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来良夢さん

まだまだ未熟……書くのは好き。

性別 女性
将来の夢 作家
座右の銘 おいしいものは正義。

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続きはまたいつか

13/11/01 コンテスト(テーマ):第四十二回 時空モノガタリ文学賞【 都市伝説 】 コメント:3件 来良夢 閲覧数:1210

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 都市伝説というのはこう、都市の中で起きる不思議なことだと思っていたのですが、もしあなたの話が本当ならば認識を改めなければなりませんねえ。


 老人は目の前の少女に柔らかく笑いかけた。
「さて、できるならもう一度、ゆっくりと聞かせてもらえませんかね」
色褪せた原稿用紙を広げ、万年筆を薄茶色の格子模様に添える。
「あなたのお話は興味深い。私個人として気に入ったので、記録しておきたいのですよ」
 万年筆が梯子をするすると降りるように〈これは果たして都市伝説でしょうか〉と文字を綴る様子を、眺め、少女は口を開いた。
「私たちの、つまり私たちのような若い学生の、その中でも読書好きな人たちの間で、ある噂が流れ始めたのは2年ほど前のことです」


 その頃、私の姉は大学生でした。姉は噂を聞きつけてとある古書店に立ち寄ったのです。
 大切なものを胸の前に抱き、欲しい本を頭の中に思い浮かべながらその書店の扉をくぐると必ず読みたい本に辿り着ける。ただしその大切な宝物はいつの間にか煙のように消えてしまう。私の周りに、実際試してみたという子はいませんでした。本気にしたのは姉だけです。
 姉が何を抱えて雪の中足を引きずっていったのか、実のところ私は知りません。あのときの姉にまだ大切だと言えるものが残っていたという事実さえ疑わしいくらいなのです。
 姉は店に着くなりへたり込んでしまったと聞いています。家から店までものすごい距離です。足がかじかんで立っているどころではなかったのでしょう。ただでさえあの時姉の足はまだ完治していなかったのですから。
 立ち上がることもできないまま、這うようにして本の間を抜け、真新しい本を棚に見つけました。
 姉は大事にその本を抱え、丸一日(というのも、その日行方不明になっていた姉は丸一日発見されなかったので、ずっと店にいたのだろうと思うのですが)床に座り込んで読みました。終わりのページまで来たとき、姉の顔は歪んでいたに違いありません。姉はそのページを開いたまま店主ににじり寄り、すいません、この本の、続きは。
 ありません。店主の返事は酷なものでした。この店には古今東西あらゆる本があります、が、〈文字〉になっていない物語を本にすることはできないのです。その本が途中までしか書かれていないのは、続きがまだ作者の頭の中にしかないからでしょう。
 事故で死んだ作家志望の彼のこと、新人賞に向けて新しい作品を書いていたこと、恥ずかしがり屋で、読ませてとせがんでもはにかむだけでいつも見せてくれなかったこと、でも一番新しいそのお話だけは「完成したら読ませてあげる」と約束したこと、目の前で死んでいったこと――彼女は店主に訴えました。店主はやはり、申し訳ありません、でもその本は、もうそれで終わりなのです、と答えたそうです。
 姉は今も病院にいます。自分の力ではもう立ち上がれないのです。


 老人は原稿用紙に向かって柔らかく微笑んでいた。
「姉はもうここには来れません。来れたとしても、もうお代に渡せるような大切なものはないでしょう」
 かたり、と万年筆を置く音。原稿用紙の結びは〈彼女にはもう、大切なものは残っていないのでした〉
「不思議なものですね。片田舎にある小さな古本屋でも、都市伝説の舞台になりうる。しかもそれが自分の店だったりしたらそれはもう、なんだか奇跡のようですよ」
 少女はあたりを見回し、同時に見上げた。どこまでも上に向かって伸びていく本棚。天井は見えない。この明かりはどこから降り注いでいるのだろう。もしかしたら彼のいる場所かもしれない、と思うのと同時に、姉のやつれた顔が思い浮かぶ。
「姉は本を見つけるのに、命でも賭けたのですか?」
 老人は机から一冊の本を取り出した。
「お姉さんの忘れ物です。あなたの用事はこれでしょう?」
 少女は頷き、ありがとう、と本を受け取る。ずっしりとした重みを両手に感じながら、
「姉は病気です。もう長くありません。死んだら彼に会って続きを聞くんだと、むしろ嬉しそうなので複雑ですが」
「そうですか」
「それともうひとつ」
 少女はすでに本を鞄に押し込んでいた。今日中に、これを姉に届けなければならない。
「姉はあなたにお礼を言いたがってましたよ。せっかく本を見つけたのにお礼を言い忘れたって」
 老人の驚いた顔も見ないまま、少女は店を飛び出していった。また来まーす。声が尾を引いて店に響く。
 静けさの戻った店で、老人は再び万年筆を手に取った。



〈そしてこれから、大切なものを探しに行くのです〉


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このストーリーに関するコメント

13/11/14 リードマン

拝読しました。
図書館は好きなのですが、古書店というものにはあまり立ち寄りません・・・、購入するのであれば、特に本は、新品が良いのです・・・

13/11/16 来良夢

リードマンさん、コメントありがとうございます。
新品の本はやはり魅力的ですよね。私はよく「お金がない!」と言って古本屋に行ってしまうのですが(笑)
でも古本屋で掘り出し物が見つかった時の快感もなかなかくせになりますよ(^^)

13/11/28 リードマン

それは確かだ!

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