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朔良さん

のんびりまったり。 読むのは綺麗で残酷な話が好きです。 こちらで掌編・短編小説の勉強をさせていただいています。 遡って皆様の作品を読ませていただいてます。 古い作品に突然コメントすることがありますが、失礼があった時は申し訳ありません。 マイペースですが、頑張ります^^

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幸福な食卓

13/12/02 コンテスト(テーマ):第四十四回 時空モノガタリ文学賞【 復讐 】 コメント:9件 朔良 閲覧数:1742

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 康弘がダイニングに入ると、食卓にはいつもどおりの朝食が並んでいた。
 脂ののった鮭、根菜の炊き合わせ、牛肉の佃煮、いくらの小鉢と納豆、ハムと卵のサラダ、艶々の白飯と味噌汁。下手な旅館の朝食より豪華だ。
「詩織…」おずおずと声を掛ける。
「おはよ」朗らかに詩織は微笑んだ。おでこの絆創膏が痛々しい。
「…あの、昨日はその」
「ほらほら、早くご飯食べないと遅刻しちゃうよ」
 また謝り損ねてしまった。
 昨夜の喧嘩…いや、あれは一方的な八つ当たりだ…を考えれば、食パンが袋のまま置いてあっても文句は言えないのに。
「…いただきます」
 康弘はできた妻に感謝しながら幸福な食卓に着いた。

 満員電車で太った人間に向けられる殺意めいた視線はどうにかならないものだろうか。康弘とて好きで太ったわけではないのだ。今年に入ってからまたスーツを作った。結婚前の体型が嘘のようだ。
 会社につくと同僚がにやにやしながら近づいてきた。
「おはよう、坂根、昨日は大丈夫だったか? あんだけ酔っぱらって午前様じゃ、さすがの嫁さんもおかんむりだったろ」
 それだけではなく、酔いに任せて暴発し悪態をついてしまったとはとても言えない。
「…いや、別に」
 応えながら、大きな弁当箱を引き出しの奥にしまう。
「おお、弁当もいつもどおり? 中身レトルトのカレーだったりして」
「五目稲荷。唐揚げと卵焼きときんぴらと…あとなんだっけか」
「いつもすげぇなぁ。美人で優しくて料理上手なんて、坂根にはもったいないぞ。ん、でもバツ2だったっけ?」
「ああ」
 取引先で知り合った詩織に惚れこんで康弘が果敢にアタックした。離婚歴は交際を始める前に聞いた。二人とも病気で死別したらしいし、バツ2くらい今時は普通だ。
「仕事始まってるぞ」
 康弘はおしゃべり好きな同僚を促した。

 昨日の埋め合わせにケーキショップで土産を買う。
 店から出てきたところで紺のコートを着た女と鉢合わせした。見覚えはあるが顔と名前が一致しない。戸惑っていると、女は上から下まで康弘を見、ふぅん、と鼻で笑った。
「相変わらずねぇ、佐伯さんも」
「佐伯?」
「彼女、おとなしそうに見えて気が強いし根に持つ人よ。あなたもこれ以上怒らせないように気を付けるのね、じゃないと…」
「なんだ、あんたは?」佐伯という名前に心当たりはなかったが、不快な物言いが気に障る。
 女は動じもせず「これあげる」と折り畳んだ紙片を押し付け、足早に去って行った。
 すぐに捨てようとして…思い直して中身を確かめる。個人情報でも書かれていたら厄介だ。
「……」
 PCで印刷したらしい紙には、四枚の写真がカラーでプリントされていた。
 二枚は男が一人で写った物。どちらもほっそりとしている。残りの二枚は…それぞれの男たちが詩織と寄り添っている写真。見る影もないほど体型は違うが基本的な顔立ちは変わらない。ぽっちゃりと…いや丸々と膨張した男の隣で詩織はにっこりと微笑んでいる。
「これ…」
 不意に思い出した。佐伯は詩織の旧姓だ。同時にさっきの女を詩織の以前の職場で見かけたのも思い出す。
 ぎゅっと紙片を握った芋虫のような指を見て唇を噛む。どれくらいそうしていただろう、ケーキの箱と紙をゴミ箱につっこみ康弘は歩き出した。

「おかえりなさーい。今日は中華だよぉ」
 嬉しそうな詩織のふくらはぎの青あざ…昨日康弘が付けた生々しい傷が目に焼き付く。
「えっと…俺、今日は腹減ってない…かも」
「……なんで?」ぞっとするほど低い声。
 詩織は申し分ない妻だが、食事を断ったり残すと極端に機嫌が悪くなると気付いたのは、結婚してどれくらいたってからだろう。康弘が出来心を起こした後だったか、それとも?
「あ、いや、詩織の顔見たら急にお腹すいてきた」
「よかった。すぐ仕度するね。点心が蒸し上がるまで蒸し鶏と焼き豚つまんでて。麻婆豆腐と酢豚と青椒肉絲もしあげちゃうから」
「…あ、ああ。…えっと…その、いつもありがとうな」
「私ね、康弘さんがご飯食べるの見るのが大好きなの」
「じ、実はこの間の健康診断で医者に痩せろって叱られてさ。飯の量少し減らしてくれるか?」
「……」冷たい眼差し。
「いや、明日からでいいから!」
「わかった。健康は大事だもんね」
 詩織はにっこりと笑った。

