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四島トイさん

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甘やかな声に佇む

13/11/17 コンテスト(テーマ):第四十三回 時空モノガタリ文学賞【 スイーツ 】 コメント:4件 四島トイ 閲覧数:1033

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 荒瀬のことを考えると、最新型の心拍計でも計測できないような不規則な脈が体中を駆け巡り、胃液が逆流するようなムカつきを覚える。首より上が火照り、形容しがたい気持ち悪さに苛まれる。まるで呪いをかけられたよう。
 それらをぐっと飲み込んで握り拳に力を込める。迎撃体制は整った。
「根本的に面白くないんだよね。この手の携帯小説っぽいもの」
 文芸部の部室が凍りつく。
「スイーツ(笑)とか言われるのも仕方ないって思える。この作品なんか特に。台詞が大袈裟で感動させようってのがバレバレ。『わたしわ、わたしわ』って自分のことばっかで押し付けがましい。感嘆符と疑問符がずらずら並んで気持ち悪い。原稿用紙一枚で済むことを改行と三点リーダで何十枚も書いてる」
 荒瀬は髪をかき上げると手元のプリントをぱんぱんと叩いた。並べた机の真ん中に、その音が落ちていく。
「この程度で文化祭に文集売ろうって、私なら恥ずかしくてできないけど」
「あのさっ」
 耐え切れなくなって私は声を上げた。周囲の励ますような視線が居心地悪い。代弁役は不本意だが、努めて笑顔を作る。
「ちょっと……言い過ぎじゃないかな」
 荒瀬は驚いたというように目をしばたく。
「文集の掲載作を絞るっていうから意見すべきでしょ」
「そうなんだけどさ……表現とかキャラとかそういうの意見し合おうよ」
「でもそういうレベルの作品、ないから」
 再び部室に寒風が吹き荒ぶ。
 まあまあ、と割り入ったのはいつも通り部長の大垣先輩だった。
「今日は初回検討だからさ。まだ印刷所の締め切りまであるからさ。各自で練っていくっていうのがさ。良いと、俺は思うんだけどさ」
 伺うような視線が部員の上を泳ぐ。撫で肩の眼鏡男子。女子比率の高い文芸部にあって大垣先輩の威厳は皆無だが、こういうときだけは皆が従う。
 誰もが一刻も早くこの部室から逃げ出したいのだ。
 荒瀬の餌食になる前に。


「荒瀬、ほんとムカつく」
「好みの押し付けだって」
「文芸賞に入賞したからっていい気になってんじゃない」
 部活からの帰り道。部員達の話題は決まって荒瀬のことになる。
 荒瀬はうちの部で唯一、入賞経験のある部員だ。マイナーではあるが月刊誌の新人賞に入賞した。高校一年生の冬のことだ。
 荒瀬はそれまでも歯に衣着せぬ物言いで煙たがれていた。部員は誰もが彼女を邪険にしたが、受賞後はさらに加速した。それでも皆が彼女を完全に放逐することはない。創作する者特有の嫉妬と焦燥。そして、あわよくばという栄光浴への期待がない交ぜになって私達に絡みついていた。
 私はさ、と仲の良い女子が私の肩を叩く。
「倉島の小説好きだな。今回のも良かった。言葉の選び方とか、そういうの上手いと思う。絶対一年前より良くなってるって」
「そうだよ。倉島ってSF率高かったけど恋愛モノやってから幅広がった気、するもん」
 彼女達の褒め言葉にわずかに頬が緩む。余裕が戻ってきたのか、ふと自分が体操服を忘れたことに気付いた。
 交差点の信号を渡る友人達に手を振って、踵を返した。


「……まだ帰ってなかったの」
 部室には荒瀬がいた。傍らには過去の文集が積まれている。私の声に、顔を上げる。
「倉島さんこそどうしたの」
「忘れ物」
「何だ。さっきの続きでもやるのかと思った」
 あのさ、と今度ははっきり声に出す。先程までの友人達の評価が耳に残っていた。
「荒瀬は確かにすっごく文章力あると思うよ。でも、例えば私の話でも面白いって人もいるんだよ。全部荒瀬の押し付けじゃん」
 へえ、と荒瀬は口元を歪めた。甘い評価以外は押し付けなんだ、と。
「評価される度胸がないなら友達とスイーツな交換日記でもしててよ。どのみち、今の倉島さんの話も面白いと思わないけど」
 面と向かって荒瀬に自分の作品が全否定される。予想できなかったわけじゃない。でも胸がずんと沈む。もしかして、という希望があったのだ。一つは良いところを挙げてくれるんじゃないかと。
 だって、と何とか絞り出した声が掠れた。
「……私が書ける精一杯だよ。これが」
 そう、と荒瀬は静かに帰り支度を始めた。うっかりすると泣いてしまいそうだった。鼻をかんで体操服バッグを手にする。
 でも、と荒瀬が口を開いた。
「『回遊する月行列車』は良かった」
「え」
「部内誌であなたが書いたSF。一年の時に」
 荒瀬はそっぽを向いたまま続けた。
「あの中で主人公が月に行くヒロインに言うでしょ。プラットフォームで『君も頑張れ』て。あれ、すごく好きだった。自然で、格好良かった」
 痺れた、と荒瀬がどこか不機嫌そうに言った。
「ああいう作品をずっと待ってるんだけど」
「え、と」
「……それだけ」
 荒瀬は鞄を肩にかけて部室を出て行った。
 呆けたままの私と、微かに甘やかな空気を置いて。


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このストーリーに関するコメント

13/11/18 クナリ

荒瀬さんへの好感度が、ラストでがつんと跳ね上がり、自分も呆けたまま置き去りにされてしまいました。
真剣であることやまじめであることや正直であることについて、人間模様の中では正解もその価値もよくゆらぎます。
部活の空気感みたいなものもよくでていて、情景の描写が少なくても充分イメージがわきました。

13/11/18 四島トイ

>クナリ様
 どう感謝していいのか。いつも本当にありがとうございます。
 何故だかどうしてもこのテーマで書きたくなって書いてしまいました。詰め込み過ぎた、もっと2千字で登場人物を活かせたはずなのに、と悔やむ思いも多々あります。
 わたしは、ついつい甘く優しい評価を期待してしまうのですが、自分がそれほどの描写力がないと自覚している部分もあり、時々のた打ち回ります。ですが、クナリ様にいただけたコメントを糧に今後も頑張ります。ありがとうございました。

14/03/11 リードマン

拝読しました!
荒瀬最高!!(爆)

14/03/12 四島トイ

>リードマン様
 読んでくださってありがとうございます。
 登場人物をお褒めいただけてとても嬉しいです。

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