1. トップページ
  2. 湯ノ島高校恋愛代執行部と放課後の不毛な暗躍

四島トイさん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

3

湯ノ島高校恋愛代執行部と放課後の不毛な暗躍

13/10/20 コンテスト(テーマ):第四十一回 時空モノガタリ文学賞【 恋愛 】 コメント:5件 四島トイ 閲覧数:1316

この作品を評価する

 自転車がカラカラと鳴った。まるで伸びたチェーンの存在を主張しているようで、漆山与一は物悲しい思いにとらわれた。
「自転車、どうします」
 隣を歩いていた後輩の諏訪水見が、手を伸ばして彼の引いていた自転車のベルを鳴らす。チリンッという音色の涼やかさは、音がそのまま筆文字になって空に昇っていくようだった。
「とりあえず島田の家に置いてくる」
「ところでここ、どこでしょうね」
 水見が田園の広がる周囲を見渡す。見上げた空を烏が寝床へ向かって横切っていった。
「さあなあ」
「わからないで猛ダッシュしたんですか」
「……顔を見られまいと必死だった」
「自転車なくて困ってるでしょうね島田先輩と相羽先輩。怪我してないといいですけど」
 与一が黙っていると、まさか同級生である漆山部長に恋路を邪魔されるなんて、と水見が呆れたように息をついた。
「そもそも何で飛び出すんですか。尾行の意味ありませんよ」
「何言ってんだ。二人乗りだぞ。危ないだろ。見過ごすのか」
「でも台風一過の秋の夕暮れですよ。放課後の坂道ですよ。自転車。二人。下るでしょ。二人乗りで。そうして恋に落ちるんですよ。青春の王道です」
「重ねて何言ってんだ。いいか。島田と相羽さんが二人乗りで坂道を下って、それで三万円の罰金になったらどっちが払うんだ。仮に島田が払って甲斐性を見せて、二人が付き合って結婚しても『あの時の三万円だけどさ……』なんて話題で別れることになったらどうする。二人の結婚を笑顔で送り出してくれた両家の親御さんに、お前どう謝るつもりだ。特に相羽さんは一人娘だから親父さんが泣くぞ。『あの時自転車に乗せなければなあ』て。ぐっ……」
「……空想で泣かないでください」
 稲刈り済みの田園の向こうを白い軽トラックがゆっくりと通り過ぎていった。与一が鼻をかみ、水見が通学鞄を背負い直したところで、かすかなエンジン音が風にのって耳に届いた。
「でもどうします。私達、島田先輩と相羽先輩を付き合わせないといけないんですよ」
「恋文でも送らせるか」
「どれだけ古典的なんですか」
「島田が相羽さんの家に下宿していて、同居のライバルと一緒にカルタでもやりながら取り合ってくれていればよかったのにな」
「夏目漱石じゃないんですから」
 県道に出て赤信号で立ち止まる。水見が短い髪を指先で弾き、与一が自転車のベルを鳴らすと信号が青になった。一歩踏み出して、水見が口を開く。
「元々、あのお二人は幼馴染でそれなりにいい雰囲気なんですよ」
「なら放っておけばいいと思うがなあ」
 だから、と水見が母音をはっきり発音して顔を上げる。
「煮え切らないから私達に依頼がきたんですよ。生徒会長が仰ってたじゃないですか。『色恋に煮え切らないと文武ともに疎かになるから、とっととくっつけてネ』って」
「俺達、湯ノ島高校恋愛代執行部にか」
「私達、湯ノ島高校恋愛代執行部にです」
 面白おかしいものを愛してやまない生徒会長が創設した秘密組織。構成部員はたった二名。拠点なし部費なしながらも目的だけは壮大に「全校生徒の恋の成就」。それが湯ノ島高校恋愛代執行部。
 その名を口にするほどに、脱力感が与一を襲った。
「……本当に全校生徒の恋が実るまで続けるのか、これ」
「うちの会長なら言いそうですね」
「正気の沙汰じゃない」
「私は恋愛大好きだからいいですよ。他人の」
「他人のな」
「いいじゃないですか。乙女ですよ。花も恥らう十六才ですよ。恋に恋しちゃだめですか」
「他人のなあ」
 だから、と水見が会話を断とうと手刀を切る。
「部長もちゃんとやってください。でないと終わりませんよ」
「重ねに重ねて何言ってんだ。後輩に言われるがまま放課後に訳ありげな同級生を尾行して、身を挺して危険回避させたんだぞ」
「二人乗りしようとした両先輩にタックルかまして、自転車奪っただけじゃないですか」
「正義の味方だろ」
「正義の味方は人の恋路にタックルかまさないんですよ」
 不毛な言い合いを続けるうちに見慣れた道に、出た。目は覚めていたはずなのに、不意に夢から引き戻されたような奇妙な浮遊感を覚えながら二人は歩を進めた。
 あ、と声を先に上げたのは水見だった。視線の先に見覚えのある背中が夕日の中を歩いていた。自然と足を止めてその光景に目を細めた。
「……」
「……」
「おんぶですよ」
「だな」
 高校生男子が女子を背負って数区画先を歩いていた。どことなく慣れた様子なのは幼馴染ゆえか。それでも漂うぎこちなさに、過去ではなく現在の二人のあり様が滲み出ているかのようだった。
 さすが部長ですね、と水見が顔を上げる。
「まずは一組、でしょうか」
 与一は妙なむず痒さを覚えたが、誤魔化すように自転車のベルを小さく鳴らした。涼やかな音が紫にも藍にも見える空に吸い込まれていった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

13/10/20 光石七

拝読しました。
なんて素敵な秘密組織でしょう。
部長と部員のコンビが絶妙ですね。そのうちこの二人も……と妄想してしまいます。
続編があるとうれしいです。

13/10/20 猫兵器

四島トイ様

拝読致しました。
とてもとても面白かったです。恋愛代執行部のおふたりのキャラがぐいぐい立っていて、これで終わりなのがもったいないと思いました。
というか、これは全くお世辞ではなく心からの本心なのですが、本屋でパラパラめくった本の冒頭がこの作品だったら、普通に買いますよ、これ。
本当に巧いと思います。何度か読んで勉強します。

13/10/21 クナリ

人間模様の表現に、本当に秀でておられるなあと思います。
二人が会話しながらごろごろ転がっていくストーリーは、
とても求心力がありました。

13/10/22 四島トイ

一度の投稿でお礼をするのも失礼かとは存じますが、徒にコメント数を増やすことは本意ではありませんので、ここまでのコメントを一括でお返事いたします。御容赦ください。


>光石七様
 コメントありがとうございます。組織、と銘打つにはあまりにも簡略化してしまった、と悩ましい限りです。続編とまで言っていただけたことがとても嬉しいです。ありがとうございました。


>猫兵器様
 読んでくださってありがとうございます。自分の、子にも孫にも思える登場人物が褒められるのは恥ずかしい反面、やはり嬉しいですね。そして何よりも、『普通に買いますよ』は本当に殺し文句です。過分のお言葉に身悶えるばかり! 本当にありがとうございます。


>クナリ様
コメントありがとうございます。たびたび下さっているのに、クナリ様の作品になかなかコメントできず恐縮しきりです。会話に頼り切らず、もっと描写を効果的に入れていけるよう精進します。今回はありがとうございました。

13/10/24 四島トイ

>凪沙薫様
 コメントありがとうございます。生徒会長に触れていただけたことが嬉しいです。長編用のプロット立てをした作品なのですが人物設定でいえば生徒会長が一番濃いので。
 読んでいただけてありがたいです!

ログイン
アドセンス