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四島トイさん

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かなしみの伝え方

13/12/02 コンテスト(テーマ):第四十四回 時空モノガタリ文学賞【 復讐 】 コメント:3件 四島トイ 閲覧数:1010

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 早朝の霊園にも訪問者はいる。
 清掃人のアルバイトを始めて得た知識の一つだ。確かに、この市営霊園はどこか公園のような趣がある。芝生は管理が行き届いているし、針葉樹は綺麗に真っ直ぐ伸びている。何より静かだ。散歩やジョギングがてらに深呼吸したくなるのもわかる。
 しかしその日、朝靄の向こうに立っていたのは奇妙な老人だった。
 真っ白の髪に落ち窪んだ瞳。息は荒く、見るからに体調が悪そうだ。小脇に抱えた白衣と、手にした立派なシャベルが一際異彩を放っている。
 関わりたくないな、と思ったときには遅かった。老人の窪んだ瞳が、何かを閃いたかのように開かれた。
「手伝ってくれ」
 ずかずかと近づいてきて、間髪入れずにシャベルが突き出される。
「これでそこの墓石を掘り返してほしい」
 急いで首を横に振った。
「できません。そんなこと」
「できる。こうしてシャベルを地面に突き立てる。足で踏む。てこの原理で掻き掘る。簡単だ」
「やり方の話じゃありません」
「ぐずぐず言うな。面白いものに立ち合せてやるっていうんだ」
「何だって言うんです」
 老人が驚くほどの力で引き寄せてくる。老人独特の漢方と陽だまりと酢のような匂いが鼻をついた。
 老人は言った。
「死人が生き返るんだ」
「……まさか」
 いいや本当だ、と老人はきっぱり言って、ポケットから一つの小瓶を取り出した。
「この小瓶の一振りで塵芥が人間になる。見たいだろ。見せてやる。だから手伝え」
 老人は息を荒くして詰め寄ってくる。無理ですから、と引き剥がそうとしたが、首筋にひやりとした感覚があって動けなくなった。
「聞いたからにはやってもらう。掘れ。下手な真似したらあんたの墓穴になるぞ」
 首肯も許されないまま、はい、と小さく応えるしかなかった。


「……誰が埋まってるんですか」
 シャベルが土を削る音にも飽きて思い切って声をかける。老人は、妻だ、と短く応じた。
「五十年前に死んだ。交通事故でな」
「半世紀前にも交通事故ってあったんですね」
 睨み付ける老人に負けまいとシャベルを握る手に力を込める。その先が何かに当たった。
「……妻は研究員でな。実験以外に興味がない。あの日は研究成果を見せると言われて、二人揃って大学の研究室に向かっていた。そこでトラックの横転に巻き込まれた」
 二人揃ってな、と老人は噛み締めるように呟いた。
 土の中から小さな陶器の箱が出てきた。こいつが死ぬ時な、と老人が震える手で瓶の蓋を開けながら言った。
「わしに言ったんだ。『私が死んだらあなたは悲しむでしょうね』とな」
 注がれる黄金色の液体を目で追う。
「だが、わしは言ってやった。『時が癒してくれない、悲しみなど無い』とな。キケロの言葉だ」
 瓶を空にし終えると、だが寂しさは違うな、とぽつりと呟いた。
「でな、妻は言ったんだ。『文学青年って言葉ばっかり』と。『できもしないのに』と。そう言って笑った。そして次の日死んだ」
 老人はそう言ってから深く息を吸った。
 今や、朝靄はゆるやかに解け始めていた。霊園をぐるりと囲む雑木林からは鳥の囀りが響き渡っている。陽が差し込む中で、身を起こしたのは二十代半ばの女性だった。白んだ朝の空の下で、身動ぎする一糸纏わぬ姿。信じられない思いだった。
 老人は小脇に抱えていた白衣を女性に差し出した。枯れ枝のような腕が、微かに震えていた。
 女性は大き目の瞳で老人を見上げてから白衣を受け取った。
「あなた、老けたわ」
「五十年分な」
 老人は鼻を鳴らした。
「そちらの方は」
「さっき会った若造だ」
「その薬は」
 白衣の袖からすらりと伸びた腕の先で、形の良い人差し指が老人の持つ小瓶を指した。
「作った」
「文学青年だったのに」
「言葉だけで、できもしないと思ったか」
 女性は吹き出すように笑い出した。
「よく覚えてるのね」
「文学青年を甘くみるな。お前がわしに使った薬には遠く及ばんが」
 女性は驚いたように目を見開いてから、諦めたように微笑んだ。
「気付いちゃったの」
「当たり前だ。勝手に独りで生き返らせるな」
「じゃあ私がいなくて悲しかったのね」
 女性が悪戯っぽく目配せする。老人は、体中の力を抜くように息をついた。
「ああ。悲しかった。寂しかった。辛かった。二度とあんな思いはごめんだ。それを伝えるために最期に来た」
 女性が大きく目を開いた。そこからぽろぽろと涙がこぼれる。その筋を辿るように、体が崩れていく。老人がそっと手を伸ばして、女性を抱きしめた。
 おい若造、と老人掠れた声に、途切れ途切れの言葉が続いた。
「悪いが後始末は頼むぞ。わしと、妻のな。間違っても中途半端に生き返らせるなよ」
 できませんよ、と応えた。
 老人は何も応えなかった。
 朝日の中に、白い灰がきらきらと輝いていた。


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このストーリーに関するコメント

13/12/15 四島トイ

>凪沙薫様
 お久しぶりです。(…でしょうか?)
 本作は悔いが残るばかりです。設定以上に、筋立てを見直すべきだったと思っております。お見せできるようなものではないのに投稿してしまったことがお恥ずかしい限りです。
 コメントをいただけたこと、とても嬉しいです。
 凪沙薫様は意欲的に執筆されていらっしゃるようで今後の御活躍を楽しみにしております。
 ありがとうございました。

14/03/12 リードマン

拝読しました!
このカップル、カッコいいですねぇ(笑)

14/03/23 四島トイ

>リードマン様
 読んでくださってありがとうございます。仰っていただけたような二人の良さがもっと表現できるようがんばります。

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