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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが最近になって、やっぱり小説家の夢を追い求めたい自分がいることに気づきました。久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説を書いてます。http://www.potetoykk.com

性別 男性
将来の夢 太宰治賞もしくは北日本文学賞で最終選考に残ることです。
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人生を物語る酒

13/12/16 コンテスト(テーマ):第四十七回 時空モノガタリ文学賞【 再会 】 コメント:1件 ポテトチップス 閲覧数:1100

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深夜1時になった。横浜市桜木町の駅から少し離れた場所で、ラーメン屋台の提灯に灯りをつけた。この辺りはあまり人通りが少ないため、前の道路を通り過ぎる人影は少ない。
石川光男はこの場所でラーメン屋台をやり始めて40年が過ぎていた。
以前は石川の屋台と隣接するように、4つの屋台が店を深夜に開いていたが、横浜市が屋台禁止条例を制定した結果、この場所で屋台を深夜に開いているのは石川の店だけになってしまった。
深夜1時から店を開くようになったのは1年前からだ。夕方6時と深夜0時に横浜市が委託するパトロール員が、屋台を違法にやっていないかパトロールしているためで、石川はなくなく深夜1時から屋台を開くようになった。
今年78歳になる石川は、今年いっぱいで屋台から身を引くつもりでいた。行政の違法屋台に対する監視の目がますます厳しくなっていることが要因だった。
深夜のラジオ放送を聞きながら、ずん胴で煮立てている鶏がらスープの灰汁を、灰汁取りですくっていると、礼服に黒ネクタイを締めた中年の男が客としてやって来た。
「へいらっしゃい」
「ラーメン1杯くれる」
「へい」
石川がラーメンの麺を茹ではじめると、男は白いハンカチをポケットから取り出して、突然口と鼻を押さえ、声を殺すように泣き出した。
深夜に屋台をやっているといろんな客が来る。酔っ払った上機嫌な客が来ることもあれば、落ちこんだ表情でやってくる客もいる。石川が深夜にこの場所で40年間も屋台をやって来れたのは、そうした昼間とは違った人間達に出会えるからであった。深夜の屋台に来る客は、人間臭い姿を一瞬見せる客がとても多かった。
「へいお待ち」と言って、男の前にラーメンの入った鉢を置いた。
男は涙が止まらないのかラーメンになかなか手をつけず、ハンカチを顔に押し当てていた。
しばらく経って、ようやく男はラーメンを啜って食べ始めた。
麺を全部食べ切ったのを窺い石川は話しかけた。
「お客さん、葬式の帰りですか?」
「うん。俺の母親の葬式だったんだ」
「お袋さんは何歳だったんです?」
「87歳。長生きしたほうだと思うよ」
「そうですね。親と死別することは誰だって辛いと思いますが、元気だしてくださいよ」
「最後の最後まで母親に迷惑かけっぱなしだった。俺は駄目な息子だ」
「お客さん、1杯いかがです? ご馳走しますよ」と言って、石川は日本酒の瓶を掲げて見せた。
「じゃあ、お言葉に甘えて1杯だけ頂こうかな」
コップに注いだ日本酒を、男は一口口に入れ目を見開いた。
「美味い」
「美味いですか。この酒は私の郷里から取り寄せた酒なんです」
男は瓶のラベルに目を向けた。
「この酒は『会津吟醸酒 再会』という名前の酒ですよ」
「再会……」
「辛い時にこの酒を飲んで寝ると、明日にはまた幸せな人生に再会できると言う思いを込めて造られているそうです。どうか、1日も早く元気を取り戻してくださいよ」
男は「また来るよ」と言って、店を出て行った。
日付が変わった月曜日の真夜中は、毎回客の入りが悪いが、今日はとくに客の入りが悪かった。石川が小まめにずん胴の中の灰汁を取っていると
「やってますか?」と言って、40代後半くらいの男がやって来た。
「へいらっしゃい」
「ラーメン1杯いくらですか?」
「480円です」
「じゃあ、1杯ください」
男はテーブルの一点を見つめたまま、心ここにあらずと言った風な悲愴感が漂っていた。
「へいお待ち」と言って、ラーメンの入った鉢を男の前に置いた。
男の箸を持つ手には力がなく、麺を啜る音もか細かった。男はスープの一滴まで残さず飲み干した。
「お客さん何かあったんですか? 元気がなさそうですけど」
男は力ない目を向けて「親から引き継いだ会社を倒産させちまったんです」と言った。
「不景気な時代ですもんね」
「明日から俺、無一文同然ですよ」
男は大きくため息を吐いた。
「お客さん、もし飲めるようでしたら、日本酒1杯ご馳走しますよ」
「ありがとうございます。では頂きます」
石川は日本酒をコップに注ぎ、男の前のテーブルに置いた。
「どうぞ、飲んでください」
男は口に含んだ。驚いたように石川の目を力強い目で見つめ「美味い」と言った。
「この日本酒は『会津吟醸酒 再会』という名前の酒です。安い値段で買えますが、この酒は人生を物語っているような酒です」
「人生を物語っている?」
「ええ。口に含むと辛口の味が一瞬口の中に広がりますが、すぐにほのかな優しい味が追ってくるでしょう」
男はもう一口口に含んだ。「確かに辛口の後に優しいほのかな味が追ってきます」
「そうでしょう。辛い人生によって心が暗く沈んでも、必ずいつか明るい人生が追ってきてくれるんですよ」
男が帰った後、石川はコップに注いだ『再会』を味わうように目を瞑って飲んだ。


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このストーリーに関するコメント

14/03/21 リードマン

拝読しました!
某麦焼酎のCMを見ているようでした。

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