 翌朝、康弘はパンの焼ける匂いで目を覚ました。
 恐る恐るダイニングに向かう。
「……」
 所狭しと並べられた、厚切りのバタートースト、卵四個分はありそうなスクランブルエッグとベーコン、申し訳程度のトマトとパセリ、マヨネーズたっぷりのツナサラダ、ぽってりとしたコーンスープ。いつもより豪勢な朝食。
「おはよ、康弘さん、さあ召し上がれ」
 輝くような詩織の笑顔から視線を逸らし、康弘は“幸福な食卓”を見つめた。


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このストーリーに関するコメント

13/12/02 そらの珊瑚

朔良さん 拝読しました。

これはブラックなお話ですね! 
幸福な食卓とは表向きで、その実態は……。その落差が面白かったです。
ラストシーンの妻の笑顔を康弘はぞ〜と感じたのでは? 
結婚すると、男の人はよく幸せ太りをするっていいまますが。
毎日夫の食事を作るというのは、もしかしたら一生を左右するような
大変なことなのかもしれませんね〜だって毎日食べるのですから。

13/12/02 泡沫恋歌

朔良さん、拝読しました。

これは主婦の使う夫殺しの完全犯罪ですね。
カロリー高め、味が濃くって塩分多め・・・確実にメタボになって糖尿か、高血圧で逝っちゃうケースです。

いや〜♪ 戦慄の“幸福な食卓”面白かったです。
ありがとうございました。

13/12/02 草愛やし美

朔良さん、拝読しました。

申し分のない奥さまですよ、贅沢言ってはいけません。たとえ、あなたの人生が短くなっても……、そうアドヴァイス差し上げますわ、わたくしも。オホホホ。なんて、思わず叫んでいました。
面白すぎます、朔良さん、こんな幸せな復讐がかってあったでしょうか。楽しく一気に読みました。中華と厚切りトーストが食べたくなりました。どうしましょう、私も最近ヤバイんです。服が、服がきつくて。

13/12/04 朔良

そらの珊瑚さん、おはようございます。
読んでいただき、ありがとうございます。

もとは消化しきれてなかった長編用のネタだったので、そらの珊瑚さんの長い復讐を読んで、身につまされました。
状況と外部情報ばかりで妻側の心情や意図が見えず、笑顔なのに怖い…そう感じていただけたら、とてもうれしいです。
そうそう、食事を任せるって、ある意味命を預けるのに近いですよね。
体調は、毎日の食事に確実に影響されますから。引いては寿命も……。

感想いただき、ありがとうございます。
大変励みになりました^^

13/12/04 朔良


泡沫恋歌さん、おはようございます。
読んでいただき、ありがとうございます^^

人見知りでなかなか自分からコメントしに行けないでいるのですが、お作拝読させていただいています。
羅刹丸に圧倒されました。黒猫と女もしみじみとしてよかったです^^

そう、食事のコントロールは、主婦の使える完全犯罪ですよねー。
そうとう気が長くないと駄目ですが、確実に寿命は縮むと思います^^;

おもしろかったと言っていただき、光栄です。
感想ありがとうございました。

13/12/04 朔良

草藍さん、おはようございます。
読んでいただき、ありがとうございます。

そうそう! 申し分ない奥さんですよねぇ。
DVチックなことがあっても怒らず、いつも笑顔で、料理上手。
そんな奥さんがいるのだから、人生が短くなるくらい我慢してもらわなくては(^m^)

食事の描写をするのが結構好きなので、文字数制限がなければ、もっと絢爛豪華に行きたかったのですが、これで精一杯でした。
草藍の食欲を刺激出来たみたいでうれしいです。
感想いただき、ありがとうございます。
とても励みになっています。

13/12/08 朔良

凪沙薫さん、こんばんは。
読んでいただき、ありがとうございます。

いやぁ、知らぬが仏とはこのことですよね。
知らない限りは、詩織は良い奥さんだし、旦那様たちはきっと自分は幸せだと信じてたはずです。

スパイス入りのアイスクリーム…素敵な例えありがとうございます。
おもしろかったと言っていただけて、励みになりました。
コメントいただき、ありがとうございます。

14/03/12 リードマン

拝読しました!
どうして死別してたのか良く解りました(苦笑)

14/03/16 朔良

リードマンさん。
読んでいただき、ありがとうございます。
あらら、わかってしまいましたか^^;
リードマンさんも奥様は大切にしてくださいませ^^

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