1. トップページ
  2. 雪壁の目

kouさん

音楽、読書、美味しいお店巡りが好きです。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 上善水の如し

投稿済みの作品

2

雪壁の目

13/12/16 コンテスト(テーマ):第四十五回 時空モノガタリ文学賞【 雪 】 コメント:1件 kou 閲覧数:914

この作品を評価する

「今更だけど、お父さん浮気していました」
 と『雪壁の目』を間に置いて、わたしと向かい合っている父が言った。紫陽花をむしり取ってしまいました!と告白する少年さながらの爽快さがそこには滲んでいた。「相手は、会社の取引先の広報課の女性です。二十八歳の独身」
 父の荷物を運び出す業者は午後の三時に来る。
 部屋の隅には段ボール箱が規則正しく並べられ積まれている。それは錯覚かもしれない。規則正しく見えるようでいて見えない。たとえば、付き合い立ての男女が紡ぎ出す不揃いの影のように不確かでもある。
 その錯覚も言ってしまえば残り一時間だ。タイムリミットといってもいい。家族は離散し、全てがリセットされる。
 マンションの十三階、父たちが購入したのは十七年前、つまりはわたしが生まれる直前の頃にはこのあたりで一番高層で、値段の割には部屋数も多く、日当りも良く、いいことだらけの物件だったらしいが、今となっては黄色い染みが付着し、謎めいたシールが貼られ、芸術には程遠い黒い斑点まであり、テーブル変わりに使っているのは『雪壁の目』だ。というか、テーブルだ。
「浮気は終わった事だから、今まで家族に黙っていた秘密について語り合おうよ」
 とわたしは提案したというか、催促した。正確には母が最初に言い出したことだ。母はこの日のために美容院でトリートメントをし、ストレートのロングヘアが光って見えた。言ってしまえば、艶やかだ。そんなわたしも付き添いでカラーをしてもらった。
「じゃあ、まずは玲奈から」と母。
「三ヶ月前だっけ、女友達と一拍旅行行くっていったけど、実は勇太といったんだ。実は男の子とでした」
「それ、父さん知ってるぞ。浮気中にお前と勇太という輩が手を深く握り合ってるのを見たからな」と父親が短髪をごりごり掻きながら言う。
「残念、母さんも知っていました。男の匂いを感じとったの。若く繊細な匂いね。というのは嘘で、写真をちらっとね。ごめん、ごめん」と母親は『雪壁の目』を拳でトントンと叩いた。言ってしまえば母の癖である。その癖の影響か、『雪壁の目』からツン・ルン、と音色が返ってくるから不思議でもある。不思議とは言ってみたが、不思議と思うこと事態がおかしなことである。正確には、知らない、だけなのに。
「とうとう、この秘密を明かすことになったか」と父が悦に入り、「雪壁の目の秘密を語ろう」と言った。
「待ってました!」と母が二十年若返った猫撫で声を放つ。
「そういえば、これって雪を顕微鏡で拡大した感じだよね。六角形だし、中心が目みたいだし」とわたし。
「鋭いな、我が娘よ。全ては等価交換みたいなものだよ」
「等価交換?」
「運命が存在するのか偶然の積み重ねかは知らないが、浮気をしたら代償として別の幸福を失う。怖いね」
 と朗らかな笑みを放ち、雪壁の目について語り出す。

 はるか昔、遠いむかしのあの時、あの場所、つまりは海を渡った異国の地の商人兼貴族がスペクタクルな農業技術を会得しようと島国に辿り着く。折しも雪の日で、農業は休暇届けが提出されていたある日、雪のように白い肌と美しい笑みを持った女性に商人兼貴族は心を奪われる。アタック三回、拒絶二回があったが、見事何度目かの正直で白い肌の女性を射止めた。
 二人の間には男の子が誕生した。家族が三人に増えた。農業技術を異国の地で広めるべく、三人は商人兼貴族の故郷に住まいを移す。
 だが、白い肌の女性は病気になった。不治の病だった。妻と子を故郷に返し、商人兼貴族は、禁断の場所に踏み入れる。王宮の地下深くに存在する、『雪壁の目』はあらゆる呪いを吸い取る。
 三日かけ海を渡り、島国に辿り着いた商人兼貴族は、白い肌の妻に雪壁の目を叩くように指示する。二回、トントン。すると、肌には張りが戻り、血色が戻った。
 しかし、それは等価交換。幸福が起これば、次の不幸は訪れる。つぎは子供だった。子供にも雪壁の目を叩かせ、見事窮地に一生を得る。
 しかしだ。そう、しかし。貴族兼商人の帰路の際、雪壁の目を異国の地に安置しようとした際、季節外れの大雪と雪崩が起こり、彼は死んだ。

 そして、窓の外には雪が降っていた。
 わたしは一時、見とれる。
 チャイムが鳴った。
「マルアイ運輸です」
 快活な声が響く。
 わたしは雪壁の目を叩いた。トントン。
 何も起こらなかった。
 


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/03/21 リードマン

拝読しました!
なんだかなぁって感じです。浮気が原因で離散する家族の話にしてはキャラクター達がノリが良過ぎで、こういう作風は大好きです(苦笑)

ログイン