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四島トイさん

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いつかチーズケーキのなくなる日

13/10/29 コンテスト(テーマ):第四十三回 時空モノガタリ文学賞【 スイーツ 】 コメント:4件 四島トイ 閲覧数:1113

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 切ないなあ、と駒野先輩が呟いた。一方、わたしはチーズケーキと紅茶の相性の良さに夢中だった。学校帰りに寄った駅ビルのカフェでのことだ。顔を上げて、向かいの席に座る先輩の綺麗な黒髪を見やる。
「どうしたんです先輩」
 先輩はふうっとため息をついた。その仕草が艶っぽくもあり、反射のように見とれてしまう。
「ケーキはいつか消えるのよ。誰かのお腹の中に」
 テーブルから椅子まで珈琲色に統一されたカフェに相応しい、愁いを帯びた声だった。学校帰りのジャージとスカートという姿と、口元についた生クリームがなければだけれど。
「それはそうですよ」
「ずうっとケーキがあればいいのに。スイーツの香りも、目の前にした喜びも、頬張る幸せも、ずっと続けばいいのに」
 その芝居がかった口調と、妙に真面目な様子が可笑しくってわたしは口元を緩めた。
「ずうっとケーキなんて飽きますよ、きっと」
「私は平気」
「わかってない。いくら甘党の先輩でもずうっとは無理です」
「深谷ちゃんでも」
「わたしなんて無理無理です」
 先輩は細めた目でわたしをちらりと眺めてから、ふふっと笑った。
「深谷ちゃんでも無理かあ」
 先輩は柄の長いフォークをくるりと回して、わたしのケーキに向けた。
「じゃあ、深谷ちゃん食べるの大変じゃない」
「ご心配なく。問題ありません」
「あら、大事な後輩を思いやってこそなのに」
「太っても知りませんよ」
 受験生は頭使うから、と先輩は言い訳のように口を尖らせた。
「ほら、大事な後輩には私のショートケーキを進ぜよう」
「太らせる気ですか」
「部活をしたまえ後輩」
 そう言ってから先輩は、どうなの部活は、と口を継いだ。
 駒野先輩は同じ部活の先輩で、自他共に認める甘党。かくいうわたしも甘味に目がなく、入部後すぐに意気投合した。わたし達は女子高生の放課後という青春要素百パーセントの時間を、町中のスイーツ巡りに費やした。互いのメニューを交換し合い、思いつくままにお喋りをする。この夏、先輩が部を引退してからもその日課は続いていた。
「先輩は受験、どうなんです」
「辛いよお。夜遅くにチョコとか食べるたびに歯磨きしてるから全然集中できないし」
「それは勉強したくないという現実逃避では」
「深谷ちゃんは容赦ない」
「甘味のせいで受験失敗したら、同じ甘党として恥ずかしいですからね」
 わたしの言葉に先輩は声を上げて笑った。
「じゃあ、甘党代表としてがんばらないとだね」
 先輩はケーキをすくって口に運ぶと得意気にニッと笑った。


 合格したよ、と駒野先輩が口を開いたのは二月の下旬。駅ビルのカフェに入って十分ほど経った頃だった。
「来月からは大学生」
 手にしたコップのなかで波紋が二重に揺れる。そう、と上ずった声が出て、息を吐くように言葉を続ける。
「……ですか」
 しばし無言になった。店内をぼんやりと見渡す。客は皆、上着をふっくらと手近に丸めていた。窓の外では駅前を寒風に身を縮めた通行人がまばらに横切っていく。
 気付けば頭の中に空白ができていた。ぽっかり穴が空いているのがわかるのに、その穴を塞いでいた何かがどこへ行ったのかわからなかった。
 お待たせしました、と声がして顔を上げると若いウェイターさんが立っていた。湯気の立つ紅茶のカップと、綺麗な縁取りの白いお皿に載せられたチーズケーキが静かに置かれる。
 先輩が少し微笑んでフォークを手に取る。
「チーズケーキはいいよね。飽きがこない。ずうっと食べていたい」
「……ずうっとなんて無理ですよ」
 そう言ってから、わたしはこんな会話を前にもしたな、と思った。思い出そうとした途端、先輩と過ごした放課後がおもちゃ箱をひっくり返したように蘇った。
 先輩、と言う声が掠れた。なあに、と駒野先輩が小首を傾げる。黒髪が揺れる。店内に流れる音楽を遠く感じる。目の前のチーズケーキがかすかに香って、ピントがずれたようにぼやける。
 わかっていなかったのはわたしだ。
 目の前の先輩がどこかへ消えてしまうのをひしひしと感じる。どこなのかわからない。わかったとしても、そこはわたしの人生に全く関係ない場所。
 いかないでください。自分勝手な思いが口をつきかけた。先輩いかないでください、と。言えるはずもない言葉が。
 駒野先輩はおもむろに、手にしたフォークをチーズケーキに当てた。すうっと吸い込まれるように差し入れられたフォークでひと口すくい、口へ運ぶと優しく微笑んだ。
「ほら、おいしいよ」
 はい、とどうにか声を出す。倣うように口へ運ぶ。口中に広がるさっぱりとした甘さに涙がこぼれた。
 おいしい。
 そう思うほどに涙が止まらなかった。この一皿が無くなっても、思い出すのだろうか。この胸の痛みを。ゆるやかな黒髪を。甘いものが大好きな先輩との、幸せな日々を。


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このストーリーに関するコメント

13/11/02 クナリ

いつまでもいつまでも、主人公はこの時期のことを思い出すのでしょうね。
個人的には、二人の動きのあるエピソードを見てみたいと思いました。
でも、カフェの中に据え置かれたカメラで撮影されたような、この限定された空気感がなくなってしまうのももったいないので、歯がゆいですね。


13/11/02 四島トイ

>クナリ様
 いつも本当にコメントありがとうございます。感謝しきりです。
 仰るとおり別れを活かすためには、その行程こそ動的であるべきだと思います。もっと違う効果的な題材があったかもしれません。
 本来ならば至らぬ点ばかりで、コメントも付け辛かったでしょうに感謝しても仕切れません。ありがとうございました。

13/11/08 リードマン

拝読しました。
思い出の在り処について“おもちゃ箱”と出てくる感性が大好きです!

13/11/10 四島トイ

>リードマン様
 読んでくださってありがとうございます。コメントまでいただけて嬉しいです。表現方法はまだ模倣の枠を出ませんが、いつか自分なりの表現ができればと思っています。ありがとうございました。

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