1. トップページ
  2. 彼女はスノードームの向こう側に

四島トイさん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

彼女はスノードームの向こう側に

13/12/15 コンテスト(テーマ):第四十五回 時空モノガタリ文学賞【 雪 】 コメント:2件 四島トイ 閲覧数:945

この作品を評価する

 電話するんじゃなかった、と受話器の前で立ち竦んだ。頭に昇っていた血が引いて体中が冷え込む。深々と降り積もる後悔のなか、己の浅薄さを呪った。

 前略、という律儀な前置きで、宮川千晴の手紙はいつも始まる。
「次は向戸。向戸です。お出口は左側です」
 小さな丸文字を目で追っていると、車内アナウンスが現実の喧騒を呼び戻した。
 電車が揺れ、乗客が身動ぎする。長椅子の下から吹き出す温風。ふやけた足をとんとんと踏む。車窓からは雪化粧をした田畑が見渡せた。曇天の下で雪がちらちらと横切り、遠くに見える松林を霞ませている。
 もうすぐだ、と思うと鼓動が強く打つ。電光板とメモを確認する。目的の駅が近づいていた。再び手紙に目を落とす。
『今、外で大きな音がしました。自動車でも滑ったかな、と緑さんがベッドで伸びをしながら言っています』
 その名前に昨夜の電話が思い起こされる。泣きたくなるのを、ぐっとこらえた。
『泉ちゃん。修学旅行で買ったスノードームを覚えていますか? さらさらと舞う雪景色に、私は思ったものでした。こんな都会に雪が積もるのかしら、と。雪というのは山の中の、大変静かなところで降るものだと思っていたからです。それが遠州のからっ風のなかで育った私の、空想の限界でした。でもそれは間違いでした。ここは雪国です。考えてみればニューヨークでもロンドンでも雪は積もるのです。もしかしたら、雪は都会の証しなのかもしれません』
 手にぎゅっと力がこもる。スノードームに立つ彼女の姿が、浮かぶ。そしてその隣に立つ、自分ではない誰かも。
『転校して半年。遊びに来てくれる日は雪で電車が止まらないことを祈っています。前日にお電話ください。我が親友、中原泉ちゃん様。宮川千晴より』
 車窓の向こうで横へ流れていた雪が、気付けば真っ直ぐ降っている。車内アナウンスが目的の駅名を告げていた。

「イメージどおりっ」
 改札でまごつく私に笑顔で手を振る人があった。千晴ではない。
 彼女は森下緑と名乗った。千晴の転校先の先輩。学生寮ではルームメイトだという。
「ちょっと感動。物語の登場人物に会えた気分」
 千晴は寮での急用で迎えに来れなくなったという。ごめんね、と森下さんは言った。でも彼女が謝ることではないと、私は恐縮した。
 駅から寮へ向かう道は、なだらかな登り坂だった。数歩先を行く森下さんのポニーテールが揺れる。雪は降り止まず、軽装の彼女の足元でさくさくと音を立て、私の足元ではぎゅうぎゅうと苦しげに鳴いた。
 町はとても静かだった。
「泉ちゃんはこっち来るの初めて? 寒いよね。チーなんかここ数日驚きっぱなし」
 彼女の姿は千晴の手紙にしばしば現れた。明朗快活で、多くの知人がいる陸上部の女子部員。
 それは、書道部で小倉百人一首と戯れていた私や千晴とは別世界の話だ。きらきら輝くスノードームの住人の話だ。私達はそれを目にして歓声を挙げたり、羨んだりする側の人間のはずだった。
「チーは体形もいいしさ。陸上やろうって誘ってるんだけどね」
 昨夜の電話を思い出す。
 今日の打ち合わせのつもりだった。でも内容は、千晴が嬉々として語る『緑さん』の話に終始した。
 初めは私も相槌を打っていた。でも、相槌を打つたびに。『緑さんが』と聞くたびに。私の心に語り得ぬ不安が降り積もった。不安は固まり、熱を発したが、決して溶けることがなかった。
 自分が何を語ったのか詳しくは覚えていない。ただ、電話越しの彼女の涙声が、私の言葉の鋭利さを嫌というほど知らしめた。
「どうしたの」
 声をかけられて自分が泣いていることに気付いた。森下さんが小首を傾げる。
 何でもありません、と言いたかったが口が上手く動かなかった。ただ、今の千晴に会うのが恐かった。
 駅の発車ベルが雪の幕を越えて、遠く聞こえた。
「泉ちゃんが何考えてるのか、当ててみせようか」
 え、と顔を上げると、森下さんが腰に手を当てて私を見つめていた。
「『千晴が転校した寂しさなんて忘れて、自分の知らない友達と楽しんでるんじゃないか。私は、過去の思い出になったんじゃないか』」
「そんなこと」
 図星だった。森下さんは視線を遠くに投げて続けた。
「寮生活。特殊な課程。地元に戻る暇もない。誰でも連絡とり続けるのは早々に諦める」
 そうか、と思い知る。千晴もスノードームの住人になったのだ、と。そう思うと再び目頭が熱くなった。
 でも、と森下さんが白い息を吐く。
「チーは泉ちゃんの話ばかりだよ。ちょっと妬ける。それに」
 わずかに間を置いて、森下さんが手を差し出す。
「私は羨ましいな。こんな雪の日に会いに来てくれる友達がいること」
 戸惑う私に、チーが待ってるよ、と促す。手の上に雪が落ちた。その手をおそるおそる、とる。雪が溶ける。
 泉さんがニッと笑った。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/03/21 リードマン

拝読しました!
“後悔”という単語が入った最初の一文に引き込まれました

14/03/23 四島トイ

>リードマン様
 読んでくださってありがとうございます。特筆すべき箇所の無い本作でも、引き込まれたと言っていただけたこととても嬉しいです。

ログイン
アドセンス