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菖蒲まきさん

名字は「あやめ」と読みます。好きな花です。

性別 女性
将来の夢 日本だけじゃなく、海外と日本を行ったり来たりしながら書いていきたい。パートナーと支え合いながら。
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パラレル

12/05/13 コンテスト(テーマ):第四回 時空モノガタリ文学賞【 傘 】 コメント:2件 菖蒲まき 閲覧数:1786

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 どしゃぶり。暴風雨。ゲリラ豪雨。こういう天気をほかになんて言うんだっけ。コンビニの入口で呆然と考える。「行くしかないよな」と突入する覚悟を決め、傘立てのほうを見た。でも、ない。今絶対に必要なものがない。あったのはド派手な柄をした1本。ここまで派手なのは初めて見た。僕はコンビニの店内を振り返る。ラッキー、持ち主はいないようだ。他人の傘を持って行くときは、きっぱりとあっさりと。これは過去から倣った教訓。こんな僕だから、僕のビニール傘も盗まれる。世界中の傘はこうしてぐるぐる回る。盗んですぐに開ける度胸はないので、コンビニの角を曲がったところでようやく勢いよくさした。ほっとして家路を急ぐ。
「たっつん!」
後ろから大きな声で叫ぶ女性の声がしてびくっとした。もうバレたのかという焦りから小学校二年間でしか呼ばれたことのない、僕のあだ名が聞こえた驚きが大きくなった。振り返り周囲も見たが僕とその女性以外いなかった。その人は歳はきっと同じくらい。長い髪が少し風を含んだ雨で薄く濡れている。本当に僕に会えたのが嬉しそうな、何の躊躇もない笑顔だ。
「うわ〜、めっちゃ久しぶり! もう何年ぶり? まだその傘使ってたん?」
派手な傘を指差してカラカラと笑う。盗んだことの罪悪感よりも彼女のことが気になって僕は彼女の検索を続ける。
「たっつんが昔『父ちゃんが仕事で外国から帰ってきたときに買ってくれたんや』って自慢してた傘やろ? 元気にしてたん?」
「え、うん、まぁ」
このまま誤魔化して結局バレても怒られないだろう。彼女の話しかたに根拠のない自信がわいた。僕は大学から東京に来て、なんとか大学を卒業して小さなデザイン事務所に就職したこと。そして最近ようやくプロデューサーになれたこと。田園都市線の車内に自分が企画した広告があること。彼女が声をかけた「たっつん」ではないけど、過去に「たっつん」と呼ばれたことのある僕について正直に話した。彼女は「すごい!」と喜んでくれた。
「そっちは?」
訊き返すと急に彼女のテンションが下がった。触れるべきではなかったのか。
「娘がいるんよ。幼稚園の」
傘を持っていないほうの腕を上げた。柄の部分が赤い、小さなビニール傘がかけられていた。
「私、離婚して、最近大阪から越してきたん。でね、私も今ひとりで育ててるの。こういうのって遺伝するのかなぁ?」
ハハハ、といたずらっぽく笑った。
「ほら、校長先生がしつこく言ってたじゃないか。『君たちの人生は君たち自身のものだ』って。毎朝眠くてうざかったけど結局今も憶えてるもんな」
自分の正体を伝えるよりもこんな言葉が言いたいなんて。でも、顔を地面に向けている彼女の目尻が下がった気がした。
「たっつん、変わってへんね〜! そういうとりあえずなんか言わなってとこ!」
「とりあえずなんて。そんなことないよ」
変わってへんわ〜とまた笑ったので、安心する。
「たっつんがお父さんの話してくれてるときめっちゃ楽しかったし、私もそんなお父さんほしいなって思ってた。たっつんといっしょになったら楽しそうやなって思った。たっつんが転校する前に「好き」って言えてたら、今違う生きかたしてるかもしれへんね」
「え?」
彼女の言葉が別人へ向けたものであっても驚かずにはいられない。
「子どもを持つと肝が据わるんかなぁ? 後悔したくないって思うようになったんよ」
突然告白してきたかと思えば、その後すぐに大きな強さを感じる。昔のことを話す彼女と娘の母として話す彼女。こうも女性は簡単に変身できるのか。
「あ、娘を迎えに行かなきゃ。ごめんね、立ち話させて。でもよかった、たっつんに会えて。またね!」
バイバイと娘の傘を揺らしながら彼女は去って行った。僕はしばらくその場から動けなかった。雨の湿気に彼女の香りが残っていた。
 次の日、僕は盗んだ傘を返しに行った。さすがに「盗んだ物を返しに来ました」とは言えずこっそり入口に置いておいた。すると、数時間後にまた店を通ったときにはなかった。僕はコンビニに入り店員に尋ねた。
「あの、ここにあった派手な傘、知りませんか?」
「あー、あれ、お客さんのだったんですか? 確かさっき別の男性が持ってっちゃいましたよ」
盗まれた傘の責任はあなたですよという態度の店員に礼を告げて、僕はコンビニを出た。小さなビニール傘を腕にかけた彼女について僕は何も知らない。でも彼女ひとりで娘を育てるに至った、その大切な時間があったことは分かる。そして同じように「たっつん」も彼女と等しい長さの時間を生きて、この街に住んでいる。違う場所で違う誰かと大切な時間を過ごしてきた二人が、今は同じ街に居る。「たっつん」のあのド派手な傘がまた、彼女を繋げてくれたらいいと思う。


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このストーリーに関するコメント

12/05/14 かめかめ

傘どろぼうなんて、人間のクズじゃ!…と思ってましたが…
彼女のためになったなら、そういう人もいていいのかも………

12/05/17 菖蒲まき

かめかめさん
素敵なコメントをありがとうございます。傘どろぼうはよくないですよねσ(^_ ^;)
でもそれが誰かの何かの運命を変えたりもあるのかな……と思って書きました。

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