1. トップページ
  2. 心の天気

汐月夜空さん

切ない話が好きな空想好きです。 なんでもない日常がなんでもある日常に変わる物語を読んだり書いたりするのが特に好きです。 ブログの方でも小説やエッセイ、ネタなどを書いておりますので、よければどうぞ。 twitterの方は私生活も含めて好き放題呟いてますので、汐月夜空のことが気になる方フォローお願いします。 ブログ:http://ameblo.jp/shiotsuki-yozora/ twitter:https://twitter.com/YozoraShiotsuki

性別 男性
将来の夢 物書き
座右の銘 日々前進

投稿済みの作品

0

心の天気

13/12/16 コンテスト(テーマ):第四十五回 時空モノガタリ文学賞【 雪 】 コメント:3件 汐月夜空 閲覧数:925

この作品を評価する

 祖父のことはあまりよく覚えていない。
 けれど、いつもにこにこと笑っていたことや、その顔がとても暖かだったことは、祖父が亡くなってから13年が経つ今でも忘れることは出来ない。
 特に、その顔のまま『よく来てくれたねえ、勝』と父の名前で呼ばれた衝撃は、生涯において忘れることは出来ないだろう。
 いや、ひょっとしたらそんな古傷のように疼くバツの悪い思いさえも、あの病気は綺麗に隠してしまうのかもしれないが。
 誰もがかかる可能性のある認知症という病は、降り積もる雪のように、世界を柔らかく埋めて、隠してしまうのだから。


「大樹、おじいちゃんのお見舞いに行こう」
 粉雪がちらついていたあの日、父はそう言って僕の手を引いた。入院した祖父のことをまだ元気だと信じていた僕は、何の心の準備もなく父の後に続き、煙草臭いワゴン車に乗り込んだ。
 車内に会話はなかった。助手席に座った母は落ち着いていられないようで、祖父の着替えの入った鞄の中身を確認していた。父は車の運転に集中しているようだったけれど、いつもよりも運転が荒かった。
 重苦しい空気の原因も分からない僕は、父に言った。
「おじいちゃんのお見舞いに行くんだったら、お花を買っていかなくちゃね」
「お花?」
 後部座席から身を乗り出す僕を振り向かずに、父は言った。
「うん、おじいちゃん、あのお花、好きだったでしょ?」
「スイセンね。よく覚えてたわねえ、大樹」
 赤信号に驚いた父の代わりに母が弱弱しい笑顔で答えた。
「おじいちゃんは白いお花が好きだったの。スイセンやユリ、白菊とかね。いつまでも純粋無垢な心でいられるように、って。だからなんでしょうね、おじいちゃんの心は今でも子供みたいで、全然憎むことなんか出来ないの」
 いたずらなんじゃないかな、ってそう思うことだって。
 小声でそう綴った母は、その後窓の外を見て黙っていた。僕も、そして父も病院につくまでもう声を発しなかった。


 病院につき、花屋に寄って、スイセンを買った。
 そして、僕が先頭に立って、三階の祖父の病室へ向かい、元気よく声をかけた。
「おじいちゃん、元気?」
 真っ白な窓の外を見ていた祖父は、ずいぶんとこけた顔をこちらに向け、いつもと変わらない太陽のように暖かな笑みで答えた。
「ああ、元気だよ。よく来てくれたねえ、勝」
「勝? お父さんのこと? 違うよ、僕の名前は大樹。大きな樹って書いて、た・い・き。おじいちゃんがつけてくれた名前でしょ?」
「あれぇ、勝じゃないのかねえ。それじゃ、どちらさんかねえ」
 ぽりぽりと頬を書く祖父。僕はだんだん焦ってきていた。歳を取った人がこうなるってことは聞いたことはあったけれど、その事実と祖父の状態を結びつけることが出来なかったから。どうにかして、僕のことを伝えたかった。思い出してほしかった。そうすれば、祖父はまだ大丈夫だって、そう思ったから。
「僕は大樹だよ、お母さんとお父さんの子供のた・い・き!」
 祖父は僕の必死な訴えに困ったような顔をして、父と母に向かって言った。
「困ったねえ、ところで、お二方はどちら様だったかねえ?」
 その時、僕は思い知った。
 祖父はもう僕のことを忘れていて、そして、僕もそのことを認めていたんだって。『思い出してほしかった』って思ったことが既にそのことを証明していたことを、思い知った。
 僕のせいだ。祖父がこうなったのは僕のせいだ。
 怖くて、恐ろしくて、祖父の暖かな笑顔が怖くて、思わず僕は病室から逃げ出してしまった。


 一階のロビーまで走って、どうしたらいいか分からなくなって、椅子に腰かけた僕の隣に父が立って言った。
「怖かったかい?」
 僕は黙って頷いた。あんなのってない。
「やっぱり大樹は僕の子供だね。僕も昔は怖かった。いや、今でも怖いけど。誰かに自分を忘れられるっていうのは酷く恐ろしいよね」
 また祖父の笑顔を思い出して、涙が溢れてくる僕に向かって父は「でもね」と続けた。
「あれは忘れたわけじゃないんだよ」
「そうなの?」
「うん、あれはね、心の中に雪が積もっているだけなんだよ」
 父はロビーから見える窓の先を親指で示した。窓の外では相変わらず粉雪が散っていた。風に舞って、落ちるのが惜しいように飛んでいる。
「大樹だって心の天気が変わること、あるだろう? 楽しいときは晴れて、今みたいに悲しいときは嵐になって。そんな風にさ、人は歳を取ると心の中に雪が降り出すんだ。その雪の正体は暖かくって融けることのない、過去の楽しかった思い出なんだよ。人はね、そうやって積もった雪で、今居る世界を見失ってしまうんだ。それは、きっとさ――」
 幸せ、なんだよ。
 父は呟くようにそう言った。自身を納得させるように。
 僕は何も言えず、僕の心の天気を窓の向こうに眺めていた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/01/04 四島トイ

拝読しました。
身近な話題であるためか冒頭から結末まで目を離すことができませんでした。『雪』というテーマで、この話を選ばれた作者様の選択眼に勉強させられます。

ひとつ気になった点が。。
冒頭は主人公の回想から始まっているようですが、作中を通してその効果が希薄に感じられます。結末が、主人公自身も暖かな雪の中にいる、というように衝撃的だった祖父と、今の自身との関連性があればあるいは際立ったのではないかと思いました。

拙いコメントになりましたが御容赦ください。

14/01/15 汐月夜空

四島トイ様、コメントありがとうございます。

選択眼は私自身もある程度の自信がついてきました。ありがとうございます。
ただ、文章の方はまだまだですね。改めておっしゃられた部分に着目すると確かにそう思います。
回想である必要は特になかったですね。難しいです。

今後に気を付けてみたいと思います。推敲力が必要ですね。
貴重なご意見まことにありがとうございました。

14/03/21 リードマン

拝読しました!
“雪”が暖かなモノであるという前向きな考え方は大好きです。“心の天気”、勉強させていただきました。

ログイン
アドセンス