼻歌のように息を吐く。何度目かの静寂の後、唐子の唇がわずかに動いた。と、同時に廊下の向こうから生徒達の喧騒が近づいてきた。
 与一は急いで立ち上がった。他学級の己がいるのは不自然だろう。教室の扉でわずかに視線を戻す。唐子がヘッドホンを鞄にしまっていた。


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このストーリーに関するコメント

14/01/01 朔良

四島トイさん、こんばんは^^
拝読いたしました。

湯ノ島高校恋愛代執行部のシリーズですね! この連作好きなので新作楽しみにしていました。
今回、唐子さんがヘッドホンを外したっていうことは、新たな部員GETということでしょうか。
頭脳派な唐子さんの活躍が楽しみです。

ここで書くことではないのですが、「甘やかな声に佇む」が好きでそれからずっと作品読ませていただいています^^
今回も楽しませていただきました。ありがとうございます。

14/01/03 四島トイ

>朔良さん
 こんばんは。コメントありがとうございます。とても嬉しいです!

プロットに説明文を肉付けしただけのような話になってしまってお恥ずかしい限りです。本来ならばショートショートの投稿サイトで関連作の投稿をすべきではないのかも、と思うのですが彼ら彼女らは書いていて楽しいのでついテーマに合わせた話をやりたくなってしまいます。

わたしの作品はあまりコメントや評価がいただけるほどの作品ではないものばかりなのですが、そう言っていただけると本当に嬉しいです!
ありがとうございました!

14/01/04 クナリ

書いていて楽しい彼ら彼女らということですが、読んでいてもとても
楽しいです。
猛毒ソレナリニーという個性的な単語を登場させておきながら、その言葉に
固執することなく、作中に一度サラリと書くだけで、後はその言葉が象徴する
彼女の性質とそこからの解放、という構成がとても好きですね。

自分も前に書いた作品のキャラクタを複数回登場させることがありますが、
四島さんがこの部員たちのように印象的で愛されるキャラクタ造形を
されているのがうらやましいです。
それにしても、中篇程度以上の長さで読んでみたいですね、彼らの活躍を。

14/01/05 四島トイ

>クナリさん
コメントありがとうございます! 本当にありがたい限りです。

ソレナリニーに触れてくださってありがとうございます。構成を汲んでくださった慧眼に頭が下がるばかりです。

わたしは湯ノ島高校の彼ら彼女らを書くのがとても好きで、もう随分長いこと物語の中でお付き合いをしているような気になっています。
ですが、ついわたし一人が楽しくなってしまい「ひとに見ていただく作品である」という事実を見失ってしまうことが往々にしてあります。だからこそ気を引き締めて、彼ら彼女らの話は大切に書きたいと思います。

わたしはどうにも長い話が書けず、苦戦しております。昨年もなかなか賞の締め切りに間に合わせられず、断念ばかりです。クナリさんはびびっとくる作品をたくさん投稿されていますよね! 勉強させていただきます! またよろしくお願いします!

14/01/08 タック

拝読しました。

素晴らしいキャラクター性だと思います。次の展開、その後のストーリーを読んでみたくなる、魅力に溢れた人物たちでした。キャラが立つ事でストーリーにも幅が出来、深みや興味も増してくる。魅力のあるキャラクター作りが出来ない者にとって羨ましいかぎりです。今後も彼らの物語を読んでみたいなあ、と思いました。

14/01/08 四島トイ

>タックさん
 読んでくださってありがとうございます! コメントまでいただけてどう感謝すればいいのか。。

登場人物に魅力があると言っていただけるのはとても嬉しいです。わたしは「話のための人物」ばかりで「人物のための話」を書ききれたためしがありません。おそらくタックさんの仰るようなキャラクター性が無かったためでしょう。そう思っていたからこそ、このコメントにすくわれる思いです。

コメントありがとうございました!

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