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四島トイさん

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眠り姫の起こし方

13/12/29 コンテスト(テーマ):第四十六回 時空モノガタリ文学賞【 夢 】 コメント:4件 四島トイ 閲覧数:1203

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 妹にキスをしろ、というのが幼馴染の柿島さんの命令だった。
 市民病院の談話室。自動販売機の前。己の身を切るような切羽詰った口調だった。真っ直ぐな視線が、高校生男子である僕を容赦なく射抜く。彼女は、手にしていたペットボトルを握り潰す。
「有永君にこんなことを頼むのは、非常に不本意だけど。本当に、不本意だけど」
「それはお気の毒に」
 睨みつける視線がさらに鋭さを増した。目を泳がせると、白衣の医師や看護師が行き交う廊下が見えた。先ほど病室で聞いた医師の話が思い出される。


 妹さんは夢を見ています、と若い医師は言った。
「それも同じ夢を繰り返し。何度も」
 クリーム色の個室。よくわからない機材とケーブルが所狭しと並んでいた。中央の白いベッドで柿島さんの妹が眠っている。見慣れた栗色の長髪が、ポニーテールにされることなく広がっていた。血色の良い肌を見ると、彼女が二か月も眠り続けているとは思えなかった。
「そんなことまでわかるんですか」
 わかるんですよ、と医師は苦笑した。
「ただ、なぜ眠り続けるのかはわからないんです。一部では、日常生活では処理しきれない情報量を脳が整理している、という意見もあります。いつかは目が覚めるはずですが、きっかけが必要です」
「電気ショックとかですか」
 柿島さんが僕の後頭部を思いっきり殴った。医師は眉をハの字にして、強い衝撃は脳に障害を残す可能性があります、と説明した。
「夢を見続けてはいますが、終わりがあります。あくまでも再上映なんです。ですから、各上映の終わりはいつも目覚めに近づく。つまり夢の終わりと現実が重なれば、目覚めのきっかけとなります。そうご説明したら、あなたが適任だろうと紹介を受けましてね」
 柿島さんに目をやると、彼女は妹の傍に立ってこちらを見ようとはしなかった。


 妹さんの夢はカラー刷りのレポートとしてまとめられていた。夢がまとめられている、というのは奇妙な気分だった。
「……見ていいんですか」
「そのために呼んだの。さっさと読め」
 不機嫌さを全面に押し出して彼女が言った。急いでレポートに目を落とす。
 夢の始まりは常に判然としなかった。それは旅館や高圧鉄塔の真下、海沿いの堤防であったりした。
 ただ、結末だけがいつも同じだった。
 夢の中の妹さんは必ず、家に向かう通学路を誰かと歩いていた。会話の内容は毎回異なる。しばらくして家の近くの三叉路に到る。そこで彼女は、その人物と別れる。次の瞬間、手を引かれ、振り向くとキスをされる。そこで夢は終わる。
 夢は五日間ほどの周期で再上映を繰り返している。


「これって……」
「何も言うな。何も聞きたくない」
 柿島さんの力のこもった拳に血管が浮いていた。
 何も、とは何だろうと考える。妹さんの夢が、三か月前に僕が柿島さんにキスをした場面によく似ていることだろうか。
 とにかく僕は何も言わなかった。妹さんはその場を目にしたのだろうか。配役が入れ替わっているのは何故だろうか。そんな疑問も口にしなかった。彼女がそれを望んだからだ。
「妹は君のことが好きだった」
「……」
「小さい頃からずっと」
 小さな声を聞きながらレポートの文字を指でなぞった。そういえば、そのキスから一か月もしない内に、僕は目の前の彼女にフラれたのだなあ、という思いと共に。


 今の再上映は明日の夕方には終わる予想です、と医師は告げた。
「夢と現実の境界が最も近くなるところでなければ効果は期待できません。秒刻みの調整になります」
「妹は、夢を覚えているでしょうか」
 柿島さんが独り言のようにそう呟いた。医師が首を振る。
「目が覚めれば忘れてしまうでしょうね。普段の夢と変わりませんよ」
 そうですか、と応じる彼女の声には、緊張も安堵もなく、どこか虚ろだった。


 タイマーが鳴った。そっと妹さんを抱き起こす。髪が揺れる。吐息がすぐそこにある。機材を操作する医師に目で問いかける。真剣な面持ちが頷くのを見て、妹さんに向き直る。
 背中に感じる強い視線には、振り返らなかった。
 ひと呼吸置いて、唇を重ねた。
 部屋の隅で緑色のランプが明滅し、点滴が一拍置き、機器がピッと可愛らしく鳴った。
 顔を上げると、柿島さんがベッド脇に立っていた。
 ひどく時間が長く感じられた。それから瞼が動いた。
「……おはよう」
 柿島さんが妹を抱きしめた。ぐすっぐすっと鼻を鳴らす音がくぐもって聞こえた。
 医師が僕の肩を叩き、僕らは握手した。
 半眼の妹さんはぼんやりと室内を見回した。医師を、機材を、僕を、柿島さんを順に視線で追うと、ゆるりと微笑んだ。お姉ちゃん、と掠れた声。
「有永さんと仲直りできたんだねえ……」
 よかったあ、と続いた寝ぼけ声。
 柿島さんは何も言わずに妹の背中を撫で続けた。


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このストーリーに関するコメント

14/01/04 クナリ

短い言葉のやり取りから、クールなようでいても、激しい想いを押しとどめながら接する
登場人物たちの間でうずまく、深海の海流のような感情がひしひしと感じられました。
ラストの切なさは特筆ものですね…。

14/01/04 四島トイ

>クナリさん
 こんにちは! たびたびありがとうございます。コメント、とても嬉しいです!

『夢』も難しかったです……。ですが、どうしても書きたくなった題材が、「夢を見続ける少女」の話でした。当初のプロットと見比べると随分違う話になりましたが、お読みいただけて光栄です。

コメントもいただけて、伝わっているという安心と同時に、新しい気付きも教えていただいています。本当にありがとうございました。

14/01/06 草愛やし美

四島トイさん、拝読しました。

現代版眠り姫は、美しいけれど哀しいものだったのですね、夢見続ける少女の設定、素敵でした。
複雑な人間関係にそれぞれの人の想いが、絡み合って切ない。王子役である有永君が、淡々とした態度でしか対応せざるを得なかった気持ち。妹思いの姉である柿島さんの気持ち、お互いの想いを断ち切らなねばならない場面。夢の中の出来事を何も記憶していない妹さんのことを考えると、複雑になりますね。すべての切なさが、最後の一文に集約されているように思いました。
夢って深層心理が表れるそうです、他の人には内容は知られたくないかもですね。こんなこと可能になったら……世間で、困る人がいっぱいしsるかもですね。苦笑

14/01/06 四島トイ

>草藍さん
 読んでくださってありがとうございます! その上コメントまで……感謝感激です。

本作の柿島妹が、夢のなかでそれを夢と理解していたのか、同じ夢を繰り返しているという意識はあったのか、という点からのアプローチもできたのかもしれない、と草藍さんのコメント読んでいてふと思いました。もっと書き混ぜていくことのできるテーマだったかもしれせん。

そう思いつつも、こちらの書き表したいことを汲み取ってくださる読み手さんの目に留まったことは、この作品にとってこの上ない喜びです。ありがとうございました!

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