1. トップページ
  2. 傘がない

高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
座右の銘 黙り虫、壁を破る

投稿済みの作品

1

傘がない

12/05/13 コンテスト(テーマ):第四回 時空モノガタリ文学賞【 傘 】 コメント:0件 高橋螢参郎 閲覧数:1891

この作品を評価する

雨が降り止まなくなり、幾年もの月日が流れていた。
少なくとも僕が産まれた時から、傘は当たり前に頭の上へ広がっていた。人々を雨から守ってくれる、街単位で設置された半透明なドーム状の屋根。それが、傘だった。
そして黒く厚い雲から落ちて来るのは化学物質の溶けた強酸の雨で、皮膚に直接触れれば肉をえぐる代物だ。
古くなった傘は破れ、いくつも穴が開き始めている。人々は日々狭まっていく傘の下でこれまで以上に争い、憎み、嘆き悲しんだ。
けどこちらの気も知らずに、神様はただ泣いてみせるだけだ。

「……また、外れちゃったね」
僕と彼女は市役所の電光掲示板を二人並んで見上げていた。彼女は表示されているナンバーを何度も確認していたが、今回も僕のそれはない。
傘が次第に限界を迎えるにつれて、政府は新たに建設した地下都市へ居住区を移す計画を公布した。以来月に一度、こうして移住希望者の抽選結果を発表している。
しかし、その決断は少し遅かったと言わざるを得ない。
年に一度、傘は内側より修繕されていたのだが、雨は僕らの想像を遥かに超えていた。一つ大穴が開き、それが二つ、三つと増えて終いには繋がり出すと、政府はすぐに諦めて件の地下都市に取りかかった。
傘のなくなるのが先か、人間が地下に移住し終えるのが先か。デッドヒートは今この瞬間も続いている。
「次があるよ」
「そうだね」
良家育ちの彼女には黙っていたが、いくら待っても当たる筈がないのは薄々感付いていた。いつの世も、こういうものには賄賂が付いて回る。ましてレースは雨の方に分がある。対する地下都市の開発状況はあまり捗々しくないと、今朝のニュースで言っていた。
彼女が袖をぎゅっと掴んでくる。きっと不安なのだろう。僕はもう、そうでもなかったが。薄皮一枚地下に潜ったっていつかは追い付かれる。いずれにせよ、同じ事のような気がしてならなかったから。

市役所からの帰り道にも大きな穴が一つある。その半径十メートルには進入禁止の金網が張られ、唯一の出入り口には今日も見張りの警官が立っている。
最初に穴が開いた直後一度だけ間近に見る事ができたが、雨粒を落とされた道路は既にこれと判る程凹んでいた。穴の成長に合わせて金網を何度か張り直した今は、果たしてどうなっているのだろうか。
じっと見ていたので警官と目が合ってしまった。「行こ」と彼女に急かされながらも、軽く会釈をしておいた。多くの人々が居場所をじりじりと削られている中で、彼が少し羨ましく思えた。
駅前ではデモ隊と機動隊の怒声が猛り狂っていた。勿論、穴の周りを避けて。
以前、抗議行動として自ら金網を破り雨に打たれ、そのまま息絶えた僧侶がいた。その骨は全身の三割程しか残らなかったらしい。掲げられたプラカードには引き伸ばされた、その時の写真が貼られている。
僕は彼女の肩を抱いて、少し遠回りする事にした。

川沿いの商店街は彼女のお気に入りの場所だった。
都心に設けられた人工の飾りとは違い、ここの川は外から流れ込んでくる本物の川だ。やはり厳重に囲われていたものの、時折つんと目に沁みる。
昼間から人々は暗い顔をしている。昼間だから、だろうか。夜になればピンクのネオンで賑わうのだが、それまでにはここを離れたかった。
彼女は早速何かを見つけたらしい。古道具屋の店先にしゃがみ込むと、店主らしき老人と話を始めた。
こうなると止まらなかった。僕も仕方がないので店内を観察する。不揃いな漫画。今の標準時と違う時計。ここに置いてある何もかもが、いまいち噛み合っていない。しかしそれがいいのだと、彼女は言う。
今日彼女が買ったものもまた、奇妙な代物だった。
一見棒のようだが、柄に付いているスイッチを押すとバネが作用し皮膜を展開する。原始的な構造だが肝心の用途が一向に伝わってこないので、僕は彼女に訊ねた。
「これは何?」
「傘」
「傘?」
頼りないビニールに僕は首を傾げたが、骨組みに沿って作られたドーム状の屋根には、確かに見覚えがあった。
「昔はこれで良かったんだって」
「成程。廃れる訳だ」
「ね、使ってみない?」
僕は空を見上げた。
「穴は開いていないけど」
尤も、開いていたらお終いだ。彼女は「いいの」と傘とやらを頭上に広げ、こちらにくっついて来た。
「そんなに出てたら濡れちゃうよ。もう少し入って」
やれやれと思いながらも、僕は彼女の遊びに付き合う事にした。
「こう?」
「うん。もっと寄って」
「でもこれじゃ君が濡れるだろ」
「いいの、あたしは」
それで僕は少しムキになってしまった。
「良かないよ。君だけでも……」
彼女は黙って僕の腕にしがみ付いた。小さな傘が道路に転げ落ちると、僕らは二人揃って濡れ鼠になった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン