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カシヨさん

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ほな、また来年。

12/05/23 コンテスト(テーマ):第五回 時空モノガタリ文学賞【 京都 】 コメント:0件 カシヨ 閲覧数:1859

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 午後八時十五分、火床に組まれた薪の炎がごうごうと燃え立つと、明見山に船形が浮かび上がる。久しぶりに西賀茂の実家に戻った赳夫は、北の方角にそのなだらかな里山を見た。
 澤井のおっちゃん。
 盂蘭盆の最終日。送り火を見るたび、彼はそう呼んでいた人のことを思い出す。父の友人だったが、赳夫にとっても年の離れた友人のようで、誰よりも身近に感じていた大人だった。

 両親が共働きで多忙だったせいか、代わりにおっちゃんがどこへでも遊びに連れてくれた。何枚もの写真が赳夫のそうした記憶を裏付けた。彼の隣にはいつも、顔をくちゃくちゃにして笑うおっちゃんの姿があった。
 おっちゃんには子どもがいなかった。
「子どもかて、ええもん見とかなあかんのや」というのが口癖だったおっちゃんは、“本物”があふれるこの街のあちこちに赳夫を連れまわった。年末の風物詩、南座の顔見世興行にも当たり前のように連れていった。高学年とはいえ、まだ小学生の赳夫には、役者が話す言葉はほとんど理解不能で、長丁場の公演はただただ退屈なだけだった。少年は伝統芸能よりも幕間に食べた弁当に夢中で、実は歌舞伎にまるで興味がなかったらしいおっちゃんとふたりで、旨い、旨いと連呼しては周りの顰蹙を買った。
 赳夫の目には太っ腹で頼もしげに映る男も、見る人によって評価は変わる。周りの反応は、どうやら少年の認識とは異なるものだった。

 いろいろ連れてもうてるのは、ありがたいんです。けど、まだ小学生のあの子のために、南座の座敷席やなんて……ほんま、困るんです。それに、お土産や、言うておまんじゅうを買うてもうたんですけど、私たち三人家族に五十個って、そんなぎょうさん……。もちろんお断りしようとしましたけど、聞いてくれはらしませんし、結局ご近所の方にお配りしましたけど、毎度出掛けるたびにそんな感じなんです。私が言うと角が立ちますし、あなたから今度、澤井さんに言うて下さい。ほんま、澤井さんの奥さんには申し訳のうて、どんな顔したらええのか……。うちの子があんなようしてもうてんのに、澤井さん、奥さんには何にもしてはらへんみたいで、結婚指輪もあらへんて、私……。

 大人になれば母が父に愚痴をこぼしていたようなことにも気づけただろうが、幼い赳夫は想像もしていなかった。
 気前がよく、金に頓着しないおっちゃんは、染屋に勤めるいち職人だった。当時、和装産業はすでに斜陽にあって、景気のいい話も聞かなくなっていた。当然、稼ぎなど知れている。金銭的に余裕ある暮らしではなかったが、にもかかわらず、羽振りはめっぽうよかった。家には食費程度の金しか入れてなかったらしい。奥さんはいつも同じような服を着ていた。

 その奥さんが亡くなった。ガンだったという。
 奥さんにはおっちゃんしか身寄りがなく、赳夫の母が通夜から葬式までの一切を取り仕切った。
 通夜が終わり、片付けをしていた赳夫の母が、ふと「ほんま、奥さん……お幸せやったんやろうか」とつぶやいた。ひとり、酒を飲んでいたおっちゃんにはおそらく聞こえたはずだが、何かを答えるようなことはなかった。

 おっちゃんが死んだのは、それから何年か経ってのことだ。
 奥さんの初盆の年、赳夫とおっちゃんが送り火を眺めていると、ふいにおっちゃんが「死んだらみんな仏さんになるんやで」と言い出した。炎がときおり大きく揺らぐのが見える。いつになく風がきつい年だった。
「死んだらな、全部チャラになるんや」
「……それって悪いことをしてたかて?」
「そうや。どんな悪い奴かて、死んだらみんなおんなじや。区別あらへん。仏さんになんねん。昔からこの国ではそういうふうに考えられてきたんや」
「ふうん」
「なんや、気に入らんか」
 赳夫が不満げな調子で答えたのがわかったのだろう、おっちゃんは苦笑いを向けた。
「いや、そうやないけど……なんか腑に落ちひん。だって、例えばやけど、殺人事件があって、殺した側と殺された側が一緒やなんて、遺族やったら納得できひんやん」
 近頃ニュースで見たことを思い出し、赳夫は率直な気持ちを口にした。
「まぁそう言われたらそうやわな。けどな、おっちゃんは助かんのや」
 なんでなん、と赳夫が訝るふうに尋ねた。
「……そうやないと、あっちでも一緒になれへんやろ」

 それからずいぶんと年月が過ぎた。
 故人を悼み、鎮魂を願って焚かれる火は、今年の夏も変わらず京の夜を照らし出す。
 死んだら全部ゼロになる、というおっちゃんの言葉は今も赳夫の胸にあった。
 生前の行状がどうであれ、死んでしまえばみな同じ、仏さんとなって黄泉に渡る。
 おっちゃんももう、あっちの世界に帰ったんやろか。赳夫が見上げると、薪は燃え尽き、山は闇を取り戻そうとしていた。

 ほな、また来年。それまでおばちゃんと仲良うしてな。


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