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murakamiさん

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バースデーケーキ

13/11/16 コンテスト(テーマ):第四十三回 時空モノガタリ文学賞【 スイーツ 】 コメント:9件 murakami 閲覧数:1046

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 ベッドに入ってしばらくすると、いつものように階段を上がってくる音がした。
 一段ごとにみしっ、みしっと、踏面が軋む。
 父が亡くなって、四十九日はとうに過ぎていた。この日を過ぎたら納骨しなければいけないということはわかっている。けれど、私は大好きだった父を――、父の遺骨を、まだ手放すことができずにいた。針金を解いて骨壺の中から取り出した骨の欠片を握り締め、父の優しい足音を子守歌がわりに聞きながら、私は目を閉じる。

 父と母は私が小さなころに離婚していた。母の顔は忘れた。父は私を大事に育ててくれた。いつも優しく穏やかな父。休みの日には私の望むところへ連れて行ってくれたし、学校の行事には必ず来てくれた。だから、私は淋しくなかった。母親のいる人をうらやましいと思ったことさえなかった。むしろ、父とこの家に二人きりでいられることが幸せだった。
 父もきっと同じ気持ちなのだ。だから、こうして毎晩、父の魂は階段を上がってくる。
――だいじょうぶ、お父さん、心配しないで。私は誰とも結婚しない。この家でずっとお父さんの傍にいるからね。

 もう秋の彼岸だというのに寝苦しい。私は何度も何度も寝返りを打つ。まどろみの中で、あの日のことが脳裏に浮かぶ。私の二十五歳の誕生日。バースデーケーキの蝋燭に火を点けている優しい父の横顔。クリームとフルーツのたっぷりのった私の大好きなデコレーション・ケーキ。私はあの日までずっと幸せだったし、そして、それからもずっと幸せなはずだった。それなのに……。
 いつもと同じささやかな二人きりの誕生日パーティのあと、二階の自室に戻った私の元へ、父は改めてやってきた。
 再婚したい人がいる――、父はそう言った。私が喜んで祝福してくれると思っていたかのようにうれしそうに照れながら。その言葉が、私の心を切り裂いたことに気づかずに。
「だから、私を早く結婚させようとしたのね。このうちから追い出すために。再婚なんて許さない。この家は、私の家よ。赤の他人が住むなんて絶対に許さない!」
 叫ぶ私。驚いた父の顔。階段の上から父を突き飛ばした。あっと声をあげて、転げ落ちていった父。大好きだった父……。

 そこで、目が覚めた。全身ぐっしょりと汗をかいている。なぜだろう、私の腕はまるで枯れ枝のように細い。
 みしっ……。
 誰かが階段を上がってくる。
――お父さん、お父さんなの? 
 違う……。
 みしっ、みしっ。
 部屋のドアが開く。
 私は悲鳴を上げた。
 廊下の小窓から差した月明かりの中に立っていたのは、幼いころの自分だった。いなくなってしまった母を恨み、鏡の中にその母の面影を見つけて、鏡を壊したあの日。その日から私は自分の顔を見ることをやめ、父だけを見つめた。
 その女の子の顔は真っ青だったが、唇は血を塗ったように真っ赤だった。ヒルのような唇が這うようにかすかに動く。
――アタシノオトウサン、ドウシテコロシタノ……。ユルサナイ、ユルサナイ……。
 部屋に入ってくると女の子は私の腕を掴んだ。氷のように冷たい手だった。
「やめて!」
 女の子はかっと目を見開くと、男のような力で私をベッドから引きずり出した。みしっ、みしっ……。階段からたくさんの足音が聞こえてくる。私の体は数えきれないほどの冷たい手で捕まれ、階段の上から下へと放り投げられた。

 今日は、いったい何度目の誕生日だろう……。
 玄関で鍵を開ける音がした。誰かが私の家に入ってきた。階下から話し声が聞こえる。
「すみません、こんなに遅くなってしまって」
「いえ、大丈夫ですよ。夜、物件の確認をされる方は多いですから……。幹線道路沿いじゃないから静かでしょう。昼間は日当たりもいいですしね。掘り出し物ですよ」
「お店で事故物件だってお聞きしましたけど、どういったことで……」
「独り暮らしをしていたおばあさんが、階段で足を滑らせましてね。九〇才を過ぎていたそうですから、仕方ありませんよ。ただ、発見に少し時間があったものですから、一応、事故物件の扱いということで。まあ、気にされるほどのことではありませんよ」
「そうでしたか。――今、二階で何か音がしませんでした?」
「いえ、何も。誰もいませんから、音なんてするはずないですよ。それじゃ、上、見に行きましょう」
 上がってこないで……。この家は誰にも渡さない――。
 真っ白な、まるで骨のような腕で、私はバースデーケーキを持ち上げるとカーテンに近づけた。

 一緒に食べようね、お父さん。

 蝋燭の火はカーテンに飛び移り、瞬く間に燃え広がっていった。


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このストーリーに関するコメント

13/11/16 草愛やし美

村上さん、拝読しました。

この女性の気持ち凄くわかります。父親にすがって生きて来られたのでしょうね、離婚というのは子供の心に大変な傷をつけてしまいます。目に見えない傷は、日毎に治るどころか、広がって深くなっていく、隠している傷ですから、周りの者は気付けないのでしょうね。

中古物件、それも格安というのには、気をつけなくてはとつい先日姪に言ったばかりの私です。一戸建てで、広い、駅近、なのにこのお値段。怪しいですよね。読んでいてゾッとしました。
面白くて一気に読みました、ラストの落ちがいいですね、ありがとうございました。

13/11/17 murakami

草藍さま

ご感想ありがとうございます。
スイーツという課題だったので、甘い話を書きたかったのですが、なかなか難しく…。

なんでも安いものにはワケがあったりしますよね。
気をつけなくては。

13/11/17 murakami

草藍さま

ご感想ありがとうございます。
スイーツという課題だったので、甘い話を書きたかったのですが、なかなか難しく…。

なんでも安いものにはワケがあったりしますよね。
気をつけなくては。

13/11/17 そらの珊瑚

村上さん、拝読しました。

ホラーの要素もありつつ、最後まで読むとなぜか怖さより悲しさが残りました。
長い間、父親の亡霊とともに暮らし、死んでもなお父親を独占したいという愛情の強さってゆがんでいるのかもしれませんが、なんだか胸を打ちました。
成仏していただきたいです。

13/11/18 murakami

そらの珊瑚様

ご感想いただきまして、ありがとうございます。

愛するということは、相手の幸せを願うということなのでしょうが、それがわからないままに大きくなってしまったのは悲劇です。

13/11/24 泡沫恋歌

村上さん、拝読しました。

スイーツと思えない、怖い話でゾーとしました。
こういう物件は怖いので買いたくないです 壁|・`)じー・・・・

13/11/25 murakami

泡沫恋歌さま

コメントありがとうございます。
ほんとにスイーツらしからなぬお話ですみません。
最近、小麦粉がダメになりまして、食べられないスイーツが増えてしまってこんなことに…。まさに食い物の恨みは恐ろしいという感じでしょうか。

コメント通知メールなるものが初めて届きました。この機能は便利ですね〜。

14/03/11 リードマン

拝読しました!
甘くない!(爆)

14/03/11 murakami

コメントいただきましてありがとうございます。

全部の作品を読まれていらっしゃるのでしょうか?
すごいですね!

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